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血塗れの花


泥の中で咲き誇る花が

赤く散っていく

それでも笑う

それでも笑う

最後まで楽しみ尽くすかのように

挑み戦い逃げない





 心配をしていた舞中よぞらは、吸血鬼とその子孫と楽しくトランプゲームしていた。


「あ、お二人もやりますか?」

「……えぇ」


 はしゃいだ笑みで誘われたので、あたしは隣に座る。放心状態になるか怯えるかコクウ達にいじられるかのどれかになってると思ったのに、彼女は軽々と推測出来ないことを仕出かす。


「何を話したの?」

「俺が吸血鬼で黒葉は俺の弟の玄孫だって話した」


 コクウに訊く。それだけ話したのか。


「玄孫? ……まるで双子みたいにそっくりですね……」


コクウが二人いたからポカーンとして幸樹さんは、漸く動いてよぞらの後ろにあるソファーに座る。

意味深にコクウと黒葉を交互に見た。


「じろじろ見んなよ……いて!」

「でしょう?」


 睨み付ける黒葉の頭をコクウが叩いてにこやかに笑う。


「んだよ! くそじじぃ!」

「この見た目で言う? お前と変わらないじゃん」

「年齢はじじぃだろうが!」

「……貴方達って仲良くないのね」

「え? 仲良しだよ」

「何処がだよ!」


 笑うコクウと怒鳴る黒葉。

双子の兄と弟みたいに、黒葉はコクウにいじり回されているみたいだ。

玄孫でもコクウをいじるなんてことはないだろう。

コクウは人をおちょくる側だ。


「黒。少し話しましょう」


 幸樹さんが立ち上がる。


「よぞらさん。私の妹と仲良くしていてくださいね」

「あ、はいっ」


 よぞらに微笑んでから幸樹さんはコクウを連れて外に行った。

三人でトランプゲームしよう。

あたしがトランプをかき集めると、黒葉に足で小突かれた。


「また蹴られたいの?」


 あたしは低い声を出して睨み付ける。


「あ? 次は俺が叩き潰してやるよ」

「ふん、泣かせてあげましょうか?」


 黒葉は反抗的に対抗してきた。

泣かせて……口にしまった言葉に墓穴を掘る。白瑠さんの涙を思い出してしまうから、頭の隅に追いやった。


「あ、あの、ここで暴れないでください……」


 戸惑いがちによぞらがあたしと黒葉の間に入る。


「あとナイフを出すのはだめですし、壊すのもだめですから。ねっ?」


 上目遣いであたしに頼むよぞら。

そんなよぞらが無防備に背中を晒すから、黒葉は容赦なく抱き付いた。明らかによぞらの顔色が変わる。


「触んな!!」


 ガッとよぞらのアッパーが、黒葉の顎に決まり、暴れるなと言った矢先に本人が暴れた。


「いい加減にしてよね、黒葉!」

「照れちゃって可愛い」

「出てってくれない?」

「俺帰ったら、コクウも帰っちまうぜ?」

「うっ……」


 怒りながら黒葉から距離をとる。追い出そうともせっかく会えた吸血鬼を人質にされてよぞらは顔をしかめた。

ニヤニヤと黒葉はよぞらに近付こうとするから、あたしは腕を出して遮る。


「吸血鬼の話だけど」

「あ、はい」

「何故捜そうとしたの?」


 ことの発端を訊いた。


「吸血鬼は魅惑的で素敵でしょう? そんな存在がいるなら会ってみたいと思ったんです。見付けたら、世界が変わるでしょう?」


 よぞらはぱぁっと目を輝かせて無邪気な笑みを溢す。

未知なものを見付けだせば、みる世界が変わっていく。

あたしが白瑠さんに吸血鬼の存在を明かされた時みたいに、ワクワクとした気分になっているんだろう。

また白瑠さんのことを思い出してしまい、眉間にシワを作る。

それが自分の発言のせいかと思い、よぞらは不安げに首を傾げた。


「あの……」

「ああ、ごめんなさい。なんでもないわ」


 あたしは首を振って、トランプを揃える。


「さて、じゃあ一抜けした者がビリの人に命令できるってルールにしましょう」

「よっしゃ!」

「えぇ!?」


 ゲーム内容を決めると俄然燃えてやる気を出す黒葉。ギョッとするよぞらは黒葉が自分に命令する気満々だと知っている。

 最初にやったのはババ抜き。

敗者はあたしだった。敗因はぼぉとしていたから。


「言い出しっぺが敗けかよ」

「ご命令をどうぞ、よぞらさん」

「は、はいっ」


 勝者が黒葉ではなくよぞらだったのが幸い。よぞらなら嫌な命令をしないだろう。

あたしの意図は、よぞらを敗者にして質問攻めをしようと思っていた。


「……じゃあ質問に一つ、お答えしてください」

「……どうぞ」

「笹野先生とはどうして兄妹に?」


 逆に質問されちまったよ、うおい。

黒葉は知らないが、よぞらはあたしと幸樹さんに血縁関係がないことを知っている。

だから疑問をぶつけた。


「家族に迎えてくれたの、兄以上のことをしてくれる人なの」

「禁断プレイ?」


 空気を読まない黒葉に、あたしとよぞらはトランプカードを投げ付ける。

二回戦。よぞらがまた勝者。今度の敗者は黒葉。


「何プレイ?」

「帰れ」


 笑顔でよぞらは吐き捨てる。


「嫌だ」

「ルールに従いなさいよ」

「えっちな命令になら従う」

「……追い出すわよ」


 よぞらは下ネタが嫌いらしい。不機嫌にしかめている。

「恥ずかしがるなよ」と黒葉はからかう。


「恥ずかしい? 貴方が恥じらいを持ちなさい。下品なのが嫌いだって言ったでしょう。次言ったら口聞かないんだから」

「………………」


 キッと鋭い目付きで強く言えば、本気だとわかり黒葉は押し黙った。

よぞらの方が強いらしい。

 そこに幸樹さんとコクウが戻ってきた。

「くひゃひゃひゃ」とコクウが笑うのは、会話を聞いていたからだ。


「何やってるのぉ?」

「トランプゲームです、一抜けした人はビリの人に命令をするルールです」

「ひゃあ、やるやるぅ」


 コクウはルールを聞くなり、あたしを後ろから抱き締めて座る。だからあたしはアッパーを食らわせた。


「私も混ぜてください」


 幸樹さんがあたしとよぞらの間に座る。

三回戦開始。

勝者は幸樹さん。敗者は黒葉。


「ふふ、三回回ってワンと鳴いてください」

「…………」


 幸樹さんはドSでした。

絶対に幸樹さんが勝者になったら意地でも敗者にならないようにしなきゃ。

と思った矢先に、幸樹さんがまたもや一抜けした。次にコクウ。

残されたあたしとよぞらと黒葉は顔をひきつらせる。幸樹さんが微笑んで敗者が決まるのを待っていたからだ。

 黒葉が抜けた。ガッツポーズをする黒葉と、追い詰められたあたしとよぞら。


「ま、負けませんから!」

「あたしだって」


 あたしとよぞらは睨み合ってから、大魔王を見る。微笑んでいた。

絶対に負けたくない!!

ババ抜きで真剣勝負。

もはや互いの顔色を伺っても、意味がない。絶対に負けたくないと顔に書いてあるだけだ。

あたしの手の中にジョーカー。それを直感と運頼りで避けようとするよぞら。

そこでよぞらがジョーカーを引いた。あからさまにショックを受ける。一騎討ちなので、そこでポーカーフェイスをしても無意味。


「ひにゃあ!!」


 悲鳴を上げてよぞらは倒れた。

あたしの勝ち。安堵して小さくガッツポーズした。

敗者になったよぞらはビクビクしながら、微笑王子の皮を被った大魔王を振り返る。


「今夜、椿を泊めてあげてください」


 サディスティックな意地悪な命令ではなく、頼み事をした。

身構えたよぞらは拍子抜けしたが、ゲームのルール通り、命令をきくことにして頷く。

仕事のためなのか、それとも盗み見聞きしていた幸樹さんが気遣っているのだろうか。


「椿は女の子の友達がいないので、交流を深めてください」

「……幸樹さん」


 恥ずかしいことを言わないでほしい。

兄のお節介と理解したのか、よぞらは笑みを溢してクスクスと笑った。

コクウは感付いたのか、意味ありげに目線を送られたが気付かないフリをする。

 次はよぞらが勝者であたしが敗者になった。次はどんな命令がくるのだろう。


「あのっ、武器とかってどのくらい持っているんですか?」


 きたのは質問だった。


「今所持してる数?」

「はい」

「ごめんなさい……わからないの。百くらいだと思うけど……」

「そんなに!?」


 裏現実の質問だったら困ったがその質問なら答えても支障はない。

興味津々だったので、コートを脱いで中身を晒す。数を把握していないナイフが詰め込まれているのを見て、よぞらは目を見開いた。


「腕には短剣。あと手にはパグ・ナウ。これはカルド。あとは投擲ナイフを無数。ああ、これはトンファー」

「このナイフは私があげたんですよ」

「あっ、これ白瑠さんからもらったんですよね」

「そう、貴女がデザインしてくれたナイフ」

「あ、これも白瑠さんから貰ったんですよね? 誰か有名な人のだって」

「……えぇ」


 コートの中のナイフをあたしとよぞらと幸樹さんで物色していると、よぞらがデザインした白い刃やから一つの剣が注目される。

白瑠さんから聞いたらしい。

番犬の剣。見た目は棒だが、振れば長剣になる仕組み。

白瑠さんから貰ったが、元は篠塚さんから盗んだものだ。返し忘れちゃった……。

 二十回戦になって漸く、あたしが勝者になってよぞらが敗者になった。


「好きな人のことを話して。名前とどんな人かどんなところが好きか」

「ヘッ?」


 やっと質問できてほっとしてしまい、ズバッと訊きすぎてしまう。よぞらの向かい側に、よぞらが好きな黒葉がいるんだ。嫌がらせのつもりではなかったからいたたまれない。


「えっと…………その……す、好きな人は……早坂……狐月さん、です」


 黒葉のことは視野に入れていないのか、声を裏返しつつも真っ赤になって想い人を明かす。

 黒葉をチラリと盗み見たが、知っていたらしく変わった反応を示さない。


「……狐月さんは、この部屋の家主で……えっと……」


 早坂狐月が好きだってことは推測していたので驚かなかったが、この部屋が早坂狐月の物だとは意外だ。

でも納得。よぞらには似合わない男物の部屋だから。


「とっても優しい人で、華奢な身体をしてるのにすっごく喧嘩強くて、普段は無表情なんですが……柔らかい笑みをするんです。反応が可愛くてちょっとからかいたくなるんですよね。ギャップ萌えというか……もう可愛すぎてキュンキュンしてしまって!あたしにとって理想の白馬の王子なんです!」


 ずっとモジモジと歯切れ悪く話すのかと思ったが、いきなり火がついて頬に手を当てて「キャー」とのろけた。

思った以上にゾッコンのようだ。

なのに何故、両想いなのに恋人じゃないんだ?


「ねぇ、この黒馬の王子は? オススメだけど」

「お断りします」


 コクウが黒葉の肩に手を置いて話すも、よぞらはキッパリ即答。俯く黒葉をコクウは励ますように肩を叩いた。


「その狐月って奴、今は何処なの?」


 一番聞き出したかったことを訊くと、よぞらが異変を見せる。

先程の乙女な笑みは消えていき、散乱したトランプに視線は落とされた。


「……何かの用事で……遠くにいるそうです……」


 少しだけ声が震えている。


「……去年の秋から……ずっとこの部屋に帰ってきてなくて……」


 キュッ、とパーカーを握り締めた。


「だからあたしがこの部屋を使わせてもらっているんです」


 顔を上げて明るく笑って言うが、その笑顔は上っ面で何かを隠している。

去年の秋から、早坂狐月はこの部屋に帰っていない。よぞらも会っていない。

本当になにしてるんだ?


「連絡は取り合ってないの?」

「たまにメールのやりとりをしてますよ」

「会いたくならない?」


 その問いには、悲しげに微笑んだ。


「とっても会いたいです」






 真っ白な空間の中で目が覚めた。目が覚めたという表現は正しいのかどうかわからない。

ここはあたしの脳内であって、意識の中だ。

ベッドとパイプ椅子しかなく、ベッドにあたしは横たわっていて、パイプ椅子に真っ黒い男が座っている。

陽炎のようにそれらはぼやけていた。


「なに? あたしを殺して身体乗っ取る気になったの?」


 ヴァッサーゴが住み着く場所。

そこで殺されれば、あたしの意志が消えてヴァッサーゴに身体を乗っ取られると、ヴァッサーゴ本人が言っていた。ここに招待されたのは久しぶりだ。


「しねーつってんだろうが」


 赤い切り目の男、ヴァッサーゴはぶっきらぼうに吐いた。冗談よ。


「ねぇ、ヴァッサーゴ。あたしの心臓はいつまで動かせるの?」


 真っ白な光景をぼんやり見つめながら訊いてみた。


「……死にてーのか?」


 ヴァッサーゴは問う。


「そう言ってない」


 死にたいとは、言わない。


「あたしはもう死んでいるの?」

「…………」


 口にしたら涙が浮かんだが、視界は変わらない真っ白だ。

何度も死にかけたが、その度蘇生された。

確かに寿命はゼロだが、ヴァッサーゴに生かされている。

それは生きていると言えない?

もう死んでしまっているの?


「……泣けよ。ここなら誰も見てねーよ」


 ヴァッサーゴはそれだけを言う。


「オレが答えても意味ねーだろうが……バーカ」


 横たわったままヴァッサーゴを見てみたら、そっぽを向いていた。

泣くのを我慢していたあたしのために、場所をくれたらしい。


「……どうして、ヴァッサーゴって優しいの?」

「はぁ? てめえがみっともなく泣く姿をオレだけ見て楽しむためだ! 勘違いすんじゃねぇよ!」


 そう言うが、そっぽを向いたままこちらを見ようとしない。


「ストレスを溜め込むと心臓が動かしにくいんだよ……さっさと泣け」

「……ふぇっ」

「はやっ!!」


 先程の白瑠さんのことを思い返したら、堪えていた涙がぼろぼろと落ちていきた。

次から次へと溢れだす涙を、手の甲で拭いながら泣く。

悲しくて悲しくてしょうがない。

声を上げて泣いた。

 白瑠さんが始まりだったのだ。彼が一番わかっていたはずなのに、一番理解してくれていると思っていたのに。



 椿はっ! 間違ってなんかない!! 血塗れになってもっ椿は笑った! 笑って笑ってっ幸せも手に入れたんだ! それを否定っっっすんなぁあっ!!!


真っ向からあたしを肯定してくれた人が、あたしを否定した。

白瑠さんがあたしにしてくれた全てが"間違いだった"と、謝ろうとした。

あたしが手に入れた幸せ全てを、否定された。


「っひどいよ……」


苦しくて痛い。


「……酷い……」


 あの人が、あたしの全てを否定する。

あの人まで、あたしの全てを否定する。


「白瑠さんのばかぁっ……! ばかばかぁっ! うえぇんっ」


 声を上げて、泣き喚いた。







 現実で目が覚めると、泣いた余韻があって、一筋の涙が頬を伝っていた。

それを拭って起き上がる。

寝室の床で布団を敷いて眠っていた。幸樹さんは仕事を理由に帰って、コクウと黒葉はリビングで眠っていたはずなのだが、誰もいない。

ソファーと床に毛布が無造作に置かれているだけ。


「……何処に行ったの?」


 ベッドにいたはずのよぞらも、いない。

返答の代わりに、ヴァッサーゴが煙の手を出して目を塞ぐ。そして少し前の光景を見せる。過去と未来を見る悪魔の能力。

リビングで眠っていたがコクウが一番先に起きて、あたしに視線を送ったあとに先に部屋を出た。そのあと、黒葉が欠伸をしながら起きると部屋を出ていく。

最後に慌てた様子でケイタイを見ながら、よぞらが出ていった。


「よぞらを追うわよ」


 あたしはコートを拾って、よぞらを追跡しに向かう。

ヴァッサーゴの能力で追跡すると、よぞらは駅に行き電車を利用した。そして向かったは、東京。

そのまま追跡すると、廃墟になった倉庫に辿り着いた。

 その倉庫の扉を開けると、そこにはよぞらの他に複数の男女がいてそれぞれ武器を持っている。バットや鉄パイプ。

よぞらはそれに囲まれているようだった。


「椿さんっ?」

「……なにしてるの?」


 あたしは驚くよぞらに歩み寄って訊く。


「誰だよ、てめー」

「部外者は引っ込んでろ!」


 ガヤガヤと騒がしく若者達が声を上げた。あたしは無視してよぞらだけをみる。


「……あたしもよくわからないんですけど、なんが呼び出されちゃって」


 苦笑して見せてくるが、苦笑レベルではない。

これリンチではないのか?集団リンチの集団が多すぎるだろう。大体二十人くらいいる。


「紅色愛名をボコれって、狐月組の掲示板に依頼されたらしいです。藍くんが消してくれたんですが……この通り。賞金が一人十万だそうです」


他人の噂話をするかのように、さらりと答えた。

自分が管理しているサイトで、自分をボコるよう賞金までかけられたことを他人事のように話す。

藍さんがそれを消したが、事態はまたもや手遅れでよぞらは呼び出されて今に至る。

なんで貴女はのこのこ来たの?


「…………掲示板に恋愛相談しちゃって、それで…」


 声にしなかった疑問に申し訳なさそうに話して、よぞらはあたしに携帯電話の画面を見せた。

内容はこの場所に来るようにと書いてあり、最後に付け加えてあった文字を見て眉を潜ませる。

 "来なければお前の愛する人が傷付く"

これで来てしまったらしい。

誰もが見れる掲示板に好きな人がいると書き込んだからそうゆう存在がいると知られ、それを脅しに使われたのなら不安で行ってしまうだろう。

あたしは肩を竦めた。


「彼女を殴って金が欲しいの? 忠告してあげる。悪いことは言わないから、その武器捨てて帰りなさい」


 よぞらの前に立って、あたしは全員に聴こえるように告げた。


「はぁ? てめえこそ帰らねぇと一緒にボコるぞ」


 一人の男が言う。

その人数でボコったら死ぬ。きっと狩人が仕掛けたのだろう。

殺し屋を狩るからヒーロー的なイメージが強いが、秀介みたいに正々堂々勝負してくる者は少ない。

裏現実は殺るか殺られるかの世界。

狩人も姑息な手を使う。

表現実側で、彼らを犯人にして殺させる気なのだろう。

あたしは溜め息をつく。


「あたし、機嫌悪いの。あたしに殺されたくなければ、さっさと帰りなさい。寝起きだし……空腹だし……」


 その他諸々が特にあたしの機嫌を悪くしている。こんな低脳な奴らを構ってないで朝飯を食べたい。


「そうですね、あたしもお腹空きました。オススメのイタリアンで食べますか?」


 よぞらもお腹を押さえて言った。

うん、貴女はもうちょっと慌てるか怯えるかをしましょうよ。貴女が原因なんだけど?


「余裕ぶっこいてんじゃねーよ!!」


 女相手だからか、女からバットを振り上げてきた。パグ・ナウの爪であたしはそれを輪切りにする。

黒の集団所属の武器職人・カロライ作のパグ・ナウは、切れ味抜群。

カランカラン、と落ちる金属バットの残骸を、一同は理解が追い付かないのかポカーンとしていた。

パグ・ナウは切れ味良すぎるから、爪を引っ込める。刃渡り五センチのナイフを両手に出し、目の前の呆けた女の腹に膝を入れて蹴り飛ばした。


「てんめぇ!」


 その女の恋人なのか友達なのか、青筋を立てた男数人が飛び掛かる。

あたしはよぞらを下がるように軽く押してから、身構えた。

振り上げる彼らの無防備の腹に、右手のナイフで三人を切りつける。屈んで左手のナイフで脚を切りつけた。

一歩踏み出して、がら空きの背中を両手のナイフで切りける。


「次は?」


 無情に問いかけた。

返答はない。顔に浴びた返り血を拭う。


「思えば瞬殺って優しい行為よね。後悔も恐怖も味あう前に、殺してあげるなんて。……さて、あたしの忠告をきかなかった後悔と……殺される恐怖を味わいなさい」


 倉庫の中に、あたしの声が響く。怯えた呼吸が聴こえる中に、あたしは向かった。

ぐるりとその場で回転して、周りにいた若者達を裂く。

 勿論、急所は避ける。

殺しを断っているのだから、殺してはならない。

だから意識をしっかり持って、ただ皮膚を切り裂いていく。それでも出血はなかなかのもので辺りは赤くなる。

次第に悲鳴が上がった。

抵抗はあったが、一般人の抵抗なんてものはないに等しかった。


「殺さず……切り刻んでやる」


 あたしは笑ってみせる。

青ざめた一同が漸く、悲鳴を上げて逃げ出した。よぞらとあたしを大きく避けて、逃げ出していく中、まだあたしに向かってくる輩もいた。

猫が毛玉で遊ぶように、サクサクと爪を立てて皮膚を裂き、流血させる。


「ひぃいいっ!!」


 悲鳴を上げたってその恐怖から逃がしてはやらない。ガクガク情けなく震えても後悔を痛いほど刻み付けてやる。


「きゃああ!」

「ぎゃあ!!」


 悲鳴というのはどれも醜いものだ。

刻まれた腕や腹や胸を押さえながら、若者達は仲間を押し退けつつ倉庫から出ていった。

しかも丁寧に扉を閉めていく始末。

 表現実の若者はチョロい。

裏現実で育った者は対抗してくる気丈者ばかりで骨が折れる。

でも手加減というのも楽ではない。命を奪う動作が染み付いた身体を自由に動かせば、サクッと殺してしまうから、皮膚を切り裂くだけでも細心の注意を払わなくてはならない。

 ふー、と息を吐く。

振り返るとよぞらが身を縮めて固まっていた。目を見開いてあたしを見ている。

殺人鬼と平然に喋るが、流石に今のは怯えたらしい。恐怖で硬直している。


「よぞら、なんで訊かないの?」


 血塗れのナイフを振り払い、カルドと変えながら問うと、「へ?」と可愛らしい声をよぞらは裏返した。


「いくらなんでも、コクウと黒葉とあたしが泊まるなんて不審に思ったでしょう?」


いくら幸樹さんが頼んだからと言っても、いくらコクウが吸血鬼で喋りたくても、いくら夜通し遊んだとしてもなにか企んでると思ったはすだ。


「貴女、命狙われてるの」


 あたしはハッキリ伝えた。


裏側(、、)からね」


そして倉庫の奥に視線を送る。


「出てきなさいよ、狩人」


 そこに裏現実者のニオイがした。

返答代わりに、一つの矢がよぞらに向かって放たれる。それをカルドを叩き付けて軌道を変えさせた。


「え!?」


 相手は飛び道具を使う狩人か。

状況がまだ呑み込めないよぞらから離れないよう立つ。

 十中八九、火都ではないだろう。百発百中の飛び道具使いの狩人と言えば、火都だ。

黒の集団所属。あたしの味方だ。

彼には及ばない飛び道具使いでも、長距離戦ではナイフ使いのあたしでは不利。


「……黒の集団の紅色の黒猫か」

「……そっちは弓使いの狩人?」


 漸く狩人は姿を見せた。ボウガンも所持していたが、手には弓矢。ゴーグルをつけた長身の男は、生粋の日本人。

日本人で有名な狩人は、"危険人物"に指定されている蓮真君の家族である那拓家と、狩人の鬼と呼ばれる秋川秀介と、弥太部火都。

その三方と交流があるから多少天敵の狩人には詳しい。

弓使いの狩人。それなりに有名だ。

有名ということは実力はあるということ。

裏現実の秘密を暴こうとしたよぞらを、真っ先に狩りに来たくらいだ。それなりに強いだろう。

さて、あたしは勝てるかしら?

殺さずに倒すって、本当に難しい。


「雇われたのか? 狩人を殺すために」

「殺し屋は辞めたのよ。よかったわね、貴方は殺さない」

「……」


 にこっ、と挑発してみたが、やっぱり表現実者の若者と違い飛び出さない。

……アイツ、どうやって倒そうかな。

こっちから向かえば、よぞらは危なくなる。防護ばかりでは相手を倒せない。

……向かってこない敵相手に、標的を守って戦うスキルがあたしにはない!?


「殺し屋を辞めて狩人にでも転職したのか?」


 悠長に訊きながら、しなやかな弓矢を引く狩人。矢の先はあたし達。


「いいえ。就活中よ。狩人になるなら、歓迎してくれる?」


 狩人との距離は、百メートル。

この距離なら十分見切れる。


「狩人になるなら、後ろの問題児を始末しろ」


 スパン、と放たれた弓は思った以上に速くて弾くことが出来なかった。間一髪、胸の手前でカルドの刃で受け止めるが、威力は見た目以上で後ろに一歩よろめく。

 まじかよ、弓矢ってこんなに凶器だっけ?

目の前の狩人の強さは思った以上だ。

接近戦なら勝つ自信はあるが、あたしはよぞらを守る壁。壁が退いてはならない。

 さぁーて、どうするよ? あたし。

また矢が装填され、あたし達に向けられる。

あたしは驚くよぞらの手を掴み、駆け出す。だったら一緒に動けばいい。狩人に真っ直ぐ向かった。

 が。それは甘過ぎた。

 相手は狩人。

 動く獲物を仕留めるのは、十八番だった。

パンッ、と放たれた弓はあたしの脇腹を掠めてあたしのコートを射抜いた。かと思いきや、放たれたのは二つの矢で、もう一つはあたしの右腕を貫く。

その二つの矢で、壁に磔にされた。


「っ!!」

「椿さん!」


 慌ててよぞらが弓を引き抜こうとしたが、狩人が阻止する。弓を放ち、あたしから離れさせた。

二メートル先で、よぞらは尻をついて倒れる。

カッ! とあたしの左手に弓が突き刺さって、完全に動きを封じられてしまった。

くそっ!

 漸く、狩人は歩み寄って近付いてきた。

弓矢を引いて、矢の先をよぞらに構えながら。確実に仕留めるために。

 よぞらが殺られる!


「V!」


 悪魔の姿を晒しても構わない。ヴァッサーゴに手を貸してもらおうと叫んだ次の瞬間。


  ダンッッッ!!!


そこに響いた銃声のような爆音に、あたし達は振り返る。

扉を蹴り開けたのか、そこに一見少年に見える黒い人影が片足を上げていた。


「可愛い女の子に、そんな物騒なもん向けてなにしてるわけぇ? お前さぁ、それでも男かよ。つーか、男やめろや、男失格!」


 黒い帽子を深く被り、その下からニヤリと歯を見せて吊り上げる笑みを見せ付け、首には赤いバンダナ。黒いパーカーに黒いズボンに黒いブーツ。赤い首輪をした黒猫を連想する格好の少女は、いつもの如く、啖呵を切った。


「蓮呀さんっ!!」


 よぞらが目を見開いて呼ぶ。


「よ! よぞらちゃん、ヒーロー登場!」


 気さくによぞらにそう返しながら、歩み寄る他称・蓮呀。

彼女はあたしにも目を向けた。


「べっぴんさん、大丈夫? 磔にされたポーズ、なかなかセクシーだけど、傷残ったらお嫁にいけないよな」


 こんな状況なのに軽口を叩いて、狩人を睨み付ける。

狩人はその睨みをものともせずに矢の先を彼女に向けた。まずいぞ、これ。全然状況が良くなっていない。

いくら彼女が喧嘩慣れしていても、あたしだって避けられないあの矢をあの距離で避けられるはずがない。死ぬぞ。


「命を落としたくなければ退け」

「退け? おいおい――――友達を傷つけられてんのに、はいそうですかって引き返すわけねぇじゃん。つーか、俺はかわいこちゃんを見捨てらんねーもん。俺が相手してやんよ、俺が買ったらお前が退け」


 狩人は忠告したが、蓮呀は一歩も引かない。挑発的に、しかも自分から勝負を挑んだ。

表現実者は、なにも知らないから無謀なんだ!


「だめよ! 退きなさい! 蓮呀!」

「この状況で言う? べっぴんさん」

「殺されるわよ!」


 この状況で勝負を挑む貴女にその言葉を返したい。冗談抜きで死ぬ。

無駄に死ぬんじゃない!

そう後悔する前に教えてやったのに、何が可笑しいのか彼女は笑った。

ククッ! とヴァッサーゴみたいに喉の奥で笑っていたが、堪え切れなかったのか哄笑する。


「がははははっ! 殺される? おいおい――――俺に死ぬ予定は当分ねぇよ」


 高らかに嘲笑った。

死ぬなんてあり得ない。そう信じて疑わない強さを込めて笑う。

死なんて存在しないと思っている口振り。

 ザッとあっという間に蓮呀は距離を詰めた。狩人の懐に入っている!

いけるかもしれない! と思った。

彼女の蹴りは中々。気絶させるつもりなのか、蓮呀は首を狙って蹴りを振り上げた。


「!」


 だが身を反り、狩人はその蹴りを避けてしまう。蓮呀もまさか避けられるとは思っていなかったらしい。表情が変わる。

しかし、驚くのはこれからだ。

蹴りを避けたその体勢で、狩人は弓を引いた。

ほぼゼロ距離で矢の先が、蓮呀の心臓に向けられる。

まさかその距離で、奴は放つつもりなの!?


  ザシュッ!


そのまさかだった。

矢は蓮呀に突き刺さり、反動で彼女はどさりっと倒れる。


「れんっ……!!」


 よぞらが絶句して口を押さえた。

彼女には心臓を射たれたように見えたらしい。


「ペッ!」


 唇を切った狩人が血を吐き捨てる。

放たれる直前で、蓮呀は振り上げた足を叩き下ろしてギリギリのところで軌道を変えた。


「……ってぇー……!」


 蓮呀は生きている。

倒れたが、心臓は免れて腹に矢が突き刺さっていた。

あれを咄嗟に出来たなんて、大した瞬発力だ。だが腹に刺さったのは急所。「ってぇー」ってレベルじゃない。


「蓮呀さんっ!」


 泣きそうな声でよぞらは呼ぶ。


「おいおい、やめてくれよ。女の子、泣かせたくないんだよねぇ俺」


 起き上がれないほどの痛みのくせに、蓮呀は軟派なことを言う。

狩人は壁が消えたよぞらに、今度こそ矢を向けた。

 だが、まだ壁は消えていない。

何かが狩人に飛んできた。狩人は腕で防ぐ。

カラン。飛んできたのは、鉄パイプ。そこらを転がっていた鉄パイプで――――投げたのは起き上がった蓮呀。


「そのかわいこちゃんを射抜きたかったら、俺を倒しな。弓使い」


 ニッ、と笑みを浮かべて吐いた。

まだ笑みを浮かべる。その口から血が伝っても、その笑みは消えない。

腹に矢が突き刺さったまま、拾った金属バットを支えに立ち上がる。

 まだ向かうか。

ぱたっと彼女が被っていた帽子が落ちると、スルリと彼女の漆黒の髪が流れるように現れた。

癖が強い漆黒の髪に包まれた整った顔は、揺るぎない意志が在る瞳をしている。

それが美しく見えた。

 ブンッ! と金属バットが振り上げられて、狩人は後ろに飛んで避ける。

内臓を傷つけられたのか、蓮呀は吐血した。だがやっぱり笑みは消えたりしない。

よろめいた拍子に転がっていた鉄パイプを拾い、ブーメランのように投げつけた。

それを腕で防いでいる間に、蓮呀は一歩踏み出してバットを振る。腹に叩き付けた。


「がははっ!」


 踏みとどまった狩人に回し蹴りを繰り出すが、受け止められる。

狩人は拳を腹に打ち込むと、矢を引き抜いた。

途端に出血が激しくなる。

流石に蓮呀の表情が歪む。

 その出血が長引くと死ぬ。

一人で戦わせたらよくて相討ちだ。


「蓮呀っ!!」

「!」


 あたしはコートの中の武器を足で出して、蹴り飛ばして蓮呀に渡す。

彼女が受け取ったのは、青いトンファー。カロライ作の仕掛けトンファーだ。

打撃系武器なら、蓮呀は扱えると判断した。


「よぞら! 抜いて!」


 蓮呀が狩人を引き付けている内に、よぞらがあたしの動きを封じる矢を抜いてくれれば形勢逆転できる。敵は目の前だ。

狩人もあたしに接近戦をやられては勝ち目がないと理解しているのか、阻止しようとボウガンを向けたがそれは投げられた金属バットにより弾かれた。


「てめぇの相手は俺だっつーの」


 腹から酷い出血をしても、蓮呀は楽しげに笑みを浮かべて気丈に立つ。

その姿に気圧されたのか、狩人の口元が歪む。

蓮呀はトンファーをクルリと回してから、宣戦布告するかのように先端を向けてニヤリと笑って見せた。

 そして挑む。

接近戦になるが蓮呀は負傷している。傷を狙い弓を振るが、狙われていることは予想済みで掌で受け止めた。

勝ち誇った笑みのまま、弓にトンファーを振り落とす。

 バキャッ!

 木製のそれを叩き割った。

これで狩人の最強の攻撃力の武器はなくなった。

狩人は転がったボウガンに目を向けるが、取りに行かせる暇なんて勿論ない。

青い刃が、上から振り落とされる。

 ガッ! と肩に叩き落とされて狩人は前に倒れるが踏みとどまった。

踏みとどまったことを後悔させるかのように、その顔面に蓮呀の膝が打ち込まれる。

ゴーグルは割れた。

今度は後ろに倒れる狩人に、トンファーを二発叩き付けたあと、留めに顎に叩き付ける。

 ガンッ!!! と顎を割ったんじゃないかと思うくらい鈍い音が倉庫に響いた。

蓮呀のコンボを食らい、真上を向いて数秒直立していた狩人は、ユラリと後ろに倒れる。


「…………」


 声がでない。

勝っちゃった。勝っちゃったよ。

表現実者である彼女が、狩人に勝った。

矢を外してくれたよぞらも、呆然とそれを見る。

ヨロッ、と蓮呀はよろめいた。

一同踏みとどまるも、ボタボタと赤い花びらのように血を垂らした彼女は倒れる。


「蓮呀さんっ!!」


 思わず慌ててよぞらは彼女に駆け寄った。

あたしはまだ刺さっている矢を二つ取ってから、狩人から確認する。完全に気を失っていた。

あのコンボにも驚きだったが、その攻撃力も半端なかったようだ。


「よぞら。救急車を……」


 救急車を呼べと指示しようとしたが、弓矢に射たれたなんて警察沙汰だ。よぞらが警察に連れていかれると守れなくなる。


「蓮呀さんっ! ……蓮呀さんが、女っ……!?」

「え?」


 色んなパニックのせいなのか、よくわからないことを震えながら混乱していた。

いや、蓮呀は女だけど……?

動揺しているからあたしが助けを呼ぼう。あたしは携帯電話を出して、兄の顔を思い浮かべる。

蓮呀は重傷だ。このままなら出血死する、間違いなく。

幸い一番近い病院に今幸樹さんがいる。彼に電話しよう。

蓮呀はなんだか嫌悪感を抱いていたみたいだが、幸樹さんに救われればあのムカつく態度も改めるだろう。

そんな細やかな復讐をしてやろうと幸樹さんに電話を掛けた。

 するとあたしの赤いブーツを、血塗れの手が掴んだ。

蓮呀の手だ。

まだ意識がある。

流石にあの笑みはない。


「……ささ、の……」

「え?」


 口にしたのは、あたしの苗字。


「……笹野……ドクター……」


 蓮呀が自分から助けを求めたのは、紛れもないあたしの兄である幸樹さんだった。








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