鬼の牙
────カチッ。
スイッチが押されたが、廊下は静寂が流れる。
遠くで戦闘する音が聴こえるものの、病院が爆発した気配がない。
困惑した狩人はまたカチカチとスイッチを押した。
「爆発しねーよ。とっくに処分したぜ」
「ってめえ!!」
狩人の視線の先には、仁王立ちをする狩人の鬼。
「ポセイドン!ゼウス!何故裏切った!」
ポセイドンの秀介。
その隣に煙草に火をつけたゼウスの篠塚さん。
「一言も味方になるなんて言ってねーし。初めからてめえらの作戦を邪魔するためだけに聞いてただけだ」
悪びれなく秀介は笑い退けた。
幻じゃない。本当にそこに、秀介と篠塚さんがいた。
腕を振り上げて狩人の腹に拳を振り下ろす。
武器を蹴り飛ばしてから立ち上がる。
「助けに来たぜ、つばきゃん」
「バカシュウ!!」
駆け寄ったあたしに笑顔を向けた秀介にあたしは頭突きを食らわせた。
「なんでいるのよ!しかも篠塚さんまでっ!バカなの!?このバカ!」
「いてぇ…」
「礼を言えよ、命を救ってやったのに」
「ありがとうございます!病院は禁煙!」
秀介の肩を掴みブンブンと振り回すと、篠塚さんが呆れるがあたしの方だ。煙草をぶっ切る。
悪魔を封じるために用意されてあたしにかけられた水は、悪魔退治屋の特製の聖水。それを水で洗い流すために篠塚さんがペットボトルを投げ付けたそうだ。
「つばきゃん、水も滴るいい女」
ポタポタ髪の毛が落ちていく雫が落ちていくのを見ていたら、秀介が笑い退けた。
頭にきたのでもう一度頭突きをしておく。
「八つ当たりするな。言いたいことはわかっている、依頼人の意向だ。中毒治療を邪魔したことへのお詫びだとよ」
「!…ミリーシャが?」
篠塚さんは肩を落としながら、あたしを宥めてタオルを被せた。
黒の集団から離れるために日本を離れたと言うのに、のこのこ戻ってきたのだ。最悪なことに番犬の正体を知っているとバレている。
篠塚さんが番犬だと気付かれるのも時間の問題。
バレる危険性をわかっている上で、篠塚さんと秀介は来たようだ。
秀介はあたしの危機を知り立ち上がり、ミリーシャも許可を出したため篠塚さんは来るはめになった。
「事態は最悪なんですよ」
「吸血鬼と狩人に囲まれてる事態より最悪なことってあるのか?お前は誰かを匿わなきゃ生きてけねーのか?」
篠塚さんの言葉に項垂れる。生きていけないわけではないが、番犬の篠塚さんの次によぞらを守っているから言い返せない。
全部なり行きだもの。
「……助けに来てくれて、ありがとうございます。篠塚さん。秀介も」
膨れっ面をしつつも、篠塚さんと秀介に改めて礼を言う。
狩人の情報網で知り、仕掛けてくる狩人達の作戦を手に入れて助けるべくここまで来てくれた。
ポン、と篠塚さんはあたしの頭を軽く叩く。
ドカンッ!
病室の扉が吹き飛んだかと思えば、蓮呀が壁に押し付けられたのが見えた。彼女を押し付けているのは、吸血鬼の男。
カルドを取り出して、首を跳ねた。
「ゲホ!ゲホゲホッ…アンタ、躊躇なく殺すんだな」
「首を切断しても死んだことにならないわ、吸血鬼だから」
その場に腰を下ろす蓮呀が首を擦る。吸血鬼相手に首をへし折られなかったのは幸い。
首のない吸血鬼を足で退かしておく。これは殺したことにならないから、カウントしない。……よね?
「あっれ。篠塚刑事?」
蓮呀の口から出た名前に目を丸めた。視線の先は、篠塚さん。
「おいおい、長期休暇してるって聞いてたけど。まさかアンタ裏側になっちゃったわけ?おいおい、アンタは表は刑事で裏は殺し屋かよ」
立ち上がる蓮呀の口調からして、かなり親しいようだ。
だが篠塚さんは首を傾げた。
「…誰だ、お前は」
「は?」
蓮呀が知るのは、十中八九記憶障害中の篠塚さんだ。
記憶を取り戻した篠塚さんは、記憶障害中の間の記憶がない。蓮呀だけではなく、あたし達のことも覚えていないのだ。
「悪い、コイツ記憶ないんだ」
「記憶障害?」
「いや、えっとー」
蓮呀に秀介が説明しようとしたが、ややこしいため説明に困りあたしに目を向けるが、あたしは蓮呀を見た。
篠塚さんと知り合い。幸樹さんとも蓮真君とも繋がっていた蓮呀までもが、あたしと繋がりがあったらしい。
よぞらと同じ、出会うべくして出会った───そんな錯覚を覚える。
「椿!!」
秀介が声を上げたとほぼ同時に、後ろに吸血鬼の気配。反射的に振り返ったら、吸血鬼が牙を剥き出しにあたしに噛み付こうとしていた。
ガウンッ!
その牙はあたしに届くことはなく、篠塚さんが頭をたった一つの弾丸で吹き飛ばした。
「ボケッとすんな」
「…はい」
篠塚さんに軽く頭を下げてから、病室の中を確認する。
よぞらはベッドの隣に座り込んでいて、無事のようだ。争った形跡があるものの、蓮真君達にも怪我はなさそう。
割られた窓の外から、騒音は聴こえない。あちらも終わったようだ。
あたしは、廊下の隅で膝を抱えて踞った。
「椿、仕方ありません。こればっかりは…」
苦笑しながら幸樹さんが宥めながら、ずっと頭を撫でてくるが顔を上げない。
「椿。顔を上げなよ、殺っちゃったものはしょうがないさ」
コクウも言うが、それは追い討ちだ。
「煩い!っ…煩い!!」
顔を上げて睨み付けるが、泣きたくなりまた踞った。
あたしが首を切り落とした吸血鬼は───吸血鬼ではなかったのだ。
確かに吸血鬼の気配だった。蓮呀達の証言でも、吸血鬼の怪力も持っていたのだ。なのだが、コクウは。
「コイツら、知らない」
そう言ったのだ。
ディフォもラトアさんも首を横に振った。吸血鬼達は全員顔見知りのはずだ。
数少ない同族。
知らない吸血鬼などいないはずなのだ。
つまりあたしと篠塚さんが殺したのは、吸血鬼ではないということ。
そんなはずはないと反論したが、いつまで経っても首は繋がらなかった。
あたし達が殺ったのは、人間。
またもやあたしは殺してしまったのだ。
「確かに吸血鬼だったのにっ!!」
泣きそうな声を上げるが、起き上がらないのは吸血鬼ではない証拠。
夢であってほしい。もう嫌だ。
「……俺達は見てないから、なんとも言えないけど…。事実ならばそれは多分………Vはどう思う?」
しゃがんだコクウは顔をしかめて、ヴァッサーゴに問うが沈黙が返される。なにか深刻そうに目を細めたコクウは、ディフォとラトアさんと顔を合わせた。
「なぁ。こんな死体だらけの場所にこれ以上いたらよぞらが病む。俺の家に移動しようぜ」
蓮呀が壁に寄りかかり、提案する。
「君は絶対安静と言ったでしょう」
「怪我は治った。ハウンが治してくれたよ」
「ハウンが?……へぇ」
主治医の幸樹さんに咎める目を向けられると、蓮呀は服を捲り腹部を見せた。血の跡があるだけでそこに傷跡はない。
ハウン君に治癒されたようだ。
その事実に、コクウを含めた吸血鬼達は意味ありげな目を蓮呀に向けた。
「…そうですね。今から掃除屋に片付けてもらわなくては、隠滅が間に合いませんからね」
蓮呀は気にした素振りもなく、幸樹さんに頷いて見せる。
コクウがあたしの前に来ると、手を取り立ち上がるよう引っ張り上げた。
「椿、気にしないで。これはカウントなしにしておこう。…いつだって諦めていいんだよ」
「…コクウ」
耳元で囁くコクウに、無意識に爪を立ててしまう。
また、殺してしまった。
もう殺さないと、決意したのにだ。
だから落ち込んでしまう。
「気に病まないで、椿。…君はこの件だけ集中してればいいよ。コイツらのことはオレ達が調べるから」
「………」
あたしの髪をとかすように指を絡めて撫でたかと思えば、コクウはあたしをそっと抱き締めた。
コクウに包まれると、気が沈む。
このまま委ねてしまいたかったが、騒音が響き渡って我に返された。
俯いた白瑠さんが、隣の壁を片手でぶち壊している。
…お怒りだ。
微かに髪の間から垣間見えた瞳は、ギロリとコクウを睨んでいた。
「壊さないでくださいよ、白瑠」と幸樹さんが溜め息を吐く。
損害が半端ない。
「なんだよ?白。なんか文句あるのか?」
「触ってんじゃねーよ…」
コクウはあたしの頭に顎を置いて、挑発した。受けてたつとばかりに白瑠さんは低い声を出す。
「椿に触るな。近付くな」
今にも飛びかかってきそうなほど、殺気立っている。ピリピリした空気。数度気温が下がったみたいに感じた。
まだ口を聞きたくないのだが、止めないと殺しあいを始めてしまいそう。
「みっともねぇよ、男の嫉妬って。更に言うと取り合って戦うのは、みっともねぇよ」
先に言葉を発したのは、蓮呀だった。
裏現実で最も恐れられている殺し屋である、白の殺戮者と黒の殺戮者に嘲笑を向ける表現実者は蓮呀だけだ。
「悪いけどその可愛い猫ちゃんは俺が預かるから。行こうぜ、べっぴんさん」
くいくいっと指で招くと蓮呀は病室の中にいるよぞらを呼びに行く。
白瑠さんの殺気をものともしない。かなり肝が据わっている人だ。
バッ、と白瑠さんが腕を振り下ろしてあたしとコクウを引き剥がした。
冷めた目をコクウは向けるが、ポケットに手をしまった様子からして戦闘は免れたらしい。
「なかなか変わってる子だね」
「お褒めの言葉、さんきゅ。アンタ九城とそっくりだな、まじで。好きな子見てる眼差しとか」
独り言のようにコクウはあたしに向かって呟いたが、聞こえていた蓮呀は返事をする。からかうように鼻で笑い退けた。
確かにコクウの玄孫がよぞらに向ける眼差しと、コクウがあたしに向ける眼差しはそっくりだ。顔が同じだから。
ディフォは怪訝にしかめて蓮呀を見るが、ラトアさんは関わりたくないとばかりそっぽを向いている。
「俺と白瑠は対になる存在だって、噂されてるんだ。でも同時にそっくりだってよく言われてる。似た者同士って奴だね。俺と白瑠が似た者同士であるように、君と椿も似た者同士に見える。君はどう思う?」
にやりとコクウは反撃に出た。
いじめっ子体質だから。
蓮呀が触れようとしなかったことに、触れてしまった。蓮呀から笑みが消える。
「俺は人殺したことねーよ」
グサリと突き刺さる言葉がきてあたしはダメージを負う。
回答に気になっていたが、コクウのいらん挑発のせいで追い打ちをされた。コクウの胸に一発拳を打ち込んだが、ダメージなし。
「我々は一度帰らせてもらう」
「わかったわ。ご苦労様」
爽乃が病室から出てあたしに言う。那拓家は一旦帰宅。
一応黒の集団も帰ることを薦めた。
敵は引いたから、篠塚さんと秀介で十分だ。襲撃の可能性は低い。
藍さんの車で蓮呀の家に移動することになった。夜になる前に蓮真君達が合流して再び戦いに備える。
ついた頃には朝陽が昇っていて、辺りは明るくなったが建物が並ぶ商店街のような場所なのに、人がいる気配がしなかった。
「取り壊す予定だったんだ、ここ。ショッピングモール、つくるために住人に立ち退いてもらったけどその予定が先送りになったのさ」
あたしの疑問に訊かずとも蓮呀は答える。
ということはここ一帯は住人がいないのか。
「どうせ壊すんだ、暴れ放題だぜ?」と笑う蓮呀は壊す気満々のご様子。
「貴女は立ち退かなかったの?」
「ここ買い取った奴が貸してくれたんだよ」
さらりと言う蓮呀。
彼女のコネはなんだか、大物そうだ。蓮呀自体、ただ者じゃない。
話そうとしなかったので、それ以上追及しなかった。
蓮呀の家は、一階がガレージで二階に家がある灰色の建物。ガレージにはバイクらしきカバーがかけられた物が二台並んでいる。
「なんつーバイク?」
「一個はハーレー。もう一個は…忘れた。両方貰いもん。好きなん?」
「どっちかっつーと、車が好きだけど乗ることは乗る」
気になったのか秀介が蓮呀に訊いた。
車の中でも篠塚さんと出会った経緯を話していて、もう馴染んでしまっている。二人ともフレンドリーだからな。
「あ、しのっち。俺の家は禁煙だぞ」
「……ちっ」
蓮呀は特段自分を忘れ去った篠塚さんについて追及することなく、しのっちと呼び始めた。その呼び方を気に入らなそうに睨んでいたが、諦めたらしく煙草に火をつけてしまった篠塚さんは階段に座って一服をする。
篠塚さんを置いて、階段を上がり中に入ると幸樹さんの家のリビングの二倍はあるフローリングが一番に目に入った。
白い壁には蓮のような花が赤く咲き誇った絵が描かれている。
その下にはソファーとふわふわしたカーペットがあり、その向かい側には液晶テレビとステレオ。
右の窓側に扉があって部屋があるらしい。左側にはキッチンとダイニングテーブルがあって、その奥にも部屋があるらしく扉がある。
「わぁ…」
「蓮たんの匂いがする…ぐふふ」
絵に見とれるよぞらの隣に変態がいたので腹に拳を突っ込む。
「てきとーに寛いでていいよ」とだけ言うと蓮呀はキッチン側の部屋の中に入っていった。
お言葉に甘えて上がり込む。
テレビに二つの写真立てがあったのでなんとなく覗いた。
「あ!コイツだよ、コイツ。あの餓鬼に飛び付いた男か女かわかんなかった奴!へー蓮呀だったのか」
同じく覗いた秀介が指差すのは、蓮呀賊であろう赤いバンダナを身に付けた若者達の中心にいる蓮呀。黒い帽子に黒い服装。美人な顔立ちだがこれだけでは性別が判別出来かねない。
秀介は一度、蓮呀を目撃していた。
あたしが電車を先に降りなければ、蓮呀とはそこで会っていたのだろうか。
もう一つの写真には無理矢理入れられたのか、蓮呀に腕を首に回された不機嫌顔の蓮真君が写っていた。
実の兄との写真は飾っていないようだ。
どれ程にているか気になっていたのに。
蓮呀が部屋を出てきた。黒のタンクトップに白い肩出しの服に着替えている。その奥にはクローゼットがあるようだ。
「俺見回りしてくるわ。ここら辺って一通らないんだっけ?」
「昼はたまに人や車が通るくらいだな。夜は滅多に通らない」
「オッケー。じゃあ椿、俺は一人で行って」
蓮呀から聞いてから、あたしに向かって言った秀介は、よぞらと一緒にカーペットの上に座る藍さんに目を向けた。
「藍くんと行ってくる」
「なんで!?」
ズルズルと藍さんの首根を掴んで引きずって連行しながら秀介は、周辺の把握と見回りに向かう。
「べっぴんさんも座れよ」
ソファーで胡座をかく蓮呀がカーペットにクッションを放り投げて促すので腰を下ろす。
「コクウっつー吸血鬼、恋人?」
ニヤニヤと蓮呀が問うと、バッとよぞらがあたしに顔を向けて目を瞬かせた。
借りてきた猫が子犬になって食い付いたぞ。
「…元恋人よ」
「そ、そうだったんですか」
「へー、それにしては両想いな雰囲気だったな。いつ別れたん?」
「えっと、二週間前だったかしら」
「最近じゃん、別れた原因は?」
ぐいぐいくる。
言いたくなかったが、幸樹さんに女友達に恋愛相談するように助言をもらっているので話すことにする。
「愛せなかったから、別れた。コクウと睨みあっていた人いたでしょ?付き合っていたら殺しあうから、別れたのよ」
天秤にかけて、別れることを選んだ。
執着するほど愛してはいなかったのだ。
「ふぅん。アンタを取り合って殺しあわないように、どちらとも選ばないって選択肢を選んだわけか。」
「じゃあ今後、どちらかを選ぶことは?」
「ないわね」
端から見てもコクウと白瑠さんは取り合っているようにしか見えないのか。
不安そうに訊くよぞらに悪いが、キッパリ頷いておく。
「俺の目には両方脈ありに見えたんだけどな」
蓮呀の発言に目を丸めた。
「コクウに抱き締められてる時、すんげぇ愛し合ってる恋人同士に見えた。白いおにーさんを無視してたのも、バカップルの痴話喧嘩に見えたぜ。拗ねてそっぽ向くカノジョに、相手にされなくてあわてふためくカレシって感じ」
「わかるわかる、そんな感じに見えましたね」
同意するよぞらが首を傾けてクスクスと笑う。
「椿さんが仮眠中に、白瑠さんは膝を抱えて落ち込んでいたんですよ」
「俺が悪いんだよ俺が悪いんだよ俺が悪いけどぉお、とジメジメ落ち込んでたぜ」
大の大人が年下の女の子になに晒してんだ。
顔が引きつる。
狩人の前で頭蓋破壊屋の威厳をぶち壊したのか、あの人。
「喧嘩の原因はなんですか?」
「…それは」
それは言えない。
それだけは言えない。
口にすることも出来ないから、あたしは白瑠さんを許せないでいるのだ。
「謝っても、許さないんですか?」
「……うん」
謝罪だけでは、許せそうにもない。
「そうですか」とよぞらは優しげに微笑んだ。
そこで蓮呀の携帯電話が鳴った。
「は?なに?…今出る」と電話に出た蓮呀が返すと、ソファーから降りると玄関を開ける。
「しのっち。ソイツは俺の仲間。つか、アンタも入れよ。飯作るぞ」
篠塚さんに向かって言う蓮呀。篠塚さんの返事は聞こえなかったが、答えはノーだったらしく蓮呀は肩を竦めた。
少しして蓮呀の前に青年が現れる。
両手にビニール袋を持った青年は、顔立ちがよくYシャツとベストのお洒落なファッションをしていたが、表情は限りなく無表情に近かった。
あたしと目が合うと軽く頭を下げて、ダイニングテーブルに向かいそこにビニール袋を置く。
「蓮呀賊の幹部の一人です」
よぞらがこっそり教えてくれた。
あんな大人しそうなお洒落さんがギャングだと?見えねぇー。
と思ったがちゃっかり腰のベルトに吊るすように赤いバンダナがつけられていた。本当にギャングのようだ。
「手伝いますよ?」
「いいよ、俺がやる」
「いえ、手伝わせてください」
「そう?じゃあ材料切ってくんね」
「はい。休んでてください」
まるで夫婦みたいにキッチンに並ぶ二人。引かない青年に押されて蓮呀は椅子に座らせられた。
怪我をしている蓮呀の配慮だろう。
その怪我が綺麗さっぱりなくなったことが言えるわけもなく、蓮呀は大人しくビニール袋から材料を出していった。
「あ、朝飯だけど。嫌いなもんとかある?あっても食えよ」
思い出したようにあたし達に言うが、それ訊いた意味ないわよね?
どうやらあたし達の朝飯を青年に買わせてこれから作るようだ。
手伝うと言ったら、客人だから寛げと言われてしまう。
あたしもよぞらもカーペットに座り込む。
青年が手慣れた手つきで材料を切っていく音だけが響く。
会話するべき?よね。
話題を探してみる。
「蓮呀」
「なに?べっぴんさん」
「あたしの呼称はそれに決定なの?」
「べっぴんだから」
「貴女もべっぴんよ」
「照れるぜ、ハニー」
「誰がハニーよ」
よぞらが小さく吹き出した。
鏡のようなコクウと白瑠さんと例えるならば、蓮呀はコクウであたしは白瑠さん。
つまり蓮呀はからかう側で、あたしはからかわれる側。
「結城に告白された時、慣れた対応してたけど。やっぱりモテてるの?」
「んー。モテてるのかどうかはわかんねぇな。俺の仲間は俺の強さに惚れた連中ばっかだし、たまに潰した敵にコクられることもあるけど…。たまにいるんだよ、倒されて惚れる奴」
たまにいるのか、そんなマゾ。
「俺ってモテる?」
「モテます」
青年に問う蓮呀。青年は淡白に答える。
それが青年の通常なのか、くるっと蓮呀はあたしに顔を戻す。
「で、それがなに?」
「あーえっと。何て言うか。モテすぎて困ってるの」
「白黒の野郎ども?」
「の他もいるの」
「秀介か」
「……何故わかったの」
「アンタに向ける笑顔が違う」
彼らの好意は目に見えているのか。
秀介があたしに好意を示した場面はなかったはずだし、普段通りに笑っていた気がするのにな。
よぞらに目を向けると彼女も気付いていたらしい。
「どうして貴女は結城に諦めずアタックしろなんて言えるの?片想いなんて辛いだけじゃない。無駄な期待を持たせるのは苦しみを与えることと同じじゃないの?」
「苦しみも恋のうちだぜ、べっぴんさん。諦めるかどうかは最終的には本人次第だ。苦しみたくないなら相手を思う気持ちごと捨てる努力をするのは結局本人なんだから」
冷蔵庫から蓮呀が取り出したのは、カクテルの缶。それを開けて飲む。自分を棚に上げて注意できないが、朝から飲むのよ…。
蓮呀の言葉は一理ある。確かに本人次第だ。
だからと言って、煽るような言葉はどうなんだろうか。
意見を求めるように、よぞらに視線を送る。
「椿さんは、片想いしたことないんですか?」
苦笑にも似た笑みを浮かべるよぞらは、どうやら蓮呀よりの意見のようだ。
「経験あるけど。あるからこそ、辛いから諦めさせる言葉を言って告白を断るべきだと思うわ」
「片想いしてるあたしは、そんなこと言われたくないです」
よぞらはゆるりと首を横に振った。
「彼を想う気持ちが大事なので、それを切り離せと本人から言われるのは…痛いです」
胸に手を当てて悲しげに笑うよぞらが言う彼とは───早坂狐月。
違う。片想いなんかではない。
そう言いかけたが口を閉じる。
相思相愛のはずなのに、互いに想いを伝えていないようだ。赤の他人も同然なあたしがそれを明かすのは可笑しい。
「実らなくとも、想うくらいいいでしょ?」
可愛らしく首を傾けるよぞら。
その気持ちが大切だから、実らなくとも想いたい。
秀介は、そうなんだろうか。
「なに言ってんの?よぞら。アンタと狐月は両想いだろ」
「え、えっと」
蓮呀を振り返れば、キョトンとしていた。よぞらは困った様子で口こもる。
「狐月はよぞらのカレシ」
断言して言った蓮呀は材料が切り終わっていることに気付いて、キッチンに立った。
「一部の人は、勘違いしてるんです。付き合っていると」
声を潜めてよぞらはあたしに説明する。
どう見ても多分二人は付き合っているようにしか見えないと思うが、それはあたしも同じなので言えなかった。
料理を作り終えると、青年は帰っていってしまった。なんとも寡黙な若者だ。
食事中、あたしと蓮呀は口論した。
蓮呀は先程の青年を含んだ仲間まで巻き込んだと言う。
「四六時中はキツいだろ、昼間は俺の仲間が周りを張る。若者が座り込んで道を塞いでりゃ、人は通らねぇ。無理して通る奴がいたら連絡してもらう。スナイパーの射撃と爆弾を仕掛けられるのを阻止するためだ。裏の野郎どもも昼休めるだろ?」
「表の人間を巻き込むのは、危険よ。よぞら側についた裏現実者は、黒の殺戮者と呼ばれるコクウは最も恐れられてる殺し屋。そのコクウが率いる黒の集団は全員名を馳せる腕利きの連中。白瑠さんは吸血鬼のコクウに並ぶ白の殺戮者で頭蓋破壊屋もついてる。そして狩人は危険人物に指定されてる那拓家の爽乃と、百発百中の飛び道具使い火都がついてる。更に、狩人の鬼と呼ばれる秀介と篠塚さんは、ポセイドンとゼウスの神コンビと呼ばれる二人までも参加した。どいつもこいつも一筋縄では勝てない連中に阻まれてるなら、もう真っ正面から突っ込んでこない。外道な手段も使ってくるわ。貴女の仲間が関わっているとバレたら確実に彼らは捕まるわよ」
思い返せばとんでもない連中が集まってきやがったな。と頭の隅で思う。
そんなとんでもない連中だからこそ、よぞらを守りきれたのだけど。
だからこそ、昨夜のように正々堂々向かってくることはない。
隙と弱味を見せれば、容赦なくそこを突いてくる。
ギャングであろうと所詮は喧嘩強いだけの一般人。彼らがこちら側だと知られれば、捕まり人質にされかねない。殺される。
「殺される可能性があるってちゃんと話した、承諾済みだ。吸血鬼云々は話してねーよ?裏側ってことしか話してねぇから」
「殺される可能性じゃない!殺されるのよ!人質になったらどうするつもりなのよ?」
「助けるに決まってんじゃん。俺の仲間はな、死んでも非現実を味わいたい連中の集まりなんだよ。何度も危険なことに首突っ込んで、銃で撃たれて死にかけた奴も懲りずに首を突っ込んでる。アイツらがそうしてぇんだから、好きにさせてやれよ。死んでもアンタの責任じゃねぇから気にすんな」
あたしが声を上げると、蓮呀は刺々しく返した。
気まずそうに見守っていたよぞらはそこで割って入る。
「蓮呀賊は裏社会にも首を突っ込んでまして…この前は雪山でマフィアの麻薬の売買を阻止してましたね」
「阻止っつーか、ぶち壊しただけだけど。銃声で雪崩きてスノボーで降りたアレマジ楽しかったわ」
「あたしは二度と嫌です」
なにしてんの?二人とも。
麻薬の取引をぶち壊した?雪崩をスノボーで逃げた?
よぞらも何故いたの?
かなり疑問になったが話が長くなりそうなので訊くのはやめておいた。
「退屈な表側のあたし達からすれば、こんな非日常な事件は楽しむための遊びになりますから。退屈なまま死ぬより、危険なことをして死ぬを選ぶ人達なんです。あたし達」
よぞらはそう無邪気な笑顔で言い退けた。
非日常を楽しむ、表現実者。
「それがあたし達なので、気にしないでください」
「………」
ほう、よぞらはこの状況を楽しんでいると、今白状したな?
世界が崩壊しかけたのに、反省もなく遊んでいる感覚なのか。
「貴女、後悔してないの?全然懲りてないの?昨夜の襲撃も蓮呀が死にかけたのも集団リンチも、貴女が吸血鬼探しをしたせいなのよ」
「え、でも。そのおかげで椿さんに会えたのでしょう?」
責め立てるようにきつく言ったのに、軽やかにかわすようによぞらはとびっきりの笑顔を見せた。
「貴女にお会いできて嬉しいです!」
とんでもなくあり得ないメンツに守られている表側の少女は、それに臆することもなく動揺することもなく、寧ろ楽しげに笑う。
「吸血鬼にも会えましたしね!あ、ところで吸血鬼の成り立ちって教えてもらえませんか?見たところ噛まれても血を与えられても、吸血鬼にならないみたいですが。どうやって吸血鬼になるんですか?」
意図的なのか無意識なのか、よぞらは吸血鬼の話を出すと訊いて話を逸らした。
ここはあたしが折れるしかないようだから、訊かれたことに答えることにする。
「いえ、吸血鬼は──…」
言いかけて気付く。
吸血鬼になる方法なんてない。
既にないのだ。
吸血鬼を生み出したのは悪魔だ。人間が願い悪魔が叶えた。
生き血を摂ることで命を半永久に絶えなくする、そんな呪いをかけたのだ。
願いを叶えた悪魔は自分より力を持たないように程よい力を与えた。
人間よりは強く、悪魔よりは弱い。
しかし第一世である最初の吸血鬼は悪魔の推定より強く、彼に噛まれて吸血鬼になった第二世達は強い能力を手にしていた。
第三世達も二世から能力を引き継いだ吸血鬼が多くはなかったがいたそうだ。
詳しいことは闇の中だが一世紀前に、悪魔と最初の吸血鬼が仲違いをし、悪魔と吸血鬼の戦争を始めて、残り少ない三世の吸血鬼が勝った。
第一世の吸血鬼と第二世の吸血鬼の牙だけが、吸血鬼を作り出せたが第一世も第二世もこの世にはいない。
だから吸血鬼は増えないのだ。
吸血鬼になることはない。
では、昨夜あたしが殺した吸血鬼モドキはなんだ?
確かに吸血鬼と同じ気配がして、吸血鬼と同じ怪力を持ち、そして牙を持っていた。
だが人外的な治癒力はなく、首を切断したら死んだ。
吸血鬼に似ているが、吸血鬼ではない存在。
また殺人をやってしまったことに気が動転していて、全然意識を向けていなかった。
コクウは任せろと言っていたが、どう調べるつもりなのだろうか?
おい、ヴァッサーゴ。
あたしはずっと沈黙をしているあたしの中の悪魔を呼んだ。
悪魔の仕業ではないだろうな?
気が付けばクライマックスさながらの全員集合状態だ…とつい先程気が付きました。
似た者同士は衝突しやすいように
椿と蓮呀はたまに衝突します。
縁の下の蓮呀賊は、それほど椿ちゃんとは関わりませんので名前は明かしません。ごめんねモブキャラ!