それじゃあ元気で
・注意・
一応、『片想いの僕、両想いの君』の続編チックなものです。
単品でも召し上がれますが、前作を読んでからの方がなんとなくしっくり来るかもしれません。
前作読んでもしっくり来なかったと思われる方がいらっしゃいましたら……ど、どうしよう。
「ほんっと、久しぶりだね。元気してた?」
彼女は高校の頃よりも綺麗になったのか、それとも化粧が上手くなったのか、輝きが一層増して見えた。
「柊君、仕事はどこだっけ?」
「あー、サラリーマンやってる」
「なんていうか、柊君らしいね」
彼女から、その名で呼ばれるのは、本当に久しぶりだ。
「そういうは夏木は?」
「あー、私はね」
彼女は言いづらそうに、それでも嬉しそうに言葉を続けた。
「専業主婦」
「……は?」
俺がつい漏らしてしまった、そのたった一音の響きには、驚愕と動揺と呆然が現れている。
っていうか、結婚?
「まあ、まだ籍は入れて無いんだけどね。ちょっと調整中」
彼女は本当に嬉しそうに、嬉しそうに言う。
きっと幸せなのだろう。
「……なんつーか、あれだ。おめでとう」
「ありがと」
少し照れながら、彼女は答える。
はにかんだ笑顔は、高校の頃と全く変わっていない。
「柊君は彼女いないの?」
「ああ、彼女ね……」
付き合おうって言ってくれる人は居たが、それを受け入れた事は無かった。
それは、高校を出てから、ずっとだ。
「今はいない」
「なんか、ちょっと前まで居たって雰囲気だね」
彼女はくすくすと笑いながら、そんな事を言ってくる。
確かに、俺にしてみれば高校の出来事は、つい先日のようにも思えてくる。
だから、ちょっと前までは居たんだろう。
「私さ」
不意に、彼女が言葉を紡いだ。
「柊君が居なかったら、きっとこうはなってなかったと思う」
やめろ。やめてくれ。
そんな事言うなよ。頼むからさ。
「だから、ありがとうね」
何に対してのありがとうなのか。誰に対してのありがとうなのか。
俺には計り知る事は出来なかった。
でも、ようやく。
「夏木に会えて良かったよ」
俺の想いは吹っ切れる事が出来そうだ。
引きずり引きずり引きずって、気がつかない内に磨り減っていたのかも知れないけど。
それでも。
「ようやく、前を見れそうだ」
「なにそれ?」
「ちょっとカッコつけてみただけ」
俺の彼女だった君は、他の誰かと幸せになった。
彼女と付き合ってた俺は、ようやく想いから抜け出せて。
これでようやく、ゼロになった。
もしかしたらマイナスかも知れない。
でもまあ、別に良い。
「晴彦にも報告しないとな」
「うわ、懐かしい! 春日君なにやってるの?」
親友は果たして、何と言うだろうか。
未だに想いを引きずっているあいつは、どんな顔をするのだろうか。
「知ってた? あいつ夏木のことずっと好きだったんだぜ?」
「うそだー」
満面の笑顔で、信じてくれなかった。
まったく、つくづく不幸な奴だな、お前は。
たまにはあいつでも誘って、飲みに行くか。
彼女の結婚の話を酒の肴にでもして。
……完全に自棄酒になりそうな感じもするが。っていうか、目に見える。
「っと、もうこんな時間。それじゃ、私行くね」
「ああ」
手を振ろう。
君に。
過去の想いに。
「それじゃあ元気で」
これからは、記憶の奥に、大事に閉まっておくことにしよう。
鍵を掛けて、二度と溢れ出さないように。
でも時々、思い出してみたりなんかしてさ。
場所の描写をしていないのは仕様です。
喫茶店、横断歩道での赤信号待ち、食材購入中のスーパー、商売繁盛を願うために行った神社、あのぬいぐるみがどうしても欲しくて通っているゲームセンター、会社に内緒でバイトしているコンビニなどなど、ご自由にご想像ください。
別にあとがき用のネタのためじゃないです。
ほ、ホントですよっ!?