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狩人の刃




「患者の娘…友達?」

「…えぇ、まぁ」


 コクウに問われて曖昧に頷く。

病室から出て自販機で買った水で喉を潤す。

なにか言いたげだったが、コクウは追求しないことにしたのか、それ以上あたしに雰囲気が似た蓮呀のことを触れなかった。


「……ごめん。椿。あの悪魔退治屋は吸血鬼が雇ったんだ、多分マーチス辺りだろう」


マーチス。茶髪で白い背広を着ていた吸血鬼を思い浮かべる。

コクウの差し金ではないことは確かだ。


「危うく命を落としかけた……一度ならず二度までも…。吸血鬼にする牙がなくて…本当に悔いるよ…」


 苦しそうな微笑みを浮かべてコクウはあたしの頬を撫でた。

ヴァッサーゴを切り離されたのはこれで二度目だ。でも二度目はコクウの企みではないだろう。

 悪魔を切り離せば死んでしまうあたしを、出来るなら不死の吸血鬼にしてしまいたい。

そう囁いてあたしの首を見つめるコクウの表情に胸が痛む。


「ほんっとだよ、俺がいてよかったぁ」


 コクウの手を振り払ったのは白瑠さん。ずっとコクウを睨み付けていた。部屋から出てからついてきていたのだ。

あたしとコクウを二人っきりにしたくないがために。

コクウと白瑠さんが一緒にいると病院の人間が皆殺しにされかねないから、幸樹さんから早く帰らせろと視線で言われている。


「…コクウ」


 呼べばコクウは肩を竦めて、白瑠さんと睨み合うのをやめた。

彼らが殺気立つだけで瀕死の患者が死にそうだ。


「夜にまた来るよ。吸血鬼も仕掛けてきそうだから」

「…そう」


コクウはあたしの髪を指で撫でると、スタスタと歩き去った。

それを一瞥してから病室に戻ろうと歩いていく。


「つーちゃん」


遠慮がちに呼んで白瑠さんはあたしの服を摘まんだ。

それを見向きもせずに叩き落とす。

 白瑠さん無視は継続中。


「つ、つぅちゃぁん…!」


すがりつくような情けない声を無視して、あたしはさっさと廊下を行く。


「なに、この状況」

「告白タイム」

「はぁ?」


 病室に入ると蓮呀のベッドの上にあの弓使いが正座して蓮呀と向き合っていた。

疑問に答えたのは扉の前にいた遊太。

壁際のベンチには神奈とよぞらと爽乃が、その順番で座っていた。

神奈はよぞらをナンパしていて、よぞらは笑顔で対応しながら蓮呀達を見ている。爽乃は刀を握り、見守るように蓮呀達を見ていて、その横に携帯電話をいじる蓮真君が立っていた。


「アイツ、爽乃のトモダチ。名前は結城だ。蓮ちゃんに惚れたんだってさ」


遊太は簡潔に状況を説明する。

蓮ちゃん、とは蓮呀のことだろう。

 弓使いの結城は、蓮呀に惚れた。

そして今はその告白の真っ最中というわけだ。

なんでも女に負かされたことが初めてで、圧倒されたことに衝撃を受けて惚れてしまったらしい。

どうやら結城も、那拓家のように生まれながら裏現実者の家系らしい。

お堅い家系で嫁ぐ女を教育する家だが、蓮呀の強さなら申し分ないと言うわけで結婚前提に付き合ってくれと、告白しているそうだ。


「んー」


結城に射抜かれて入院中である蓮呀は、即答することなく品定めするかのように見ている。


「顔も中の上だし、性格も悪くなさそうだな。誠実そう」


顔の評価…。彼女の顔は上の上だから誰も突っ込まない。

本人を目の前に真剣に考えているとは意外だ。

 蓮呀が結城の肩の向こうの蓮真に一瞬だけ目を向けた。


「返事はお断り。アンタをそうゆう風には思えないから。でも諦められないなら、頑張って俺の心を射抜きなよ」


 ばーん、とウィンクつきで蓮呀は手で作った銃で結城の胸を撃ち抜く。結城は胸を押さえて真っ赤になった。

弓使いが射抜かれている…。

 きっぱり諦めさせるどころか、ますますゾッコンにさせたようだ。

アンタはたらしか?

 初めてそこで蓮真君が反応を示した。目だけを蓮呀に向けて「またか」と言わんばかりの呆れ顔。


「おかえり、べっぴんさん。考えたんだけどさぁ、明日でも退院して俺ん家で匿わない?」

「…貴女の家?」

「東京さ。病院なんかよりはいいと思わないか?病室より広いし周りも固めやすいと思う。夜は人気がないから襲撃も心置きなく対応しやすいぜ」


終わったとばかりに結城からあたしに顔を向けると、提案してきた。


「手の内を知る狩人の爽乃によれば、俺達が囲っていることは既に知られているようだ。だから一人で突っ込んでくる可能性は低い。大勢でくるだろうから、対策すべきだ。聞いたところ吸血鬼相手にするのは無謀らしいから、吸血鬼の味方は吸血鬼をやってもらおう。俺達人間は人間の相手だ。こちらは狩人に狙われる猛獣だ、猛獣らしく対抗しようじゃん?」


爽乃から得た情報をもとに蓮呀は短時間で練り上げたようだ。

蓮呀が仕切っていくようみたい。

あまりにも落ち着いている様子からして、ゲームと勘違いしているのではと思ってしまう。

だが彼女の落ち着きようは、慣れだ。


「慣れてるの?」

「今は大人しいけど、前までは襲撃ばっか受けてたさ。家に来られちゃ困るからね。わざと狙いやすいとこで待ち伏せして一斉掃除」


懐かしい思い出だ、と笑う蓮呀とは逆に蓮真君は顔を引きつらせる。

蓮真君も知っているようだ。

経験はある。ギャングのボスは伊達ではない。

部下を動かすことに慣れている彼女の策は参考になる。ここ彼女の仕切りに従うことがベストだろう。

あたしは攻める側だから、守る側の対策は微妙だ。守りに慣れている狩人がついているなら尚更だ。


「ところで、藍さんは?」

「ここだよーお嬢!」


後ろから返事がくれば、抱き付かれた。その藍さんの手には化粧箱と制服らしく衣服が数着。

え。なに。ここで二人に着てもらうつもりなのか。

振り返ると新しい縁眼鏡をかけていた。


「藍さんの意見が聞きたいのですが」

「蓮呀ちゃんの作戦でいいと思うよ?蓮呀賊は武力派ギャングだからねぇ」


知ってるのか、蓮呀賊。

「ちゃん付けすんなよ、藍くん」と蓮呀はちゃっかり藍くんと呼んでいた。


「サクッと細工してこの階の病室はここだけ使用ってことになったから、万が一襲撃が来ても患者が巻き添えになる確率は低いよ」


なにをやったんだ、と睨めば。

「幸樹くんから許可得た!」と藍さんが爽やかに笑うが、幸樹さんはこの病院の責任者じゃない。

まぁ、巻き添えが出なければ最善策だ。


「本当に巻き添えにならなきゃいいがな」


ベッドの上に寛いでいた蓮呀は足を組んだ。その視線は窓に向けられている。

何か引っ掛かっているような眼差し。


「なんだよ、その顔。なんか引っ掛かっているのか?」


窓に寄り掛かって蓮真君は蓮呀に問う。


「……元殺し屋さん。建物にターゲットが立てこもってたらどうするんだ?」


あたしに顔を向けて蓮呀は訊いた。この中で殺し屋という職業をやっていたのはあたしだけだ。


「乗り込んで首を裂く」

「もしもアンタがよぞらを殺すとしたら、どう殺すよ?狩人は殺し屋から依頼人を守る用心棒なんだっけ?狩人に固められ、さらには関係のない患者がうじゃうじゃしてる」

「…夜に忍び込み患者を避けて狩人を殺してよぞらを殺す」


自分を殺す例え話をされても、よぞらは顔色を変えず話を聞いていた。最近の女の子は気丈な子ばかりなのだろうか?

「べっぴんさんって一直線だねー」と蓮呀は肩を竦めた。


「狩人諸君は?君らならどうするよ?」

「ふむ…。こちらに吸血鬼もいるとなると五人以上仲間を引き連れて襲撃することになるだろう」


 蓮呀は次に狩人である三方に質問する。答えたのは爽乃。

 普通仕事は五人以上で組むことは少ない。依頼人が大金を払っても一人の報酬量が少なくなるからだ。よって仲間割れのリスクが高い。

 だが、今回は誰かに依頼されずとも狩人本人が動く。勿論裏の世界が壊れるのを恐れて依頼する裏現実者がいるらしいが。依頼がなくても動く場合、報酬を取り合う仲間割れのリスクがないため五人以上で組み襲撃してくるはずだ。

こちらに吸血鬼まで味方している以上は。


「表現実者の患者がいる病院ならば、夜に動くことになる。目撃者がいればそれこそ裏現実が晒されることになってしまうからな」

「馬鹿正直に、乗り込むってわけ?」


蓮呀は呆れたように笑い退けた。


「去年の秋、ホテルが爆破されたニュース知ってる?」

「…一部の怪我人がこの病院に運ばれたのよね」

「そうそれ。知ってんの?」


あたしは蓮呀から視線を外し床を見つめる。鼠の仕業だ。


「それは殺し屋の仕業だよ」


藍さんがあたしの代わりに答えた。


「へぇ?殺し屋も派手にやるんだね」

「何が言いたいの。結論を言って」


あたしが急かせば、蓮呀は藍さんに「その殺し屋は誰を狙って爆破をしたのか」と訊く。

あれは確か、たった一人のターゲットを殺すためにまる一階を吹っ飛ばしたはずだ。


「中にはターゲットを殺すためだけに一階を爆破するんだな。建物となると一階に火が回れば脱出が困難になる。爆弾仕掛けるだけなら真昼間にこそこそやって、夜寝静まった頃にボタンをポチっとやって」


どっかぁん、と掌を広げて見せる蓮呀。


「あくまで標的を殺したいだけなら、建物ごとを吹っ飛ばせばいい」


単純過ぎる意見。


「誰が巻き込まれても構いやしない。標的さえ死ねばいいんだから。目的はよぞらを殺すこと。世界がかかっているのならば、病院まるごとぶっ飛ばしても可笑しくないんじゃねーの?」


蓮呀に指を差されたよぞらは、ゴクリと息を飲んだ。


「でかい花火を打ち上げて、力がある奴にテロの仕業かなにかだって公表させればいいんだ。その可能性はないわけじゃねぇだろ。そうゆう対策もするべきだ。攻める方だって真っ正直に突っ込む奴らばかりじゃないだろう?」


 確かに対策をするべきかもしれない。

幸樹さんの職場が吹っ飛ばされても困る。殺し屋ならともかく狩人がそこまでやるとは考えにくいが、狩人の三方は難しい顔をしていた。


「狩人に爆弾使う奴はいないが…」

「いや、一人いるよ。嘘の情報を流して廃墟に呼び出した殺し屋を爆死させる手を使う狩人がね。でも彼は海外だ。今日本にいる可能性はない」

「使い慣れていない手を使うほど馬鹿ではないだろう。吸血鬼がいるとなると嗅ぎ付けられるしな」

「一応吸血鬼が戻ってきたら確認してもらうわ。……いえ、病院では鼻が利かないって言っていたような…」


 神奈と結城の話を聞いてから言ってみたが、病院はアルコール臭と血の臭いがして嗅ぎ分けにくいと以前コクウが言っていた気がする。


「誰か一人、玄関で見張ってもらいましょうか。裏現実者が来ないか……火都は何処?」


 そう言えば火都がいない。

遊太を見ると彼は蓮呀と結城の間をベッドに手をついて飛び越えた。

「あっち」と答えながら窓を開く。

 するとシュパッ!とボウガンの矢が飛んできて、それを遊太は両手で掴んで受け止めた。

見てみれば病院の向かい側にある建物の屋上に火都がいる。


「あそこからだと狙い撃ちされるから、よぞらはベッドかベンチにいるべきだな。窓は危険だからレンも離れとけ」


ボウガンの矢が射てる距離ならば、スナイフルで射撃されかねない。

幸い、角度で部屋の奥には届かないため、窓から離れれば射撃を避けられる。

火都はその確認に行っていたようだ。流石は百発百中を誇る飛び道具使い。


「…ところで、皆さん。皆さんにはあたしを守るメリットがあるんですか?」


よぞらは素朴な疑問を話が途切れたので口を開いて訊いた。


「コスプレ!!」


藍さんは最早コスプレを報酬に参加しているようなものだ。…なにもやっていないようなものなのに。


「藍さんは仲間で家族みたいなものだから。彼だけにやらせられないわ。それによぞらは友達だし」

「…お嬢が家族みたいって言ってくれた!!」


ベッドに座ったまま腹に抱きつく藍さんの頭を叩く。本当は依頼されたからだけどね。


「俺もよぞらが友達だから、友達は助けるもんだ。それに楽しそうだし、もう関わってる。退く気なんてさらさらねぇぜ?」


ニッと蓮呀は笑って見せた。


「ぼくも友達だからって理由だ。蓮も巻き込まれたし、椿も関わっているなら尚更」


蓮呀のベッドに腰を掛けて蓮真君は言う。


「自分は蓮呀に惚れたからだ。負けたんだ、手を出さない」


と結城。

動機がなんとも不純。


「私達は結城と蓮真に便乗といったところかな?爽乃が今回の抹殺に納得していないし、弟を死なせられないしね。私は可愛い女の子を守るため」


神奈がよぞらの手を握り、色気を放つ。

「あはは、離してくれません?」とよぞらはにっこりと笑顔で対応。色気は効果いまいちのようだ。


「既に吸血鬼の捜索はやめたのだ。未だに彼女を狙うのは納得できない───と兎夏殿が言っていたので今回守る側に来た」


すぐに斬りかかる短気な爽乃が、そう思うのは可笑しいと思った。なんだお前は、兎夏さんが好きなのか?

眼鏡の向こうの目は真剣だった。


「おれらは仲間の椿の手伝いさ」


遊太は気さくに笑い退ける。

黒葉の依頼でもあるけどね。

それぞれ理由は様々だが、皆共通してよぞらを守ることを決意している。

少し困ったように笑うと、よぞらは立ち上がり深々と頭を下げた。


「ありがとうございます」






愛されなかった。愛がわからなかった。自分が誰かを愛せるなんて、思えなかった。

愛される資格も愛す資格なんてないと思っていた。

なのに彼女は。

あたしの為に泣いて、抱き締めて、愛されていることを告げた。

愛されてもいいんだと。

 愛のある、場所だった。

愛で温まった場所だった。それが、それが。それが。それが。それを。

 それをあたし自身がぶち壊した。


腹部にナイフが深々と突き刺さる。

腹からナイフが一度引き抜かれたが、もう一度突き刺された。

ぐちゃ、ともう一度刺される。

突き刺したナイフで抉られる。ドクドクと血が流れ落ちて足元に血溜まりができるのを虚ろな眼で視た。

グサッ。グチュ。

ガンッと額に頭突きを喰らった。身体のダメージはそれくらいでは楽にならない。腹部の刺傷は熱く血が流れていくのを感じる。

ぐいっとナイフでまた刺される。

グチャ、グサッ、グリグリ。

腹を掻き回される。

「ゴフッ…う…」口から血が溢れだした。


「紅公!!」


 ビクリと震え上がる。

肩を掴むのは、蠍爆弾。


「…おい大丈夫か?かなり魘されてたぞ」


 乱れた呼吸。滴る嫌な汗。

少し仮眠を取るため貸切状態の階の病室に寝ていたのだ。この部屋にはあたしと蠍爆弾しかいない。

なんて嫌な夢を…。

蓮呀があの爆破事件を口にしたせいだ。腹を抉られた痛みまで思い出してしまった。


「…大丈夫よ」


袖で汗を拭い、息をつく。


「……爆弾使いは嫌い」

「な、なんだよ…その件は片付いたはずだろおい」


苦い顔をする蠍爆弾に冗談よと返して病室を出る。

 廊下のベンチに座るよぞらを見付けた。

足を抱えて携帯電話を耳に当てている姿は、寂しげに見える。


「もしもし、ぞらです。狐月さん……その…………………」


電話の相手は早坂狐月。

歩み寄ると言葉を探すように目を泳がせていたよぞらがあたし達に気付いた。

「また電話します」と言って携帯電話を閉じる。


「電話?」

「はい」

「邪魔したかしら」

「いいえ、留守電にメッセージいれてただけですので」


微笑んで首を振るよぞら。

電話に出ない、のか。


「えっと、隣の方が…爆弾のエキスパートさんですか?」

「マイキーだ、よろしく」

「あれ?そんな名前だったかしら」

「おい!」


名乗って手を差し出す蠍爆弾にとぼけて見せれば、よぞらはクスクスと笑った。

一人でいるなと忠告してから部屋に送ってから、蠍爆弾と一緒に下の階に向かう。

爆破対策として蠍爆弾から爆弾の知識をもらうため呼びつけた。この病院を崩す箇所を予めマークする。


「いつから知ってた?番犬の正体」


階段を降りている最中に、蠍爆弾が口火を切った。あたしは沈黙を返す。


「いいだろ、誰かなんて訊いてねーんだしよ」

「……遊太の弟を捜してる最中に、知っちゃったの」

「なるほど。だから最近素っ気なかったんだな、付き合いが悪かった。罪悪感があったんだろう、悪い悪い」


ポンポン、と蠍爆弾が頭を叩くためあたしは軽く振り払う。

事実なので、否定ができない。


「…なんで一時休戦することにしたの?」

「仲間であるお前さんが死にかけたのが痛かったな」

「裏切り者よ、あたし」

「そりゃあショック受けたが、お前さんにとって庇わなくちゃいけない野郎なんだろう?何食わぬ顔でオレさん達と酒飲んでたら、そりゃ皆怒るがな」


口を滑らせないように自分の言動と蠍爆弾の言動に注意を払う。

あたしが庇うような人物、調べれば容易く見付け出されてしまうな。チクリ屋のナヤには簡単だろう。


「あら、カロライならカンカンでしょう?」

「お前さんが死にかけた時にとうに怒りは吹っ飛んでるさ」


蠍爆弾は苦笑する。


「指輪つけて取り押さえる手筈だったんだが…悪魔退治屋が来ちまうんだもんなぁ。悪魔がすっ飛んで黒の奴が血相変えてたぜ」


目に浮かぶ。

予めあたしに悪魔が憑いていることは黒の集団に話して、行動に移った。そして悪魔退治屋が割り込んだ。

傷付けるつもりはなかった。

皆甘いな。あたしを甘やかしてる。

あたしは溜め息をついた。


「教える気ないから。さっさと標的変えたら?」

「一目見たっていいんじゃんかよ」


一目見たら、アウトだ。


「遊太から聞いたでしょ?黒の集団は病院の外をお願い。殺し屋と狩人が同じ部屋にいるのは互いに嫌でしょ」

「ナタクなら尚更だな」


話を逸らす。

すぐに斬りかかる爽乃がいるので殺し屋一行は外につく。外ならば彼らも動きやすいだろう。

守りに慣れている狩人がよぞらの側につく方がいい。黒の集団は黒の集団で外で動くべきだ。


「あ、そうだ。レネメンにちょっと病室に来てほしいの。外にいる?」

「ああ、周辺を見はってる。なんだ?何の用なんだ?」

「ちょっとマジックでもしてもらおうと思って」

「は?気が沈んでんのか、紅公。なら一杯飲むか」

「あたしじゃないわよ。さっきの娘。気丈に見えたけどやっぱり不安なのよ、暇だろうしマジシャンにもてなしてもらおうと思って」


命を狙われているんだ。

不安でしかたないだろう。

一番側にいてほしい早坂狐月には電話も繋がらない。ただじっとするよりも、レネメンの人を楽しませるマジックを見てれば気が紛れるだろう。

あたしもレネメンに笑わせてもらいたかった。

 一通り、病院を見回したあとレネメンを呼び出す。


「身体は大丈夫か?」

「今は問題ないわ」


顔をあわすなり、気まずそうに問うレネメンにわざとぶっきらぼうに言う。

レネメンは困ったように俯いた。


「その…すまなかった」


申し訳なそうにするレネメンを腕を組んで見る。隣の蠍爆弾が呆れた顔をしていた。

笑いを堪えてそっぽを向く。


「…椿」


掌を向けるとくるりと回すと、一輪の白い花を出した。目を向けるだけ沈黙すると、もう一度くるりと回すと花は鳩に代わり、飛び去る。

流石にそこで笑ってしまう。

レネメンは少し安堵した。


「紅公も意地悪だな。レネメン、紅公は怒ってないぜ。からかっただけだ」

「……おい」


蠍爆弾がいい加減明かす。からかわれたと知り、レネメンは怪訝な顔をする。


「あら、怒ってたわよ?拘束したこと。ほら、行きましょう。今回のターゲットが不安になってるから貴方のマジックで楽しませてあげて」


あたしは笑い退けてレネメンの背中を押して急かした。快くレネメンは引き受けてくれる。




「……」

「……」

「……不安に、なっているのか?」


 あたしと蠍爆弾とレネメンは病室に入るなり、その場に立ち尽くした。

二つあったベッドはくっつけるように部屋の中心に並べられ、その上をぴょんぴょん跳ねて歌っていのは心配していたよぞらに蓮呀と遊太。

ライブをやっているような熱唱ぶり。それを煽るのは、カメラを持った藍さんに白瑠さんと神奈と結城。

よぞらと蓮呀はセーラー服着用。よぞらの音楽プレイヤーから音を出して熱唱中。

貸切状態だが病院でやりたい放題な連中だ。

蓮真君と爽乃は窓際に座り込んで大人しく傍観していた。


「つーお嬢の分もあるよ!」


あたしに気付いてコスプレを着るように言ってきた藍さんの頭を殴る。


「やめなさい。仮にも病院、そして怪我人!」

「悪い悪い、よぞらが噂の歌姫て知ってつい盛り上がっちまってさ」

「すみません…」


 ビシッと蓮呀を指差す。何を悠長に飛び跳ねているんだ。腹に穴開いたら絶対安静だろうが。

どうやら今までよぞらがネットで噂の謎のシンガーソングライターだとは知らなかったらしく、興奮して歌ってもらったら蓮呀と遊太も参戦して歌い始めたようだ。そして病室でミニライブとなったらしい。

反省の色を見せるのはただ一人、よぞら。


「ここが病院だって忘れないで。それといい大人までまじってはしゃいでんじゃないわよ!傍観決めてないで止めなさいよ」

「止めたけど!…聞かなくて」

「返す言葉もない」


 はしゃいだ大人陣を叱り、爽乃と蓮真君にすがめた目を向けて睨む。蓮真君がムッとしたが俯いた。遊太を止められないし、蓮呀は尚更止まりそうにもないか。溜め息をつく。


「日に日に幸樹の妹って感じになってきたよねぇつぅちゃん」

「私もこんな妹が是非ほしい」

「ぐふふ、お叱りツボー」


見せしめに藍さんの眼鏡を叩き割れば、嘆かれ足にすがり付いてきたので結局顔面を蹴ることとなった。


「あー…椿。オレ達は帰るが」


レネメンが遠慮がちに言う。


「ああ、良いの。やってくれないかしら?」

「そうか…騒ぎになるのは止した方がいいんじゃないのか」

「ライブよりましよ」

「誰そのイケメン」


やはり多少無理したようで腹を押さえて蓮呀は腰を下ろす。

スカートを履いているんだから足を組まないでほしい。

「始めて」とあたしはレネメンに告げてベッドに腰掛ける。勘づいた遊太がよぞらをあたしと蓮呀の間に座らせた。

 苦笑してからレネメンはあたし達の前に立つ。袖を捲ると何も仕掛けはないと見せた。

黙ったままやるのは、あたしが怒ったからみたいだ。

掌を見せて、一歩あたし達に近付く。

掌を重ねると、ぱっと花束を出した。


「わぁ!」

「おお、マジシャン?」

「名刺はポケットだ」


よぞらに花束を渡すと、レネメンは蓮呀にポケットを探るよう促す。蓮呀のポケットにはレネメンの名刺があった。

手品に二人は大喜び。


「もっとやってくれよ、レネメン」

「では手伝ってくれ」

「…レネメン」


蓮呀に手を差し出したため、目をすがめると大丈夫だとレネメンは笑い返す。

ベッドに座ったまま手を重ねる蓮呀。それに反応を示すのは結城だった。関係ないけど。


「お?」


蓮呀が目を丸めた。

手を離すとリスが出てきて、蓮呀の頭に飛び乗る。

それを掴まえて手の中に閉じ込めると、リスは消えて大きな布を取り出した。それを拳を作った手の中に入れると、取り出すと布は二回り大きくなる。

それで後ろに立った蠍爆弾を隠した。布を外すと、蠍爆弾の姿は消える。

拍手が巻き起こった。

 その後も頼んだ通りレネメンは手品で楽しませてくれた。

日が沈んだ後は、立てた作戦通り配置についてもらう。

ハウンくんだけはよぞらについてもらい、ラトアさんは黒の集団と共に外で待機。あたしにあまりにも無視されて居たたまれなかったのか、白瑠さんも黒の集団と共に外へ。

吸血鬼の動きを止めるために彼の力は最適だが、仲間割れしないか心配だった。遊太は任せろと笑い退けたが、本当に心配だ。

だからと言って引き留められない。

 病室には那拓三兄弟と結城が守備を固めた。蓮呀は動きやすい服に着替えて窓際のベッドに座っている。戦う気満々だが、ドクターストップ。

藍さんはベンチで防犯カメラを確認していた。

よぞらは隣のベッドで眠っているように見えたが、寝息が聞こえてこないため目を閉じているだけだろう。そのよぞらの足を枕がわりにハウンくんが眠っている。

 こんな大勢で厳戒態勢をするのはなんだか妙な気分だ。

敵対するはずの狩人と共に戦うことには抵抗はないが、可笑しなことになった。


「狩人、向いてるんじゃないか?」


長い長い沈黙のあと、蓮真君が言う。あたしにだ。


「そうかしら…。至極面倒だわ…狩る側の方がずっと楽ね」


こうやって待ち構えるのは、短気なあたしには無理そう。


「殺す殺されるの世界なのに、アンタには守る者はなかったわけ?」


蓮呀が会話に入る。

守る者?

一瞬だけ、由亜さんが浮かんだ。


「…皆強いから、あたしが守られる側よ」

「アンタには、守りたい人はいなかったのかって訊いてんだけど」


棘があるように感じたのは、気のせいだろうか。

「喧嘩腰だぞ、蓮」と蓮真君が注意する。


「誰かの大切な人を殺すんだから、自分の大切な人を死ぬ気で守るもんだと思ったんだけど」

「やめろって」


蓮真君は声を尖らせた。由亜さんの件を知っているから、止めてくれる。本当に優しい子だ。


「守れなかったわ」

「……それは家族か?」

「…家族みたいな人」


答えたあと、暗い病室は静まった。


 バッ!


ハウンくんが飛び起きたとほぼ同時にあたしはナイフを取り出す。

────襲撃だ。


 パリーン!


吸血鬼が一体窓を突き破って入ってきたが、ハウンくんが蹴り飛ばす。

外では花火を上げているような爆音が微かにした。

ガラッと病室の扉が開かれる。

 そこに銃を構えた狩人。

銃声が消された弾丸が飛ぶ。起き上がったよぞらに真っ直ぐ向かったが、蓮呀が押し倒したことで回避。

二発目はあたしが切り落とした。

相手の懐に入り、首にナイフを振り上げる。


「お嬢!」


藍さんの制止の声で、ナイフを握った手で顔を殴った。

危ない。迷わず殺すところだった。


「よぞらを任せたわ」


 振り返り、中を見回す。

無理をしたのか、腹を押さえる蓮呀をよぞらが心配していた。

狩人組はそれぞれ武器を持ち、窓の外を警戒する。

あたしはこの扉の向こうを担当することにしよう。

 こんなにもあっさり病院内に入られるとは。

廊下に出れば、三人の狩人。

吸血鬼なら快く首を跳ねてる。自分も外で吸血鬼の相手をするべきだったと後悔した。

殺しにかかる狩人を、どう殺さず倒すべきかしら。


「通さないわよ」

「…退かすまでだ」


銃を持つのはナース姿の女。

ニヤリ、口元を吊り上げるのは短剣を二つ柄をくっつけたような武器を持つ男。

もう一人、武器を持っているように見えない男。

うっかり殺さないようにしたいが、手加減してはあたしが負けるかもしれない。とりあえず力量を測るか。

片手に短剣、もう片手にはナイフ。

先ずは厄介な銃を壊しに向かう。

銃を切り裂き、女の腹に蹴りを入れて壁に叩き付ける。

突っ立っている男にナイフを放ち、あいた手で柄を掴んで動きを止めた。なんだ、全然弱いじゃん。

気絶させて終わりだ。

そう油断した。


「今だ!!」

「!?」


合図でナイフを避けた男が、仲間の狩人ごとあたしに水らしき液体をかける。

硫酸かと思い腕で防いだが、違った。無臭で、ただの水。

 だが、身体から力が抜けてあたしは敵の目の前で膝をついた。

容赦なくあたしは蹴り飛ばされ、病室の扉に叩き付けられる。

なんだ?これ?

背中と脇腹の痛みを感じつつ、自分の身体の痺れに混乱した。毒かなにかと推測したが、同じくかけられたにやけ顔の男はピンピンしている。


「てめえが悪魔憑きだって情報はきてんだよ!」

「っ!」

「悪魔ごと死ね!!」


あの男は狩人ではなく悪魔退治屋だったのか!油断した!

痺れた身体では振り下ろされそう刃が、避けられない。


 ビュッ!


何かが飛んできた。それに気付いて狩人が切り裂く。

破裂音のあとにはまた液体が振りかかった。途端に痺れが消える。

 それに驚いている暇はない。

あたしは狩人の足を蹴り飛ばして、床に倒れた彼の腕に短剣を突き刺す。

悪魔退治屋も倒れたのを見て目を向ければ、今度こそ驚いてしまう。


「チッ!裏切りやがって!…全員爆破してやる!!」

「なっ!」


もう片手に狩人は何かスイッチらしき物を手にしていた。

爆破────蓮呀が予想した通りだ。建物ごと吹っ飛ばすつもりか。

阻止しようと手を伸ばしたが、遅かった。


 ────カチッ。





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