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崩壊の宣戦布告



これは序の口。

崩壊の始まりだ。






「べっぴんさん、何やってんだよ」


 テレビの画面に映るのは、赤いコートと草臥れたコートの男女がバイクで宙を浮いているシーン。通行人が撮ったであろう写真だ。

幸いヘルメットを被っているから顔は写っていない。


「どう見たって、俺のバイクじゃん。しのっち、処分してよ。俺捕まっちゃうぜ」

「警察本人に処分させていいのですか…?貰い物では?」

「あれは誕プレじゃない方だからいいんだ、処分して」


呆れて溜め息をつく蓮呀が玄関を出て、下にいるであろう篠塚さんに伝えた。


「死傷者は三十人…原因は解明中ですって」


よぞらはテレビを指差しつつ、あたしに苦笑して見せる。だけどその笑みは何処か楽しげだった。


「アンタも無茶が好きみたいだな…バイクで飛ぶなんて。アクションスターやったら人気出るんじゃね?転職したら?」


そのよぞらの隣に戻って蓮呀はニュースを見ながら、いい加減なことを言う。


「仕方なかったのよ。これでも被害は最小限に留められたわ」

「ふぅん?で、どうすんだよこれから。何かアンタらこそこそと騒がしくしてるけど、進展でもあったのか?」


 今蓮呀の家にいるのはこの三人だけだ。蓮真君は帰り、幸樹さんは食材を買いに行った。

ウルフの話は勿論していない。


「今のところ待機よ、連絡待ち。よぞら以外に裏現実に脅威が現れたから、狩人達はそっちを優先させるはずだけれど…完全にブラックリストから消去されない」


悪ければよぞらよりあたしがブラックリストに上がる可能性がある。

今は表現実者よりも、悪魔だ。

テーブルに置いた紅い携帯電話を睨み付ける。吸血鬼側はコクウが、狩人側は爽乃が話をしているはずだが、三時間経っても連絡は来ない。


「元々脅威なんて、ないのですがね…。ではちょっと呑気にお風呂入っててもいいですか?」

「問題ない。俺とべっぴんさんで死守しとく」


ニュースに飽きたのか、蓮呀はテレビのチャンネルを回しながら入浴の許可を出す。確かに問題はない。

 よぞらは立ち上がると携帯電話を握ったまま、浴室へと入っていった。片時も携帯電話を離そうとしない。


「一番居てほしい時に、男っていないもんだよね」


独り言のように、蓮呀が呟く。

視線はテレビに向けられたまま。

よぞらが早坂狐月からの連絡を待っていることに気付いていたのか。


「一番そばに居てほしい時に、狐月の奴何処ほっつき歩いてんだか」


 ぴ、ぴ、ぴ、とチャンネルがひたすら移り変わる。

よぞらは何度か電話を掛けていたようだったが、繋がった試しがないようだ。

音信不通で行方がわからない、よぞらの想い人。


「女もさ、くよくよしてられないけど。こうゆう場面こそ、男がそばで守るべきだよな。全く。最近の男共は」


 男共を束ねている女ボスが言える台詞だろうか。独り言のように、返事を求めていない口振りだったので、あたしは視線を浴室の扉に向ける。

 泣いていないだろうか。

気丈に振る舞っていても、時折悲しげな表情が出ている。

早坂狐月の連絡を待つ寂しげな眼差し。

こうゆう場面こそ、そばにいなくてはいけない人物。


「べっぴんさん」


呼ばれて蓮呀に視線を向ければ、蓮呀はあたしを見ていた。


「狐月は何処?」


真っ直ぐにあたしを見据えて、早坂狐月の所在を問う。


「……え?」

「藍くんはあんなこと言ってたけど、そうじゃないんだろ。そもそもアイツがなにもしないわけがない。アンタ、狐月に頼まれたんだろう?よぞらを守ってくれって。いや、依頼された、と言うべきか?」


 冗談でもカマでもなく、確信してあたしに問い詰めている。

いくら藍さんが少女趣味でも、危険過ぎる上にメリットが見当たらない。仲間の希望でも報酬もなしによぞらを守るわけがないと判断したようだ。何より、早坂狐月がなにもしないわけがないと思っている。

黒い瞳が責め立てて射抜くように見ていた。

 よぞらが早坂狐月を求めていると知りながら、ただ見ているだけのあたしを非難している。

 早坂狐月の居所は知らない。

そう伝えるようにあたしは、静かに首を横に振る。

知らない。こっちが知りたい。


「…貴女、よく知ってるの?」

「それなりに。仲間を見捨てない奴だ、恋人なら尚更だ。そんな奴がなんでそばにいないんだか…恋人を他人に任せるほどやらなきゃなんねぇことでもあるのかねぇ?」


 正確には恋人ではないのだが、よぞらに好意があることは確かなので訂正はしなかった。

依頼をしたのは、自分だけでは守りきれないと判断したからだろう。だが、あたし達に守らせて早坂狐月は、よぞらのそばにいない。

それには訳があるのだろうが、それは守りたい愛する人のそばにいることよりも優先するべきことなのだろうか。


「アンタなら、命の危機に晒された愛する人より最優先することはなに?」

「………思い付かないけど」

「俺もだ」


命の危機に晒された愛する人よりも最優先すべきことなど思い付かない。


「愛する人より大切なことって、ない気がする。愛する人より価値があるものなんて、ないように感じる」


 蓮呀に同感だ。

あたしの思い浮かべる愛する人は、幸樹さん達。彼らが危機に晒されたならば、力不足でもそばについて守る。

そんな状況で他に優先すべきことなんてない。


「べっぴんさん、アンタなら誰にそばに居てほしい?」


質問が変わった。

よぞらのように命の危機に晒されている時に、そばに居てほしい人。

一番先に思い浮かんだのは、白瑠さんの笑顔。


「白瑠さん」

「……あの白いにーちゃん?」


プツンッ、と蓮呀はテレビの電源を切った。

あたしは頷く。


「じゃあ、アンタが一番好きなのは、あの白いにーちゃんってわけか?」


にたぁ、と笑みを浮かべた蓮呀に一体何を言われたのかわからず目を瞬かせる。


「アンタは、白いにーちゃんを一番愛してるってことさ」


ゴロン、とあたしに顔を向けたままカーペットの上に蓮呀は寝転んだ。


「…あー、いえ、そうじゃないわ。殺されかけるといつも助けに現れる人だから、一番に口から出たの」

「でも助けを求めたい相手なんだろう?」

「そう…だけど」

「単純な心理テストさ。よぞらが危機的状況で今一番求めている相手が愛する狐月のように、アンタが求めた相手は最も愛する人ってわけさ」


 単純な心理テストなんかで、勝手に決めつけないでほしい。

あたしと白瑠さんの関係はそう単純ではないのだ。

白瑠さんは、あたしにとって。

あたしの命を握っている人だ。

家族のように愛する人だけれども、あたしを生かすか殺すかもあの人次第。今あるのはあの人のおかげ。

それを知りもしないのに、勝手に決めつけないで。

 不快になったあたしは、仕返しをした。


「じゃあ貴女は、那拓蓮真を求めるのかしら?」


その名を出せば、蓮呀は停止する。

しかし数秒立つと、瞬きをした。


「うん」


と平然に頷く。


「蓮真は俺の最も愛する人だ」


恥ずかしがることもなく、事実を蓮呀は告げる。

認めた。蓮真君を愛している、と。

仕返しは失敗。あたしが戸惑ってしまう。


「……じゃあなんで伝えないの?」


こんなにもあっさりと認めているのに、蓮呀は蓮真君に想いを伝えていない。蓮真君は全く気付いていないようだった。


「それ、アンタにそんまま返すぜ。…別にそうゆう関係になることは望んでいないさ。今の友達って関係が心地いいからな」


蓮呀は天井を仰いだ。


「でも現状維持したいのは、ただの臆病なのかもしれないな。変わるのが嫌だとか、フラれたくないだとか、これ以上近付けないだとか……。よぞらと狐月はそんな感じなのかもなぁって思う。ま、詳しいことは知らないからなんとも言えないが」


よぞらと早坂狐月。

なんだ、実際に付き合っていないことを、彼女はちゃんと理解していたのか。


「二人とも好きあってるし愛しあってるのに、何故か狐月の方は一歩後ろに下がってて一線を引いてる感じだった。まぁ、付き合ってることにした方が、よぞらに変な虫がつかないから否定しなかったんだけど。俺はなんだろうなぁ…わっかりやすいくらいベタベタしても蓮真は気付かないと知ってんのに、コクらないのはなんでだろう。アンタにプロポーズしたって聞いた時は、アンタのことが好きなのかと思ったけど、それも違ってたし。…正直、他の女に取られることないと油断してたのかもなぁ」


早坂狐月は一線を引いている。何故?

詳しく聞きたかったが、それ以上は知らない口振りだったためやめる。

 蓮真君のプロポーズの話を聞いて、蓮呀は間違いなく嫉妬した。

モテる子だがモテる故に異性を嫌っているからこそ、他の異性に取られる心配なんてなかったのだろう。

だから現状維持をしていた。

想いを告げないまま。


「アンタは何?自分にゾッコンだから気持ちが変わらないって油断してたら他の女の方に行っちゃうぜ?」


それはない、と断言出来てしまうが、してはいけないだろう。

蓮呀は焚き付けようとニヤニヤ挑発な笑みを向けてくる。


「それともこれ以上近付けないって、自分の気持ちをセーブしてんの?あーまだ認めてない?自分の気持ちにさ。関係を変えたくない?臆病だねぇ」

「それ、自分のことでしょ。」

「アンタもだろう?想像してみなよ、あの白いおにーさんが他の女を抱き締めてキスして耳元で愛してるって囁くところをさ」


 自分を棚に上げてニヤニヤ問い詰めてくる蓮呀。

言われた通り想像してみたが、どう考えてもあの人が抱く女性像が思い浮かばない。

 でもいたら────物凄く気の毒に思う。

あの人にベタベタされるんだろう?独占させられるんだろう?…可哀想。


「べっぴんさん、ちゃんと想像してる?なんかすげぇ憐れんでる顔だぞ」

「いえ、もしそんな人がいたら…気の毒だなって…」


蓮呀は呆れたように溜め息をついた。いや、呆れている。


「ある意味、それ独占欲だと思わね?隣にいる女は、自分以外いないって思い込むのってさ。いざ誰かが隣に来た時、嫉妬するんだ。おにーさんが抱き締める女は、自分だとしっくりくるだろ?」

「……………」


他の女の元に行かないと断言するのは、独占欲。

あたしは、白瑠さんを独占している?

いえ、独占したがっているのは彼だ。

それにあたしが白瑠さんに抱いている感情は、そんなのではない。


「貴女の気持ちは本物なの?身代わりにしていない?」


 問えば蓮呀からにやけた笑みは消えた。

蓮真。亡き兄と同じ名前の蓮真くん。

彼に対する想いは、本当に愛なのか?

どうしても真実を確かめたかった。


「守秘義務はねーのかよ…」と蓮呀は情報源である幸樹さんに憎たらしそうに呟いた。彼はいないけど。


「身代わり、ね」


双子の兄は片割れだった。生きる糧だったという。

その亡き兄と同じ名前の蓮真君を、彼女は身代わりにしているのではないのか。


「確かに最初、蓮真って名前を知ってちょっかいを出した。…でも兄とは違う。聞いてるだろ?双子であたしと兄は外見がそっくりなんだ。勿論、蓮真は似てない。内面だって似てなんかいないよ。なかなか素直にならないけど、真っ正直なお節介さん。可愛くてからかいたくなる愛しい人」


 彼女には珍しく、穏やかな微笑みを浮かべた。

閉じた瞼の裏に、きっと蓮真君を思い浮かべているに違いない。

───…本物か。

正真正銘、蓮真君を愛している。

彼自身を愛している。


「…えっと、何のお話ですか?」


 浴室から出てきたよぞらは、蓮呀の言葉を途中から聞いて、ただならぬ雰囲気に気まずそうに立ち尽くす。髪はまだ濡れていてそれを肩にかけたバスタオルで拭いている。


「愛する人の話ぃ」


 にんやり、とさっきの穏やかな微笑が跡形もなく消えたかと思えば、意地悪げな笑みを浮かべて蓮呀はあたしを横目で捉えた。


「べっぴんさんの愛する男は、あの白いにーちゃんらしいぜ?」

「えぇっ!?」

「………」


 大袈裟なくらいの反応を示して、よぞらはあたしに振り向く。

心なしか喜んでいるように目を輝かせていた。


「お二人はお似合いだと思います!」

「いや…その…」

「愛してるのに、告白しないんだってさ」

「えぇっ!?白瑠さんは告白のお返事を待っているはずですよ!」


 あたしと同じく椅子に座って身を乗り出すよぞらの後ろに、蓮呀はニヤニヤしながら立ちよぞらの髪をタオルで拭き始める。


「告白の返事……て…?」

「告白されたんですよね?あたし、てっきりお二人は両想いでお付き合いしているのかと思っていました。……えっと、椿さんが家出をなさる前…共に熱い一夜を過ごしたと嬉しそうに報告してきましたから」

「なんだ、やることやってんじゃん」

「………」


 蓮呀の手前で何故言うんだ、この子。

というか白瑠さんは何処まで話していやがるんだ。


「仲直りを待っているはずですよ。白瑠さんは、本当に貴女を愛しています。貴女が家出中…すごくボロボロで…苦しそうで…今の喧嘩中に比べたら、全然マシですけれど…。愛しているなら、許してあげてください」


静かに告げるよぞらは、あたしを穏やかな眼差しで見つめる。

 いや、許そうとした。喧嘩はやめようとした。

だけれどタイミングを逃したのだ。

許すつもりだが、あたしは…。


「愛する人のためなら、なんでもしようとするんですよね。あの人。あの人を人間らしい面を出すのは、他でもない椿さんのことが絡む時なんです」


 化け物みたいな白瑠さんの───人間らしい面。

被った冷たい笑みの仮面が外れた白瑠さんの表情を思い出す。

あたしが仕事で初めて死にかけた時、笑みの仮面を外して一心に敵に怒りを向けていた白瑠さん。

笑わずに殺す白瑠さんを、初めて見た。

その後、不安げに焦ったようにあたしを覗き込んだ返り血を浴びた白瑠さん。

笑いかければ、安堵した笑みを溢した。

 白瑠さんはその時、あたしを失う恐怖を味わったと言っていたっけ。

そうだ、あの後からだと思う。

白瑠さんが向けてくる笑みに、あたたかみがある笑みになっていた。

嬉しそうに頬を緩ませて、目を細める。

 寂しそうにあたしの首を見つめる白瑠さん。苦しそうにあたしを抱き締める白瑠さん。怒って唇を尖らせる白瑠さん。涙を溢す白瑠さん。落ち込む白瑠さん。

笑うだけの殺戮道化師が、喜怒哀楽を見せる。

全部、あたしに見せた。

その顔をさせたのは、あたしだ。


「白瑠さんからずっと聞いていましたから、椿さんをどれだけ愛しているか知っています。…応えてあげてください、貴女も同じ気持ちならば」


 にこっ、と無邪気で可愛らしい女の子らしい笑顔でよぞらは告げた。

さっきは散々否定したが、あたしは考えてしまう。


「真っ赤になるそんな椿さんを、独占したいと言っていましたよ」


くすくす、笑うよぞらと一緒に蓮呀は吹き出しながら、よぞらの髪の水を拭き取る。

真っ赤になっていたらしい。

あたしは顔を押さえた。

 この前の、白瑠さんとの会話にもそれはあった。

最後に白瑠さんと添い寝した日。

白瑠さんを刺してしまった後なのに、悪夢に魘されることなく眠れたのは、あの人が抱き締めてくれていたからだと思う。


「ほら、愛してるんだろう?」


 よぞらの頭に顎を乗せてニヒルに笑みを浮かべてまた言う蓮呀。

違う───とは言えなかった。


「ふふ、椿さんが告白したらあたしも孤月さんに想いを伝えたいと思います」

「お?まじで?」


よぞらが微笑んで宣言したことに、あたしも蓮呀も目を丸める。


「はい。いつ死んでしまうかわかりませんから…悔いにならないように、伝えておきたいと思ったんです。次、会ったときに、直接伝えたいと思います」


切なさそうによぞらは掌に握る携帯電話を見つめた。

想いを告げないまま死ねないから、せめて伝えたいらしい。

蓮呀は楽しげに笑みを深めた。

これでよぞらと孤月の関係が進展する。


「ふぅん?なら、俺も便乗しようかなぁ」


 くしゃくしゃとよぞらの髪を拭きながら蓮呀は独り言のように呟いた。

蓮真君に告白する気か?

え、なにこれ。

いつの間にか、好きな人に告白するイベントになってしまっている。

 そこにチャイムが鳴り響いた。

許可を得ないまま、帰ったはずの蓮真君が入る。噂をすれば影。蓮真君に続いて幸樹さんが戻ってきた。二人の手には購入した食材の買い物。

最後に入ってきたのは、ラトアさん。

「どうなりましたか?」とあたしは跳ねるように立ち上がった。


「私達は今まで通り、よぞらさんをお守りすることになりました」

「吸血鬼も狩人も、舞中よぞらからウルフに標的を変えた」


 テーブルに買い物袋を置きながら、幸樹さんが微笑んで答えて、ラトアさんは淡々と告げる。


「あたしもですか?」


あたしは眉間にシワを寄せた。


「おや、不満ですか?」

「あたしも参加するべきだと思います。…目には目を、です」


吸血鬼モドキには吸血鬼を、悪魔には悪魔を。

悪魔は一匹でも、吸血鬼の存亡に関わる。

吸血鬼モドキを作り出していて、ウルフは悪魔を集めているような動きをしているのだ。

表の人間を吸血鬼モドキにした奴らを、一刻も早く片付けるべき。

 幸樹さんは溜め息をつき、ラトアさんは肩を竦めた。


「椿。もう少し自覚をしてください。自分の心臓を危険に晒す行為ですよ」


つん、と幸樹さんの人差し指であたしの左胸をつつく。

あたしの心臓を動かすヴァサーゴになにか起きてからではいけないから、幸樹さんは悪魔狩りに参加することを反対しているのか。


「こちらが油断している隙に舞中よぞらを殺す可能性もある。それにのこのことお前まで戦場に向かえば、一緒に始末されるぞ」


 ラトアさんも幸樹さんと同じく反対。

ウルフと同じく悪魔憑きであるあたしまで現場に出ると、ついでにと言わんばかりに始末されかねないという意見のようだ。

 確かにそうだが…。

ウルフを見つけたのはあたしだ。吸血鬼に自分は脅威ではないと示すいい機会だと思う。

さっきちゃんと殺すべきだったと、奥歯を噛み締めた。


「では、ジェスタやラトアさんは今から行くのですか?」

「いや、オレはここにいる。ジェスタとハウン、黒の集団はウルフ狩りをすることになった」

「ぼくと兄貴達はよぞらの護衛をまた夜にやるってさ」


ジェスタやハウン、コクウ達は悪魔狩り。

悪魔退治屋のジェスタとその弟子のハウンが行くのは当然だが、黒の集団までいくのか?と疑問になった。

蓮真君は既に悪魔絡みだと聞いたらしく、よぞらを護衛をする気満々だ。


「蓮真、話があるんだけど」


そんな蓮真君の右肩に左手を置いたのは、蓮呀だった。

 え?嘘、まさか。

あたしの頭に過った予想を肯定するように、ヴァサーゴが喉の奥で笑った。


「愛してるぜ」

「…は?」


 唐突に言われた"愛している"は、頭の回転が速い蓮真君も脳内処理が遅れたのか、ポカーンとする。

そんなことお構い無し。

楽しげに笑みを浮かべていた蓮呀は、ポカーンとする蓮真君の顔を両手で包み込むと引き寄せて唇を重ねた。

目をこれでもかと見開いていた蓮真君は、瞬き三つしてから漸く状況を呑み込んだらしく、表情を強張らせて耳まで顔を赤くする。

蓮呀を引き剥がそうと肩を掴み押し退けようとしていたが、蓮呀が離そうとしない。

蓮真君の身体が微かに震え上がった。


「っれ……んんっ」


 深い口付けの合間に漏れる蓮真君の声。もがくも蓮呀を振り払えないようだ。

蓮呀の肩に置かれた手は、押し退けるどころかしがみつくように彼女の服を握り締めていた。

真っ赤になっている反応こそ、満更ではないという証拠。

呻きつつも蓮真君は蓮呀にされるがまま。

なんだか傍観していることにいたたまれなくなって、二人から視線を外す。

 よぞらはポカーンと見ていた。呆気に取られている。

幸樹さんは明後日の方向を見ていて、ラトアさんも気まずそうに壁を睨んでいた。


「…っ!」

「愛しているよ、蓮真」


 長い長い口付けが終わったあと、蓮呀はもう一度告げる。

更に赤くなる蓮真君。手の甲で奪われた唇を押さえて、乱れた呼吸のせいで潤んだ瞳で蓮呀を見つめている。


「っ…お前って奴は…!…っ!」


 冷静沈着な蓮真君が真っ赤になりながら、動揺して言葉を詰まらせる蓮真君。

耐えられなくなったのか、ぐるりと背を向けると「このバカ!」と捨て台詞を吐くとこの場から逃げ出した。

おやおや…逃げちゃった…。

 逃げられたにも関わらず、満足げに笑う蓮呀があたしに向き直る。


「次はアンタの番」


にんやりと口角を上げて、あたしを銃を構えるように指差すと「バーン」と撃ち抜いた。


「?、何の話ですか?」

「ん?べっぴんさんが告」

「蓮呀!やめなさい!」


 首を傾げた幸樹さんに蓮呀が告白イベントを明かそうとしたから慌てて駆け寄り口を塞ぐ。勢い誤って押し倒してしまった。


「おや?なんです?」

「なんでもありません!」

「なんでもある…むぐぐっ」


 楽しそうに笑みを吊り上げる蓮呀が、なんとか幸樹さんに告げ口をしようとする。あたしは必死に唇を掌で押さえ付けた。


「椿……全部、報告する約束ですよね?」


幸樹さんが微笑みを浮かべて、威圧感であたしを押し潰そうとする。身体を震わせている隙に、蓮呀が手を退かした。


「白いにーちゃんに告白するんだってさ」


 叫びたくなる。

幸樹さんが目を丸めた。悲鳴を上げたい。


「おや……おやおや…」

「………」

「べっぴんさん、退いてくんない?ナイスバディに密着されて嬉しいけれど、それは白いにーちゃんにしてやりなよ」


 幸樹さんとラトアさんが微妙な顔を合わせる。

そんな顔をさせた蓮呀はマイペースにも、言い退けた。コイツめ。

とりあえず退くと、肩に馴染みの掌が置かれた。強張りつつ振り返れば、魅惑的な微笑みを浮かべたお兄様。


「ほーう?詳しく、話してくれますね、椿」

「……………」

「べっぴんさん、俺の首絞めてるよ。殺人は禁じてる最中だよな」


無意識に蓮呀の首を握っていた。


「椿さんの愛する男性が、白瑠さんだって気付いただけですよ」


のほほん、と笑うのはよぞら。

幸樹さんが笑みを深めた。

なんだか怖い。


「どうしたんです?怯えていますが?」

「え、えっと……」


 あたしはラトアさんに救いを求めるように視線を送ったが、ラトアさんは天井に向いている。

味方がいない、だと…。


「それで?今朝の頼み事も終わっていないみたいですね、いつ白瑠と仲直りするのですか?」

「の……後程…」

「後程?」

「………」


美しい微笑みに急かされている。

怖い。うう、怖いや。

仲直りに告白が付け加えられた。

今すぐ行け、と言いたいようだ。


「いや、でも……あの…ウルフの件もありますし…」

「それなら問題ありません。そうだ、私の家に移動しましょうか。派手に暴れる必要もありませんしね、皆がいれば怖くないですよ?さぁ、行きましょう」


 あたしの二の腕を掴むと立たせて、幸樹さんはその場にいる全員に微笑みを向けた。


「よっしゃー。公開告白を見に行こうぜ」


真っ先に反対しそうだった蓮呀が、告白イベントが見たいがために乗り気。


「あの、その前に家に寄ってもらってもいいですか?荷物を取りたいんです」


よぞらも反対をせず、立ち上がる。

あたしは唸ることしか出来なかった。





 幸樹さんの車で移動して、よぞらの仮住まいで狐月の家に向かった。

幸樹さんとラトアさんは車に残り、あたしと蓮呀がよぞらについていく。


「ギター持っていって歌ってもらおうぜ、生のラブソングをBGMに告白したら?」


 革のソファーにどっかりと我が物顔で腰を落とすと、ギターに手を伸ばして蓮呀はニヤニヤと笑った。


「あのラブソングは……向いていませんよ」


寝室から服を取り出して鞄に詰めながら、よぞらは苦笑を漏らす。

そうゆう問題ではないが。


「向いてるさ。"そばにいて"は愛を歌ったラブソングだろ?狐月に向けた告白の歌」


 ジャン、と弦を弾くと蓮呀はニヤニヤとからかうようによぞらに問う。

よぞらの処女作。優しげな音色の愛の歌を思い出した。


「残念ながら、本人には届きませんでしたけどね」


苦笑をしてよぞらは肩を竦める。


「正真正銘、早坂狐月に捧げた歌なの?」


あたしがそう問えば、よぞらは手を止めた。

薄い笑みを浮かべて俯いている。


「…狐月さんに、作曲の才能があるから作ってみたらどうだって言われたので……初めて作曲してみたんです。その頃、孤月さんに抱く想いに気付いたばかりだったので……小さな勇気を出して、"そばにいて"を作曲したんです。告白の歌、なんです」


あたし達に向かって明るく微笑んだが、切なそうに感じた。

その瞳は、何処かを見つめている。


「狐月さんにとってあたしは恋愛対象外らしく、全然気付いてくれませんでした。人前で歌ってネットに載せようって半ば強引に駅で何度も歌わされましたが……全然届いてませんでした」


ゆるりと首を横に振るよぞらは、また視線を落とした。

 恋愛対象外なわけがない。

早坂狐月は間違いなく、よぞらを一人の女性として愛している。

それに気付かないよぞらも鈍感だが、あんなストレートな愛の歌を捧げられているにも関わらずはっきり付き合わない早坂狐月も可笑しい。

蓮呀の話では一線を引いていたらしいし、どうも事情がありそうだ。


「早坂狐月は、鈍感なの?」

「んー…鈍感なの、かな?…高校時代から付き合っている友人達は、単に女慣れしてないだけだって言うんですけどね。ウブですし。…もしかしたら無視されているのかもしれませんね」


苦笑を漏らして再び荷造りを始めるよぞら。どうも悲観的だ。


「早坂狐月とはどう知り合ったの?」

「椿さんが"レッドトレイン"を起こした日、彼の人質としてあたしは拉致されて監禁された時、彼が助けてくれたんです。それが出会いです」

「………」


 変な回答にあたしは首を傾げる。

今のをわかりやすく解釈すると、拉致されて監禁された後に助け出されてそこで初めて出会った、と言うことになるのだけれど。

ああ、ネット上で知り合いで、それを機にリアルで出会ったという意味か。と解釈した。


「拉致されなければ、あたしはそのレッドトレインに乗っていたかもしれないんです」

「………良かったわね。乗り遅れて」

「そうですね。狐月さんに出会えましたしね」

「殺戮電車を回避できても、その殺人鬼に出会っちゃったけどな」


 下手をしたら、よぞらは五十八人目の被害者になっていたのか。

皮肉を言う蓮呀を横目で見下ろす。あたしは彼女の友人の友人をあの電車で殺したらしい。

被害者になることは避けられたが、よぞらはこうして殺人鬼に遭ってしまった。しかも裏現実の入り口に立たされている。不運だ。


「運命の巡り合わせってやつかね?結局は出会うハメになる運命だった、てか?」


出会う運命だった───…。

ふざけた調子で言う蓮呀だったが、あたしも同じことを思っていた。


「あたし達は、今まで会わなかったことが不思議なくらい…間接的に繋がっていた。それが今になって出会ったことを……どう思う?」

「それは、どうゆう意味ですか?」


よぞらに返答する前にあたしは机の前にあった椅子を引いて腰を下ろす。


「去年の九月、レッドトレインと呼ばれる殺戮事件を起こしてから…まぁ、その報いでしょうけど…あたしは何度も死にかけているの。気付いたら、電車は血塗れ。あたしは適度に殺していなければ、意識を飛ばして暴走してしまう殺戮中毒者。たまたま電車に居合わせた白瑠さんに、助けてもらって裏の世界に誘ってもらった。その際に首を切られて、それが一回目」


 二人はもう見たから、チョーカーは外さないまま首を指差す。

白瑠さんがあたしにつけた傷跡。裏現実に入った記念。

死にかけたというか、死んだも同然。寿命零なのだから。

自嘲してしまう。


「二回目は殺しの初の大仕事。サクッと火都の弟にボウガンで射抜かれて死にかけたわ。療養中に、勝手につけられた二つ名が一人歩きして有名になり、コピーキャットが二回目のレッドトレインをやらかした。代わりに罪を被って貰ったけれどね。あたしを玩具扱いするクライアントの頼み事を引き受けたばっかりに、最低最悪な野郎と出会った。ボコボコにされたし───…家族みたいな大切な人を殺された」


思い出すと痛みが走ったから、次に移る。


「ソイツにも殺されかけて、殺した。そのあと家出をして世界中を飛び回り、コクウと会い仲間になった。クライアントに裏切られて死にかけたこともあるわ。…そう言えば、貴女達は死にかけることが好きだったわよね?」


あたしは蓮呀に皮肉を向けた。

蓮呀は鼻で笑い退ける。


「死にかけたいんじゃない、求めてるのはスリル。或いは非現実」

「死のスリルがあたしには日常なの」


間を入れずあたしは告げた。


「あたしの通り名は"紅色の黒猫"、不吉を呼ぶ黒猫。まさにそうだと思う。何せ、昨日も言ったように一番最初に出会った白瑠さんは、裏の世界で目立ちたがり屋の吸血鬼と肩を並べてトップに立つ殺し屋。裏の世界に入ってまだ半年、まだ半年なのに……あたしは大半は会えない吸血鬼全員と会い、何度も死にかけて、裏と表の境目が危うくなっている事件に関わっている。長年生きた吸血鬼も、あたしは異常過ぎるほど不幸だと言うわ」


「…つまり?」と蓮呀が結論を急かす。


「この"運命の巡り合わせ"が、不吉の前兆にしか感じないってことよ。あたしはね。貴女達はどうなのかしら?これ以上……なにも起こらないと思う?」


 なにか、とてつもないことが起きそうな予感がする。

寿命零だからこそなのか、自分は死神のように死を招く不吉の黒猫だと感じてしまう。

それとも逆らって生きているあたしの息の根を止めようと、運命というやつが殺そうとしていてあがなう度に、周りを巻き添えにしているのだろうか。

 杞憂であってほしい。

だが、予感がする。未来を視る悪魔をこの身に宿しているせいなのかわからないが、このままでは終わらない気がするんだ。

 狂って、狂って、狂いだす。

この半年、ずっとそうだ。

平穏は続かず、壊れていく。


「それって…つまり……あたしは結局死ぬって意味ですか?」


 冗談のように笑いかけるよぞらに、あたしは沈黙を返す。

貴女が死ぬかもしれないし、他の人が死ぬかもしれない。

よぞらから笑みが消えて、静かにあたしを見つめてきた。

 その時、よぞらの携帯電話が鳴る。

早坂狐月から連絡が来たのかと思い、跳ねるように反応したよぞらだったがどうやら違うようで落胆した。そのあと、目を見開く。


「ちょっとすみません」


 あたしの元に歩み寄ると、椅子から退くよう頼まれた。

退くとよぞらはノートパソコンを開いて、キーボードをいじり出す。なにをしているのかとただ突っ立って見ていたら、小突かれた。

振り返れば、革ソファーに座った蓮呀が責め立てるようにあたしを睨んでいる。

 なによ、と声を発しようとしたら、今度はあたしの携帯電話がなった。ディスプレイに、藍さんの名前。

電話に出てみたら、緊迫した声。


〔やばいよお嬢!狐月組のサイトにアップされた動画を観て!〕

「動画…?」


 切羽詰まった口調で言うものだから、狐月組の現管理人であるよぞらを向く。


「……公開死刑、の動画みたいです」


どうやら藍さんの言っている動画を、よぞらは再生させたらしい。

 公開死刑。

その単語に眉間にシワを寄せつつ、パソコンの画面を見た。

男の野太い悲鳴が響き渡る。

それにつられて、蓮呀がソファーから立ち上がり同じく画面を見た。

画面は暗いが、確かにそこに誰かがいる。


〔やあ、表現実の諸君。この世界に、裏と表があるって知ってるかい?君達の知らない現実がある。君達は知らずにのうのうと生きているんだ〕


悲鳴とは違う声に、あたしは反応した。

その声。その声は、今朝聴いた声だ。


「───…ウルフ!」


 悪魔が憑いた灰色の男。

 ソイツが画面に現れる。

赤い瞳を不気味に輝かせて薄笑いを浮かべた彼の手には、ナイフ。それが血に濡れていた。

そのナイフが、振り下ろされればぐしゃ!と肉に突き刺さった音が聴こえ、また悲鳴が上がる。


〔助けてくれ!!〕

「!、ウルフマン…?」

「なに、知り合い?」


悲鳴を上げていた男が助けを求めた声で、誰だかわかった。知り合いもなにも、以前命を救った相手。

そしてウルフを葬って、名前を奪った殺し屋だ。


〔オレはコイツに殺されたんだ〕

〔助けてくれ!誰か!ぐあああっ!!〕

〔そして復讐しに生き返った〕


 薄笑いを浮かべたまま、ウルフはまたナイフを振り落とす。

机か何かに縛り付けられたウルフマンは、血塗れだった。腕も脚も腹も刺されている。

復讐にしては、怒りなんて微塵も感じさせない表情と声音のまま、ウルフは繰り返しナイフを突き立てた。

苦痛をじわじわと長引かせながら、確実にウルフマンを死に追いやる。

許しを乞うウルフマンに、ウルフは無情にナイフを振り下ろした。

内臓を掻き乱すように引き裂く。ウルフマンは血を吐いた。

グチャリ、グチャリと掻き乱す。何度も、何度も、刃が身体を貫き掻き回し裂いていく。

どれぐらいの時間が経ったのだろうか。

もうまともに言葉を発しられなくなったウルフマンの意識は、あるかどうかもわからない。虚ろな瞳は、ゆっくりと死に近付いていた。

そのウルフマンの額に、ショットガンの銃口が突き付けられる。

これは、彼の復讐。

ウルフマンに頭を撃ち抜かれた、その仕返し。


  ガウンッ!


木っ端微塵にウルフマンの頭蓋骨が吹き飛んだ。公開死刑。

これで終わった。

 よぞらが俯いて口を押さえる。これには流石に吐き気を覚えたようだ。蓮呀は淡々と見据えている。


〔申し遅れた。たった今、名前を取り戻したところなんだ。オレの名は、ウルフ〕


 名前を奪ったウルフマンを殺して、名前を奪い返したウルフは上機嫌に笑う。

もう用はないと言わんばかりに、机からウルフマンの残骸を蹴り落としたとそこに座った。


〔オレは一度殺された、でも生き返った。何でかって?それは悪魔に生き返らせてもらえたからさ〕


演技かかった口調で言うと悪魔の名を出した。よぞらが画面に視線を戻す。


〔裏の世界、通称"裏現実"。その世界にはね、悪魔が存在しているんだ。悪魔によって、吸血鬼も存在している。闇の世界ってわけさ〕

「……藍さん。この動画、見られたらまずいじゃないですか?」


表現実者に向かって、ウルフは裏現実を暴露している。

 裏現実の秘密。

それを全部暴露している。

こんな動画を十五万人の表現実の人間に見られてはまずい。

〔狐月組以外にも動画サイトにアップされているんだ!今全部削除しようと、ハッカーがクラッキング中!!〕と藍さんは、指を動かしながら答えた。どうやらハッカー達がこのバラまかれた動画を抹消している最中のようだ。


〔せっかく、生き返ったんだ。たった一人相手に復讐して墓に戻るのはつまらない。だから────…戦争をしよう。吸血鬼ども〕


仰け反ったウルフが、再び顔を見せた時、挑発的な笑みを浮かべて、吸血鬼達に向けて言い放った。


〔遥か昔、百五十年前だっけぇ?この裏現実が出来たきっかけ、悪魔と吸血鬼の戦争をしよう。今度こそ、決着をつけようぜ。どちらかが滅びるまで、殺し合おう〕


 ────…戦争。

悪魔と吸血鬼の戦争が、再び行われようとしている。

悪魔は、吸血鬼を滅ぼしたい。

長年、待っていたに違いない。

そして、今がその時。

 裏も表も関係ない。戦争だ。

場所を選ばず、戦う気だ。

人間も巻き込んで、殺し合おう気だ。


〔全員、滅ぼしてやるよ。"オレ達"でな〕


 ボ、と蝋燭に明かりがついて、暗かった部屋が見えるようになった。

そこには十人ほどの男がいて、瞳は赤。それは悪魔か、または悪魔憑きの人間か。

敵の悪魔は、少なくとも十人はいると言うことだ。

人相を刻み込もうと隅々まで見ていて気付く。この部屋を知っている。

 コクウの、黒の集団のオフィスだ。

これはコクウへの宣戦布告でもあるのか!

そうだ。コクウが以前の戦争に終止符を打ったきっかけだった。

ウルフマンとも繋がりがある。

やはり関わらないでいるのは、無理があるようだ。くそ。今朝、仕留めればよかった。

確実にコクウが───…。


「……狐月…さん…?」


 隣から聴こえたか細い声に意識が逸れる。

横を見れば、目を見開いて画面を見るよぞら。

視線を追い、画面を見れば、奥。

ずっと奥に、早坂狐月の横顔が見えた。

早坂狐月が、そこにいる。

 ───…いや、彼よりも。

あたしは、たった一瞬だけ。

一瞬だけ。幻覚だと思えるくらいたった一瞬だけ、見えた男の顔に凍り付いた。

丁度ウルフで見えないが、アイツらしき男が早坂狐月の前にいる。

 心拍数が上がり、心臓に痛みを感じて押さえた。ウルフがウルフマンにナイフを繰り返し刺した光景のせいで、アイツを思い出してしまっただけだと言い聞かせる。

錯覚で腹部に痛みを感じた。

錯覚だ。幻覚だ。

そう強く念じても、嫌な汗が吹き出る。

 裏現実の秘密、その壱。

吸血鬼が存在する。

 裏現実の秘密、その弐。

悪魔も存在する。

 裏現実の秘密、その参。

死人は時折生き返る。


「──────…っ!」


 再び、アイツの顔を垣間見た。

間違いない。アイツだ。

アイツがそこにいる。

生き返りやがった。

悪魔が生き返らせやがった!

 奥歯を強く噛み締めて、必死に自分を抑える。

今すぐアイツの首を掻き切り、地獄に送り返したい衝動を抑えた。


〔かわい娘ちゃん〕


 びくり、と震え上がる。

まるであたしの顔が見えているかのように、笑みを吊り上げて笑うウルフ。


〔これは序の口だぜ。楽しんで〕


ウルフが告げると、奥のアイツが笑った気がした。

 感情がぐちゃぐちゃに掻き乱される。

あたしへの、挑発。あたしへの、メッセージ。

あたしの参加も、促している。

回避なんて出来そうにもない。

 この挑発に乗ることで、また死ぬかもしれないし、ついに死ぬかもしれないが、だめだ。

どうせ避けられない、逃げられない。





崩壊が近付く音がする。

あたしの死も、近付いているようだ。


灰色の悪夢が始まりを告げた────────────…。




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