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休戦宣言



「椿。生きてる?」


 酷い気分で目を覚ます。

視界に捉えたのは、白瑠さんだった。


「ぶーちゃんはつぅちゃんの中」


 コンクリートに転がっていたあたしは起き上がり、ヴァッサーゴを探す。直ぐにヴァッサーゴがあたしの中に戻ったことを白瑠さんは教える。

辺りは頭蓋破壊屋が暴れた形跡があった。コンクリートには数ヶ所クレーターが出来ていて、悪魔退治屋は頭を失って転がっている。

白瑠さんは完全復活したようだ。


「…なに? 椿を殺す気なら全員まとめて殺すけど」


 その悪魔退治屋の傍らに立つ黒の集団に白瑠さんは殺気立つ。

視線は真っ直ぐにコクウに向けられている。

コクウと目が合う。

あたしを心配する目。どうやらコクウの差し金ではないらしい。

 二人が殺しあう前に立ち上がると、心臓に痛みが走った。


「うっ!」

「椿!」


 よろけたあたしを白瑠さんは受け止める。まだ完全に心臓を治癒していないようだ。

一人で歩けないと判断した白瑠さんはあたしを抱え上げた。

痛む胸を押さえながら、コクウ達に目を向ける。

誰も追おうとしない。顔を歪ませて仲間を心配している目をしている。

裏切り者なのに、あたしの心配?

コクウはあたしに一歩踏み出したが、それ以上近付こうとはしなかった。

意識が遠ざかって、あたしはまた気を失う。


「……ごめん……椿……」


 コクウがそう呟いた気がした。







 次に目が覚めたら、病室のベッドに横たわっていた。


「嫌がらせか」

「違うけど」


 思わず口に出したら、返答があって驚く。

顔を向けるとミカンを食べている蓮呀。


「食べる?」

「……ありがとう」


 スッと蓮呀が差し出したから、受け取る。朝から食べてなかったから。


「アンタ、昨日からずっと目覚まさないから起きないんじゃないかって心配してたんだぜ」

「え? 昨日?」

「昨日」


 起き上がると蓮呀の個室で、その個室にベッドをもう一つ運んで並べたらしい。壁にあるソファに白瑠さんが横たわって眠っていた。

昨日?

蓮呀の言葉を聞き返せばコクりと頷かれた。

え、じゃあつまり、このミカンは二日ぶりの食事なのか……?

そんなに長く寝たつもりはないが、嘘をつくはずもないので事実と受け止める。


「心臓病?」

「え……?」

「笹野ドクターが熱心に聴診器を胸に当ててたから、心臓が悪いのかなって」

「……えぇ」


 鋭い観察力での推測だ。

嘘をついても仕方ないので、頷いておく。事実だもの。

ミカンを食べると熟していて、甘さが口の中に広がった。


「よぞらも蓮真も心配してたぜ。あ、そこの白いおにーさんも」


 よぞらはどうしているんだ?

ハウンとラトアさんがついているのだろうか?


「……よぞらは帰ったの?」

「アンタの兄貴が特別許可して泊まらせてたよ、この病室に。今はちっこい子を連れ回してるよ」


 幸樹さんがそうゆう策に出たらしい。

そうすればあたしに付きっきりの白瑠さんも、よぞらを守れる。

ハウン君もちゃんとよぞらのそばにいてくれているし、その件なら問題なさそう。

 でも黒の集団への対策はどうなっているんだ?

彼らは仕掛けてこなかったのか?


「なに、どうかした? べっぴんさん」


 怪訝にしかめていたら、隣のベッドの蓮呀がまたミカンを投げてきた。


「……ねぇ、どうして貴女は蓮真君を蓮真と呼ぶの?」


 せっかく二人なので、訊いてみる。

蓮真君との関係性。


「ん? 聞いてない? 俺はたまたま蓮真の本名を知っちゃったから、それからずっと蓮真って呼んでるんだ」


 ミカンを剥きながら平然と蓮呀は答えた。

蓮真が本名だと知っていて呼んでいる。

たまたま? 表の人間に、うっかり知られるなんてヘマを彼はしたのか?


「べっぴんさんも、裏側の人なんだぁ。殺し屋だもんね」


 口を開けて、その中にミカンを放り投げる蓮呀。

名前を二つ使い分けていることを知られて、裏側のことを蓮真君は話さずにいられなくなったのだろうか。蓮真は裏側の人間だと明かした。

その裏側は多分、"裏社会"と蓮呀は解釈しているだろう。よぞらも。

 そして昨日の狩人との会話を聞いて、あたしが元殺し屋だと知った。

吸血鬼を知ったよぞらもそうだが、なんでこうも平然としているんだろう。


「あっ! 椿!」


 ガラッと病室に話の種の蓮真君が、起きているあたしを見るなり声を上げた。


「椿! どうゆうことなんだよ! 蓮は狩人と戦ったって言うし、その狩人の狙いはよぞらって言うし、アンタは倒れるし!! どうしたんだ!?」


 問い詰める蓮真君を、あたしは殺気立って睨み付ける。彼は震え上がった。


「……な、なんだよ……?」


 ペラペラと……。

表現実者の前で。それでも君は狩人の弟?

狩人と戦ったのも狙われたのも、蓮呀から聞いたのだろう。


「……遊太から聞いてないの?」

「? 一昨日から帰ってきてないけど……遊太兄貴となにかあったのか?」

「じゃあ爽乃は?」

「爽乃兄貴は松平さんとこだけど」


 蓮真君は完全に茅の外。

兄から何一つ、聞いていないようだ。黒の集団の敵に回ったことも、よぞらが裏現実を脅かせていて狩人や吸血鬼に命に狙われていることも知らない。


「なんだよ…?」


 返事がないことに蓮真君は膨れっ面をして、あたしに顔を近付ける。

鼻が触れるほど顔を近づけるのは、彼の癖だ。

 友達が狩人と戦って入院までしたのに、隠しきれないだろう。蓮真君は聞き出すまで問い詰めるだろうな。


「夫婦で隠し事はよくないぜ」


 淡々とミカンを口の中にいれながら、蓮呀は言う。

夫婦?


「だから違うっつーの! プロポーズは……! あれは……! ……っ違うんだ!」


 言い訳ができずに頭を抱える蓮真君。何度も違うと言い聞かせたが、蓮呀は聞いていないようだ。

不機嫌そうにミカンを食べている。

弟を可愛がる兄達が、あたしにしたプロポーズをネタにからかって、蓮呀に話してからその調子みたいだ。

 なるほど。あたしが蓮真君のプロポーズ相手だと知った時、睨み付けてきたのは嫉妬か。


「照れんなよ、好きなんだろ」

「そんなんじゃない! 椿は友達だ! なぁ!?」

「えぇ、友達よ」

「へーぇえ」


 全然納得した様子を見せない蓮呀に、蓮真君は苦い顔をする。

頼むどうかしてくれ、と蓮真君があたしに視線を送った。あたしは気づかないフリしてそっぽを向く。

あたしと蓮呀にそっぽを向かれて、蓮真君は右往左往した。

フン、女の扱いの難しさを思い知れ。


「そーだよ! レンレンはつーちゃんの友達だよ!!」


 ガバッといきなり、白瑠さんが起き上がって話に入ってきた。


「ぷはっ、今のキョンシーみてぇ」


 白瑠さんの飛び起き上がった様子を見て、蓮呀は指差して笑う。

「キョンシー?」と聞き覚えのない単語に、蓮真君は首を傾げた。


「中国のオバケ……というか、妖怪よ」

「こうですよね! ぴょんぴょーんって!」


 唐突に現れたよぞらがキョンシーの真似をしてみせる。両手を伸ばし、両足でぴょんぴょんと跳ねていた。その後ろで真似をしているハウン君。うわ、二人とも可愛いな。


「吸血鬼みたいで、噛まれた人もキョンシーになるんだけど額にお札貼って従順になるんだよ! 昔の映画で観て以来だな、ぴょんぴょーん!」

「ぴょんぴょーん!」


 無邪気に笑いながらキョンシーの真似を続けるよぞらに続いて、白瑠さんまで病室の中で跳ねた。

この人がやっても痛い大人にしか見えないな…。


「あ、白瑠さん。おはようございます」

「おっはよぉーそらちゃあん!」


 ぱっちーん、と白瑠さんとよぞらはハイタッチした。

頭蓋破壊屋相手にハイタッチしたよあの子。あの掌で人間の頭を粉砕してること知らないんだな……。

蓮真君なんて、ポカーンとしてる。


「椿さん、大丈夫ですか?」


 バッと慌てたようにあたしに詰め寄るよぞらに、あたしは頷く。


「つばき」


 ハウン君がベッドに飛び込んであたしの腹に抱きついた。

それを見て衝撃を受けた様子のよぞら。


「ハウンくんが喋った……!!」


 初めてハウン君が目の前で喋ったらしい。滅多に喋らないからな、この子。


「ひゃー俺が抱きつきたいのにぃ!」


 白瑠さんはベリッと引き剥がして、あたしに抱きつこうとしたがあたしは蓮真君を盾にする。

白瑠さんはギョッとする。蓮真君も戸惑っていて視線で問う。


「つ」


 白瑠さんは蓮真君を避けてあたしに触れようとしたが、蓮真君でガード。


「ば」


 右から来ようとしたが、それも防ぐ。


「き」


 左からもガード。

それで漸くあたしが怒っていることに気付いたらしく、「ガァアアアン!」と大袈裟にショックを受ける。

口をあんぐり開けたまま、わなわなと震えた。

 よぞらは気まずそうに笑みを引きつらせて、あたしと白瑠さんを交互に見ている。


「なに? 喧嘩?」


 蓮呀は直球で疑問をぶつけた。


「ええ。口聞くつもりもないわ」


 認めて白瑠さんに口を聞かないと宣言する。

彼はまたもやショックを受けて身を震わせた。ピシャーン!という雷が落ちた効果音が聴こえた気がする。


「だからといってぼくを盾にするなよ」

「大した盾じゃないけどな、ひょろいもん」

「なっ……。お前なんでそんな突っ掛かるんだよ! 最近!」


 蓮真君があたしに文句を言うと、横から蓮呀が笑った。ひょろいと言われて怒る蓮真君。


「白いおにーさん、お酒買ってくれたらべっぴんさんとの仲を取り持ってあげるけど?」

「え? ほんとっ?」


 怒る蓮真君をスルーして、蓮呀はお酒を要求。白瑠さんはパッと目を輝かせて食い付いた。その顔に枕を投げ付ける。


「だめよ、蓮呀。治る傷が治らないわよ」


 未成年云々の前に、内臓が傷付いたんだから酒は毒だ。


「そうですよ。安静にしていてください」


 幸樹さんがラトアさんと一緒に入室する。担当医を見るなり、蓮呀は唇を尖らせた。


「具合はどうですか? 椿」

「眠ったらよくなりました」


 幸樹さんに答えるとラトアさんが、クイッと顎を動かして外に出るよう合図する。

ベッドから降りようとしたら。


「皆揃ったところだし、そろそろ説明してもらおうか」


 蓮呀が引き止めた。

振り返れば、いわくありげな笑みを浮かべている。


「え?」

「よぞらが狙われてる理由と、アンタらが守る理由」


 人差し指であたしとラトアさんと幸樹さんと白瑠さんとハウンくんを順番に指差した。

関係者が揃ったところで、説明を求めたのだ。

どうやらよぞら本人が狙われていると話したらしく、蓮呀のベッドに乗り込む。

すると蓮真君まで蓮呀のベッドに座り、腕を組んでふんぞり返った。

二人とも蓮呀と同じ意見だということ。

 よぞらはともかく、蓮真君がそっちにつくのは可笑しいだろう。後ろにいるのは表現実者だろうが。

睨んでいたらハウンくんが、もぞもぞとあたしのベッドに乗り込んであたしの背中に回る。抱きついてきたのでじゃれているのかと思いきや、あたしの髪に顔を埋めて冷たい息を吹きかけきた。


「?」


 ハウンくんとは逆の方に首を傾げたら、待ってましたと言わんばかりにペロリと濡れた舌をあたしの首筋に這わせる。そして間入れずに牙を突き刺した。


「っ!?」


 チクリと痛みが走る。

ごくんっ、とハウンくんがあたしの血を飲み込む音が聴こえた。


「なにをやっている!」


 ラトアさんがいち早く気付いてハウンくんを引き剥がす。ぷらーんと首根っこ掴まれて上げられているハウンの口元は、あたしの血で真っ赤だ。


「ハウンくんが噛んだ!」

「ハウンくん吸血鬼だったの!?」

「なに? 吸血鬼?」


 女子が順番に声を上げる。

よぞらは知らずに一緒にいたのか……。

くそう、吸血鬼に噛まれたのは二度目だぞ! 二度目! ハウンくんのばか!

視界に入った蓮真君は顔を押さえていた。なによその反応は。


「え? マジモンのヴァンパイア? じゃあ蓮真が言ってた、裏側の秘密ってヴァンパイアか! こいこいちっこいの」


 蓮呀は身を乗り出して、好奇に満ちた目を輝かせてハウンくんを手招きした。蓮呀の反応に顔をしかめたラトアさんは、ハウンくんを放す。

 表現実者に裏社会ではなく、裏現実の存在を話したわけ?

あたしはまた蓮真君を睨み付けた。今度は罰の悪そうな顔をしている。


「コイツオレの目の前で転けてさぁ、バッドケースから刀を」

「うわあああ! やめろ! やめろ!」


 蓮呀があたしの疑問に答えようと蓮真君を指差しながら笑ったが、言い終わる前に蓮真君は悲鳴を上げて蓮呀の口を押さえた。勢い誤り蓮真君が怪我人を押し倒す。

目の前にいるよぞらがギョッとする。


「彼女は怪我人ですよ、押し倒さないでください」


 あたしの首筋を診る幸樹さんが声を尖らせてた。ここは笑うところじゃなく、医者として怒るんだ。

「いや、ちがっ……!」と真っ赤になって蓮呀から離れる蓮真君。


「真っ赤だな。ウブ君」

「っ!!」


 起き上がった蓮呀は追いうちで、ニヤニヤと蓮真君の耳に息を吹きかける。蓮真君は震え上がりベッドから降りて離れた。

その蓮真君と入れ違いにハウンくんが蓮呀のベッドに乗り込んだ。


「俺を噛むなよ? 噛んだら噛み返すからな。あーん。おぉ、牙だすげ」

「おい……見た目と違ってお前より遥か歳上だぞ」


 蓮呀はハウンくんの頬を掴んで口を開けさせた。言われた通り口を開けて牙を見せるハウンくん。

蓮真君は忠告した。

 するとハウンくんが蓮呀の手に噛みつく。そしたら宣言通り、蓮呀はかぷりっとハウンくんの頬に噛みついた。


「なにやんてんだよ!」


 蓮真君は肩を震わせて声を上げる。


「甘噛みだけど」

「そうゆう問題じゃねぇから! 男だ! 見た目は子どもでも年上だっつっの!」

「なんだよ、妬いてんの? 噛み付いてやろうか?」

「――――!!」


 ニヤニヤとからかう蓮呀に、蓮真君が声にならない悲鳴を上げて頭を抱えた。彼は兄達にからかわれる様をみたことがあるが、ここまで取り乱すのは初めて見る。

面白いを通り越して呆然としてしまう。

 これが通常なのか、この二人の。

よぞらを見てみたら、笑っていた。間に挟まっているハウンくんとはいうと、じっと蓮呀を見つめている。

そのハウンくんをラトアさんが掴まえて扉に向かう。


「まったく。喉が渇いているなら飲め! 仲間の血を飲むな!」

「献血を盗まないでくださいよ」

「盗まん! ……話すなりなんなりしろ」


 ラトアさんはハウンくんに文句をぶつくさ言った。幸樹さんの冗談に怒声を返すと、蓮呀を一瞥してから部屋を出ていく。

どうやら蓮呀に苦手意識をもったらしい。


「さぁて、話してもらおうか?」


 蓮呀はニヒルな笑みを浮かべて急かした。

あたしは幸樹さんに目を向ける。

お兄ちゃんはしょうがないと笑って肩を竦めた。

 え? 話すの? 話しちゃうの?

幸樹さんに一点に視線をぶつけるも、話しなさいと微笑みを返されてしまう。

あたしの視界に入りたくて、白瑠さんが幸樹さんの後ろをチョロチョロしていたがガン無視。

あたしは溜め息をついて、仕方なく蓮呀に答える役をすることにした。


「見ての通り、さっき出ていった二人は吸血鬼と呼ばれる存在。その存在を隠す裏側の世界が在る。その世界は裏社会とは別物の、貴女達の知る世界の裏側の世界」


 誤魔化しなんて彼女に通用しない。

表現実者であるよぞらと蓮呀に、まず裏側の世界の存在を話す。

 そこであたしは一旦口を閉じた。

病室に近付く騒がしい足音に気付いたからだ。目をやれば、ガラッと扉が開かれた。

 そこにいたのは五人の青年や少年。手にはお見舞い品らしきビニール袋。

あたし達の視線に彼らは入るのを躊躇してその場に固まった。


「空気読めっ!! 出直せ!!」


 いきなり蓮呀の怒号が飛んで驚く。よぞらと白瑠さんは震え上がって目を見開いた。すぐ横にいた蓮真君は耳を塞いだ。


「すんませんでしたボス!!!」


 ザッと彼らは頭を下げて、扉を閉めてパタパタと去っていく。

 ボス……。本当に蓮呀はギャングのボスだったのか。

青年達は赤いバンダナを所持していた。彼女が率いるギャングのメンバーだろう。

蓮呀を見舞いに来たというのに追い返した様で、彼女がどんなボスか一目瞭然。

彼女の怒号で空気がビリビリと震えた。

 あの次期大統領と囁かれる女政治家が自然と脳裏に浮かぶ。

十中八九、蓮呀とミリーシャは属性が同じだ。


「…………」


 白瑠さんは、何故か意味ありげにあたしと蓮呀を交互に見る。


「おい、そんな怒鳴ることないだろう。お前の見舞いにきてやったのに」

「話の邪魔じゃん。空気を読まないアイツらが悪い」


 蓮真君が呆れて言えば、蓮呀はサラリと返す。

 そのやりとりを見ていると目を見開いた蓮呀があたしを振り返った。

あたしの顔と首を見る。

一瞬ハウン君の噛み跡が治ったことに気付かれたのかと思ったが違った。


「アンタ、山本椿か」


 指を差して蓮呀はあたしの正体を口にする。


「はっはーん。なるほど、首を掻き切ったのは被害者のフリになるためか。騙されたね。アンタはラチられどっかで殺された哀れな被害者かと思ってたぜ。警察に捕まった犯人は偽者か」


 蓮呀はニヒルの笑みを浮かべて、幸樹さんと白瑠さんを一瞥して指先を向けた。


「ラチられたのはこの病院。関係者のドクターが手を貸して白いにーちゃんが被害者のようにラチしたってわけか。――――アンタ、正真正銘の人殺しかよ」


 彼女の瞳に怒りと嫌悪が滲み出る。その視線の先には、幸樹さん。


「傑作! 意図的に患者を殺したこと、あるのか? 人殺し先生」

「医者は患者を救うのよ、蓮華(、、)

「……個人情報をペラペラと……人殺し兄妹はさぞ仲良しなんだなぁ?」


 一点に向けられる蓮呀の眼差しをあたしに向けさせる。

あたしと蓮呀は睨み合うように見つめあった。

 空気は重くギスギスと軋乱す。蓮呀の威圧感に対抗して殺気だっている最中、傍観者達は息を殺した。


 ガッラーン!


「お嬢! おはよう!! 目覚めないから王子様のキスで起こそうかと思ってたよ!!」

「空気読みなさいロリコンっ!!」


 空気なんて読まずに、扉を入るなり飛び込んだロリコン眼鏡に枕をぶん投げる。

近距離だったため、顔面直撃。眼鏡は割れた。


「ひ、酷い……お見舞いに来たのに……」

「状況を理解なさい」


 眼鏡を外してしょぼくれたままあたしのベッドに這い上がる藍さん。相変わらず無駄にイケメン顔だ。

幸樹さんに溜め息をつけられ、藍さんはきょとんとして周りを見回した。

 幸樹さん、白瑠さん、よぞら、蓮真君と目を向けて蓮呀で止まる。

数秒蓮呀を見ていたかと思えば、あたしを見てまた蓮呀を見た。

そしてまたあたしを見る。


「あれ? お嬢はこっちだよね?」


 確認する藍さんのイケメン顔にチョップを落とした。

見比べるほど似ているわけではないだろうが。雰囲気だろ、似ているのは。

 とぼけたフリして嫌なとこを突く人だ。腹立たしい。


「おにーさん、誰?」

「おにーさんは藍くんって言います。お嬢さんのお名前は?」


 首を傾げる蓮呀。初対面らしい。

髪を下ろしている蓮呀を少女と認識、つまり少女趣味の対象と捉えて無駄に爽やかな笑顔で紳士のように手を差し出す藍さん。

蓮呀はその藍さんの手を掴んで握手した。


「俺、蓮呀」

「まさかの俺っ娘!? ツボ! セーラー服を着てください!!」

「断る。」

「いてててててっ!!」


 少女であればどんなタイプでもいい藍さんは、目を輝かせて蓮呀の手を握り締める。

話の腰を折られたからなのか、それともセーラー服要求のせいか、蓮呀は藍さんの腕を捻り上げた。


「ん、なんだ……アンタは弱いのか」

「僕非戦闘員だからっ!!」

「そうだよ、蓮呀さん! 藍くんはひ弱だから放してあげて!?」

「ありがとう! ……ってあれ!? ひ弱って酷くない!?」


 呟いた蓮呀。どうやら警戒していただけらしい。よぞらからも聞いて、ぱっと藍さんを解放した。


「ひ弱だね、どうみても」

「ひどっ!! ……でも笑顔がキレイだね! ツボ! ぐふふ」


 蓮呀は笑いながらポンポンと藍さんの頭を叩く。その可愛げある笑みに、藍さんは鼻の下を伸ばす。

蓮呀はやっぱり交友的だ。誰でも仲良くなれるタイプ。


「話、戻してくんね?」


 蓮真君が肩を竦めて話を戻すよう促した。あたしは重い溜め息を吐き捨てる。「あたしのチョーカーは?」と探すと白瑠さんがポケットから出して進んで差し出した。それを無言で受け取りつける。

チリン、と取り付けた鈴が鳴った。


「裏側の世界の秘密なのよ、吸血鬼は。彼らは裏側の世界に生きる住人。表側に存在が知られたら吸血鬼達は危険と見なされ絶滅されかねない。舞中よぞらは危うく彼らの存在を多くの人間に教えるところだった。だから吸血鬼にも裏側の狩人という職人にも、彼女は狙われることになったの。裏側の秘密を暴かれれば、裏と表の境目があやふやになる……狩人は世界の崩壊をやらかそうとしたよぞらをブラックリストに載せたのよ」


 狩人というワードは知られているので、それだけを話す。

取り消しをして予測だが吸血鬼の襲撃は阻止した。だが狩人はブラックリストから消そうとしていない。これからも狙ってくる。

 蓮真君は驚愕してよぞらを見る。蓮呀もよぞらを一瞥したが、改めてあたしを向き直った。


「よぞらが命を狙われる理由はわかったけど、アンタらが守る理由はなんだ?」


 これを話すのは、問題がある。

よぞらを守れと依頼された。だがその事実をクライアントである早坂狐月は伏せることを希望している。

見張られているわけではないが、話すと何か厄介になりそうだと予感する。

何か複雑な事情がありそうだ。それを阻むようなことをしてはならないから、事実は話さない。

 でも納得するか?

蓮呀に嘘は通用しない。

すると藍さんが立ち上がった。


「僕が守りたいと思ったからつーお嬢達を巻き込んだ! こんなか弱くて可愛い少女が殺されるなんてっ……! 僕には堪えられない!! だからっ!! 僕らがよぞらちゃんを守るんだ!!」


 ガッと拳を作り真顔で熱弁するロリコン。

少女に関して真顔を貫く器用な人。強ちそれは嘘じゃないが、彼女達にはそれが理由だと思うだろう。


「そうでしたか。それはそれは……ありがとうございます。藍さんに、皆さん」


 よぞらは微笑むとベッドの上で正座をして深々と頭を下げた。


「お礼なんて……コスプレでいいんだよ、よぞらちゃん!」


 欲丸出しかよアンタは。


「オレもしてやるよ」

「え、嘘! まじ!? 喜んで!!」


よ ぞらが頷くと蓮呀まで言い出す。思いもしなかった幸運が舞い降りて目を輝かせる藍さん。

この二人はコスプレに抵抗ないのか。あたしも慣れた方だが…………あの変態丸出しの面を出されても大丈夫なのだろうか?

散々あたしから愚痴を聞いていた蓮真君は頬をヒクつらせた。


「疑問は解消しましたね? それでは今後のことを話しましょうか」


 幸樹さんがあたしと蓮呀のベッドの間に立って話を続ける。


「裏側の相手は私達が引き受けるので、指示に従ってもらえますか?よぞらさん」

「おいおい、聞き捨てなんねーな。まるで俺は茅の外じゃねーか」

「君は戦えるような身体ではないでしょう?」

「で? 俺と蓮真とよぞらを、病室に閉じ込めて守るのか?」


 戦う気満々だったみたいだが、蓮呀は負傷者だ。医者としても幸樹さんは認めない。


「幸い吸血鬼の味方もついています。昼なら休息できますし、夜襲撃なら追い返せますので。表沙汰になるような派手なことをする狩人はいませんから、これで十分なんですよ」


 幸樹さんは簡単に言うが、納得いかないあたしは眉間にシワを寄せる。

それはリスクが高い。

万が一幸樹さんが戦闘している場面を病院関係者に見られたら表の立場が危うくなる。

守るなら別の場所がいい。廃墟だとか。

 あたしは後ろを振り返った。

「あたしのコートは?」とあたしはベッドから降りる。

窓を向く。外に吸血鬼の気配。

ラトアさんとハウン君は食事にいったはずだ。二人じゃない。

あたしは白瑠さんを一瞥した。


「表沙汰にしても構わない連中が来ましたよ」


 コートを投げ渡した幸樹さんに答えて、カルドを取り出す。

ぞろぞろと歩み寄る足音。

襲撃に備えてベッドに足をかけた。


  ガラッ。


扉が開かれれば、そこには男が数人。


「見舞いに来ただけだぜ、椿」


 先頭にいた蓮真の兄・怪盗の遊太が、親しそうに笑みを向けた。

その後ろには時代錯誤しそうな袴姿の遊太の兄・狩人の爽乃。隣には蓮呀にやられた顎が青く腫れた弓使い。その隣には狩人の火都。予想外のメンバーだ。

 怪盗が狩人を引き連れてきた。


「ひっでーな。遊太も爽乃も、俺の見舞いはしてくんねーの?」


 警戒体制をしていると言うのに、後ろから蓮呀の緊張感のない声が聴こえてきた。

今度は蓮呀が空気を読まないのか。


「あ、蓮ちゃん。勿論、見舞いに来たってー」

「抜かりはない」

「私は君の見舞いに来たよ?」

「神奈、くれくれ」


 ひょっこり、顔を出したのは爽乃の兄・狩人の神奈。清楚な服装をしているが、手の早い女たらしだ。

蓮真君が最も苦手としている兄。

くれ、と言うのは神奈が持つ高そうな果物の品だ。

 病室に入った神奈にカルドの先を突き付ける。


「椿。君の分もある」


 無駄に色気を放って微笑みながら神奈は、背中に隠していた花束をあたしに差し出した。

そうゆう意味じゃねーよ。

……あたしも果物がいい。花より果物。


「椿、下ろせよ。おれらは味方だぜ?」


 神奈を押し退けるように遊太は前に出て笑いかけた。

背後から吸血鬼――――コクウの気配に気付いてコートから投擲ナイフを取り出して投げ付ける。

 窓から入ってきたコクウはそれを簡単に受け止めた。


「番犬は保留にすることにしたんだ。仲間の命と黒葉のお願いを優先する」

「…………あら、あたしは裏切り者でしょう?」

「皆、椿が好きなんだ。椿のこと、理解しているつもりだぜ」

「…………」


 気を張り前後の敵と向き合ってコクウを横目で見る。休戦宣言。

あたしは白瑠さんを刹那だけ見る。いつでも戦闘できるようにコクウに向いていた。

幸樹さんはコクウの言葉を信用したのか、武器をしまう。


「…………」


 コクウが初めて蓮呀と目を合わせて、少し観察するように見るとあたしに視線を戻して微笑んだ。


「番犬の居場所を探るため、じゃなくて? 黒の集団の存在意義は、番犬でしょう」

「保留にするんだって。椿達が黙っていれば、いいだけだろう?」


 目を細めてコクウの真意を探る。

あくまで保留。

篠塚さんの情報を与えかねないのに、共同線を張ってもいいのだろうか?

藍さんと幸樹さんに意見を求めるように視線を送る。

大丈夫だよ、と藍さんは笑みを返す。

篠塚さんの情報が漏れない自信があるようだ。番犬の居場所を知らせるような証拠はない。確かに口に出さなければ、篠塚さんだとバレないだろう。


  パチン。


手を叩いて注目を集めたのは、蓮呀だった。


「じゃあ野郎共。今後のプランを立てようか?」


 ニッ、と蓮呀は楽しげに笑う。







いつもメールに書いてから乗せていますが、一通10000文字がいつの間にか200通超えました!

うわぁすごく書いたなぁとしみじみ。

ここまで書けたのも読者様のおかげでございます!ありがとうございます!!

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