一章 雛鳥、外界へ舞い降りて その4
やっと一章、完結です。これから二章に入ります。ただ一パートの分量がいまいち掴めないのでどれぐらい二章を引っ張るか決めかねています。
一回分の分量が多すぎると読む気が薄れてしまいますし、Web小説の連載形式は難しいと痛感している今日この頃です。
ただこれで一章は終わりますので、お付き合い下さい!
マヒルが覚醒するとまず見慣れない天井があった。さっきまで自分は薄気味悪い黒煙が立ち込める場所にいたはずだ。
どうなっているのかとマヒルはまず末端神経に力を入れてみる。手足は異常なく反応した。身体に損傷がないのを確認するとマヒルはゆっくりと起き上がる。
そこでようやくどこかの室内にいるのが分かった。
命綱であるマスクがなくても呼吸できることに、驚きながらマヒルが辺りを見渡せば、馴染みのない調度品がバランスよく並んでいる空間が広がっている。それはマヒルが天界の牢獄で生活していた頃、よく読んだ旧時代の物語に出てくる一般家庭の光景とよく似ていた。
自分が寝ていたこの長椅子も恐らくはソファーと呼ばれていたものに違いない。
持ち前の好奇心を剥き出しにしてマヒルが室内をさらに観察していると、人の気配。
いりなり出入り口から現れたまだ幼さの残る少女と目が合った。
幼さがことさら際立つ精緻な顔の造りと小さな体躯から、旧時代に存在した愛らしいお人形さんを連想して戸惑う。
とても粗野なイブとは違う印象だ。
それに許しがたいことに胸部は自分より膨らんでいる。
「意識が戻ったのですね。でもしばらく安静にしていて下さい。感染型光化学粒子を吸った人体への影響がまだ残っているかもしれません」
少女の言葉でマヒルは自らの身に何が起こったのか一気に頭に蘇ってきた。
「そうだ、私いきなり妙な連中に襲われてそれで……」
貞操の危機を感じ身に着けている衣服を確認する。
当初に身に着けていた保温スーツはそのままだが――
下着が新しい物に変えられている。
穢されたかもしれない……
マヒルが髪を両手で掴み上げるように取り乱していると、目の前の少女が冷静に諭した。
「安心してください。汚れていたので私が新しい物と交換しました」
「そうなの……」
一瞬身の毛もよだつような悪夢が頭を駆け巡ったが、少女のたった一言でマヒルは窮地から救われる思いだった。
「それとあなたにしがみついていた自立性の小型人形は一度起きてまたあなたの胸で眠っています」
無言でマヒルが被せられていた毛布を剥ぐと熟睡モードしているイブがいる。主人が操の危機に瀕していていたかもしれない時に実に暢気だ。
見張ってくれるんじゃなかったのか? とツッコミたくなる。
だがイブを確認して一気に落ち着きを取り戻したためか、マヒルは重要な記憶を失念していたことにようやく思い当たる。
あの生意気な少年はどこへ?
「ねぇ、ソウゴと言う男を知らない? 私と一緒にいた人なんだけど。歳は私と同じぐらいで生意気そうな顔をしているんだけど」
「ソウゴなら……」
「悪かったな、生意気そうな顔で」
少女が口を開きかけた瞬間、見知った男が室内に入って来た。
ゴーグルとマスクを外していても、意志の強さを反映したまっすぐな瞳から間違いなくソウゴだとマヒルには分かった。
「何で私はいきなりこんなところにいるのよ? あれから一体どうなったの? ちゃんと説明しなさいよね!」
一気に質問攻めにするマヒルの態度にソウゴは呆れながらも答える。
「ここは俺の家だ。お前が無茶な行動して光化学粒子を吸ったせいで急に打っ倒れたから、俺が背負って運んで来ただけだよ」
「意識がなかったからって、私に変なマネしていないでしょうね?」
マヒルが胸を腕で抱えながらソウゴを睨んでいると、傍らで無言のまま立っていた少女がどうしてだか少し誇らしげに口を挟んだ。
「ご心配には及びません。今ソウゴがここに来るまでずっとこの私が責任を持ってあなたの看病をしていましたから」
マヒルは不服そうなソウゴと無表情な少女を交互に見比べた。
一番肝心な問題がまだ疑念としてマヒルの意識に残っていたからだ。
「……ねえ、その……あなた達は一体どういう関係なの?」
「私はソウゴとここで同棲している者です。同衾まではしていませんが」
真顔で爆弾発言をする少女にマヒルは言葉を失いかける。尋常ならざることを耳にして頬を赤く染めながらソウゴを見据える。
怒りの矛先として。
「こんな幼い子と同棲? それもファーストネームなんかで呼ばせて……あなた私のことを子供とか貶しておきながら、自分は年端もいなかい少女と一つ屋根の下で暮らしているなんて、どういう神経しているのよ! 変態だわ!
あなたみたいな性癖を持つ男性を旧時代ではなんて忌み嫌い呼んだか知っている? この際、教えてあげるわ。ロリコンっていうのよ!」
「全てあらぬ誤解だ! こいつはサクと言ってあくまで俺の同居人。こいつの言い方が間違っているだけなんだよ。少しは落ち着け!」
ソウゴの反論にマヒルは疑惑の目を変えない。
「同居人とか言ってごまかしているだけでしょう? 旧時代ではその……あるまじきことにセックスフレンドっていう存在もいたみたいだし」
マヒルの捲し立てる内容にソウゴは嘆息したようだった。
そして場を取りなすように事情を説明していく。
「……とにかくお前は旧時代の色恋沙汰に熱中しすぎだ。サクの体を触ってみろ。こいつはハーフ型アンドロイドなんだ。
限りなく人間に見えるが、脳を基盤に皮膚や体毛とか髪の毛は本物の人間から移植しているが、中身は全て機械仕掛けだよ」
マヒルはとても信じられず口を半開きにしたままサクを凝視する。サクは相変わらずの冷淡な声色でマヒルに言った。
「ソウゴの指摘通り、私は人間ではありません。主要な臓器と基本的な骨格は全て人工物によって構成されています。生身の人間から移植できるものは、可能なかぎり使用していますが」
人体構造をまるで他人事のように解説してから、サクは何とマヒルの手をとって自らの心臓部分にそっとあてる。
突然の行為に戸惑うマヒルだったが、心臓が脈打つ鼓動が触覚を通じて伝わってこないことに驚きを隠せなかった。
体温さえなくひんやりとした感触だけが残る。まるで金属のようだ。にわかには信じられないようにサクから手を離したマヒルにソウゴは告げる。
「言った通りだろ? だからお前が勘違いしているような関係には俺たち成り得ないんだよ」
マヒルはサクをチラリと見たが相変わらずの無表情で感情は読めない。
「でも……旧時代にはいかがわしい行為をする専用の人形とかあったっていうじゃない? その……ラブドールとか言う……」
苦し紛れにまだ追及しようとするマヒルにソウゴは冷たい視線を送る。
「どうやってそんな知識を仕入れているんだよ……いかがわしい妄想抱いているのは圧倒的にお前のほうだろ? 脳内発情娘かよ……」
ソウゴに反応するようにサクも付け加える。
「私にはいわゆる、生殖器官や機能は備わっていません。どうやっても本物の女性にはなりえないのが現状です」
デリケートな事実を包み隠さず真顔で話すサクにマヒルは後ろめたさを感じた。
自己嫌悪にも似た感覚。配慮を知らない自分。人間であるのが当たり前だと思っていたことに対する浅はかさをマヒルは痛感した。
だが脳内発情娘とはこの清き乙女に対する言葉? と反論したくなる。
ただ、その、旧時代の保険体育的な知識が豊富なだけだ……
「……ごめんなさい、私よくあなたの事情もよく知らないで……」
「構いません、最初は誰でも同じ反応をするでしょうから。それと私のことはサクと呼んでください。あなたという名称には慣れていませんので」
「分かったわ、サクちゃん」
要望に応えるようにマヒルはこの小さな少女に微笑んでみせる。和やかな空気になりつつある最中でソウゴが水を差した。
「助けてやったのに、人のプライバシーを詮索しやがって……」
淫乱呼ばわりされ、堪っていた怒りをついにマヒルはぶつける。
「何よ、その言い方は? 私はただサクちゃんのことが心配だっただけよ。こんな可愛らしい娘があんたにこき使われてないかってね」
マヒルのお節介ぶりにソウゴは反論する。
「サクに全てを押し付けたりはしてねえ。ちゃんと役割分担をしっかり決めながら生活しているに決まっているだろう?」
「どうかしらね。私の看病もサクちゃんが全部していたらしいじゃない。あなたはその時、何をしていたっていうのよ?」
マヒルの鋭い追及にソウゴは口を噤む。そんな家主を庇うようにサクがマヒルに事情を詳しく説明しにかかった。
「ソウゴは決して何もしていなかったわけではありません。私が看病している間、ソウゴはあなたが今身に着けている下着を買いに行くという、重大な使命を果たしてもらいました」
『…………』
サクのカミングアウトにしばしの沈黙がリビングを支配する。
マヒルは羞恥心と妙な怒りが合わさって肩をわなわなと震わせる。
「……サクちゃんが着せ替えてくれたんじゃないの?」
「もちろんソウゴが買ってきた下着を、私が責任を持って着せ替えさせてもらいました。ソウゴの言葉通り、役割分担というやつです」
「何か、絶対、根本的に間違っているわよ! サクちゃん!」
マヒルは目前にいる男が選んできた下着を身につけているという羞恥を知らされ、女として大切に守るべきものを蹂躙された悲しみから、サクの肩を強引に揺さぶり訴えた。
「……別に俺が直に裸を見たわけじゃないんだからいいだろ」
「それ以上に大切な何かを失ったわよ!」
「俺だって女物の下着買う時、店員に冷たい目で見られて恥ずかしかったんだからな! あの視線は変質者に対する警戒心だよ。これからもうあの店にいけなくなったわ!」
「知らないわよ、あなたの些細な羞恥心なんて!」
このままでは際限なく言い争いそうな二人の間にサクが割って入る。
「それよりもマヒルさんが意識を取り戻したら、これからどうするかについて話し合うため、事情を聞く予定ではありませんでしたか? ソウゴ」
「ああ、そうだったな……俺の大問題をそれよりもと片づけられるのは虚しいが……」
サクにそう諌められて本来、成すべきことを思い出したかのように、ソウゴは改まってマヒルに視線を向け直した。
真剣な表情にマヒルもたじろぐ。
「俺たちのことはだいだい打ち明けたが、まだお前から話を聞いていない。どうして優性因子ゲノムのお前が、あんな物騒な場所にいたんだ?」
率直な問いにどう答えていいのかマヒルは迷った。仮にも助けてくれた相手になのだからありのまま真実を話したい。
だが全てを正直に告白しても信じてはもらえないだろう。
それに無関係な人たちを必要以上、巻き込みたくもなかった。
「……防空シティーから逃げてきたのよ」
結局マヒルは個人的な内情は伏せて、統治機関の追手から自由になるために防空シティーから小型シュートボックスに乗り込み外界へ逃げてきた経緯を話した。ソウゴは納得のいかないような顔でさらに問い詰める。
「どこの防空シティーから逃げて来たんだ? グラウンド・ゼロ以前に都市型シェルターはいくつも建造されたはずだ」
急に詰問され戸惑うマヒル。
「呼称なんて教えてもらえなかった……ただ<トウメイ・ストリート>とか<エビナ・ステーション>の固有名詞しか聞いたことがないわ」
マヒルが紡いだ単語を耳にしてソウゴの表情が曇った。
「よりによってカントウ最大の第7防衛シティーから逃げてきたのかよ?」
「カントウ?」
「旧時代、今となっては古称になったここトウキョウ23クを中心とした広域を指してカントウと呼んだんだ。第7防衛シティーはカントウでも最大勢力を誇る防空シティーだ」
「へぇ~そうだったんだ?」
素直に感心しながらソファーの上に乗って頷いているとソウゴは呆れたように息をついた。
「何でその最大勢力を誇る都市の統治機関とやらが、お前みたいな一般の優性を捕まえようとしているんだよ?
各防空シティーには実行支配の力を持つ組織が存在するのは情報として知っていたが、理由もなく民衆を付け狙う話は聞いたことがない」
当然の疑問にマヒルが口を閉ざしているとソウゴは気まずそうに顔をそらす。
「まあ、込み入ったことを興味本位で聞く気はねぇよ。誰にでも触れてほしくないことぐらいあるからな。ただこれだけは忠告しておく。お前は防空シティーから逃げてきたと言ったがこの俺から見れば外界の方がはるかに危険だ」
「……何でそう言い切れるのよ?」
「グラウンド・ゼロ以前の世界、つまり旧時代にあった中央政府や関連機関なんて、今現在は姿かたちもない。グラウンド・ゼロ勃発後に暫定自治区が各地に乱立して、紛争介入したが結局、混迷状態に逆戻りしてしまったらしい。
俺たちが暮らす旧トウキョウ23クもいくつかの闇組織が縄張り争いをするエリアで、犯罪紛いな行為が平気でまかり通る。独裁者がいないだけ他のエリアよりマシだがな。まあ、つまりお前を拉致しようとしたような奴らが、外界には腐るほどいるってわけだ」
下界の惨状を初めて生で聞き、顔を強張らせるマヒルに対しソウゴはさらに告げた。
「特にお前みたいな優性の女が気軽に出歩けるような場所じゃない」
外界において優性の人間が抱える暗い現実が浮かび上がってきた。
それでもかつて旧時代の書物や文献を読み漁って得た、自分の貧弱な知識では理解できない根本的な問題がある。
「ねぇ、グラウンド・ゼロって具体的に何が起こったの? 私、歴史的にそれ以前の世界を旧時代と呼んでいることぐらいしか知らないの。その……防空シティーじゃ、誰も教えてくれないから……」
ソウゴは食いつくように尋ねるマヒルを戸惑うような顔つきで見つめる。
「……本気で言っているのかよ、お前? リアルタイム経験者はほぼ死んだはずだから俺も詳しくは教えられないけどな、あの大惨事についてまったく無知な奴なんて今時いないだろ……
まあ、簡単に言うなら文明が極度に進展した旧時代では、同時並行で大気汚染も急激に拡大して社会問題になっていたんだ。特に光化学粒子の蔓延は医学的にも恐れられていた。だけどこの段階では吸い込んだ光化学粒子が、即人体に影響を及ぼすようなことなんてなかったのさ」
「どういうこと?」
「つまり光化学粒子が大気拡散し続ければ危険だと当時の科学者は認識していたが、人命に関わる問題じゃなかった。ところが光化学粒子を完全に除去する理念を持った科学者たちが集結し共同研究の末に行ったプロジェクトが世界を変貌させたんだ。
通称グラウンド・ゼロ。光化学粒子を電離還元する特殊なイオンを成層圏へ打ち上げ大地を浄化する無謀な計画さ。ところが結果的に特殊なイオンは粒子の毒性をさらに強め、屋外にいた人間の遺伝子構造を変異させたんだ。その後はもう分かるだろう?」
ソウゴの問いかけに掠れた声でマヒル小さく呟く。
「何故か、感染型光化学粒子に適応できる劣性因子ゲノムを大量に生み出した……」
「そうだ。感染型光化学粒子の免疫があるのに、従来の遺伝子が変異した理由から逆に劣性と差別され始めたなんて皮肉な話だけどな。
その一方でグラウンド・ゼロを発動させる前に、万が一の危険に備え常設された防空シティー内へ避難していた特権階級たちは遺伝子構造の変異を免れた。その小数集団が優性因子ゲノムと呼ばれることになる。つまり――」
じっと聞き入っていたマヒルはソウゴの意図を掴んで言葉を続ける。
「私たちの祖先ってわけね」
「……ああ。主に旧時代でも社会的地位に就いていた連中が大半だけどな。そいつらが感染型光化学粒子から我が身を守るため、外界で暮らすのを簡単に放棄した。そこで予め築かれた各地の防空シティーに隠れて文明の続きを開始したんだ」
「彼らから見捨てられたせいで外界は……」
「この有様さ。指導的な立場にあった人間が一気に抜けたせいで、内乱状態に陥り、争いは続いてついには荒廃した」
マヒルにとって初めて触れる真実。幼い頃、母から旧時代の書物を与えられてきたが、グラウンド・ゼロ関連の記述は一切抜け落ちていた。
もちろん母の死後においても世界の根幹にあたる事実は書物から得られなかった。完全なる情報統制があったわけだ。
母が望んでしたとは思えない。恐らく自分を牢獄していた統治機関が意図してやったのだろうとマヒルは推測する。
「私たちその因縁を引き継いでいるわけね……」
「まあ、そうなるな。だからよけい普通の優性は外界で適応できないと俺は思う。できるなら早いところ防空シティーに帰った方が、お前のためになるはずだと一応、忠告しておく。お前が望むならここに匿ってもやれるが、いつまで俺たちがそうできるかも未知数だしな……」
ソウゴたちの苦しい内情は最もだ。マヒルはそう自分に言い聞かせる。必要以上に世話になれば彼らに迷惑をかけてしまうのは明白だった。
ただ何故か一抹の寂しさを感じてしまう。
どこか無意識に自分はこの少年が手を差し伸べてくれるのを期待でもしているのだろうか?
「分かったわ。でも、この先どうすればいいのか自分でもまだ決めてないの……」
「実は外界から防空シティー内へ行く手段はいくつかある。物資のやり取りのためにな」
衝撃の発言にマヒルは目を見開いて驚く。
完全に閉じた空間だと思っていた防空シティーが外界と交易していたのだ。
「一番ポピュラーなのが、定期便としてある箱舟という乗り物だ。どうやって防空シティー内へ入るかは知り得ないけどな。チケットは結構値が張るが、手配できないわけでもない」
そう配慮してくれるのはありがたかったが、マヒルは乗り気ではなかった。
防空シティーには自分が帰るべき場所などもうどこにもないからだ。
信頼できる人もいない。誰一人として。
――懐で睡眠モードを謳歌しているイブ以外には。
そう軽く塞ぎ込んでいると、マヒルはゴミ捨て場に置き去りにしてきてしまったもう一つの大切な存在を思い出した。
「……ねえ、夜が明けたらもう一度、私を昨日いた場所に連れて行ってくれない? 防空シティーから乗って来た小型シュートボックスが無事か確かめたいの。あなたがオーバーテクノロジーと呼んでいたものよ。自分がどうするかはそれから決めるわ……」
マヒルがそう頼み込むとソウゴは頷く。
「……ああ。案内するさ」
そこでひたすら律儀にソウゴとマヒルのこれからの行動を決めるやり取りを見守っていたサクがタイミングよく提案しにかかる。
「話がまとまったのなら夕食にすることをお勧めします、マヒルさん、おまけにソウゴ。せっかく作った料理を捨てるのは経済的にもよくありませんから」
「俺はついでかよ!」
「病人が優先です。エッチな手つきの男性は後回しですから」
蔑にされツッコミを入れるソウゴにサクはあくまで冷淡に返す。
「だから、あれは……」
再度、弁解するソウゴにマヒルは目を光らせる。
「あれって何?」
「まあ、気にするな。お前も腹減っているんだろ? 一緒に食おうぜ」
釈然としないが、ソウゴの指摘に自分がかなりの空腹状態であることをようやくマヒルは自覚した。
「ええ、お願いするわ」
他人と食事を囲むのはいつ以来だろうか? かなり久しぶりに家庭のもてなしを受けて、マヒルは仄かな暖かさを感じた。
サクがキッチンからトレイに載せて運んでくる見たこともない料理が放つ香しさにマヒルの胃袋も軽く収縮する。脱走して以来、何も口にしていなかった。そしてもう一匹―
『何かいい香り……私が食べられない構造だからってマヒルだけ狡い』
「都合がいい時に起きて来るんじゃないわよ!」
いきなり起床したイブにマヒルは思いっきりツッコんだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇
防空シティーのセントラル区域にある統合参謀ラボ。
その内奥にある最機密区画で責任者であるカルマは、薄緑に輝く特殊な溶液が入った大型カプセルを眺めながら、通信機から流れてくる主任護衛官の報告をじっと聞いていた。
周囲にはあらゆる計測機器や制御装置が取り囲むように並んでいる。
そこから無数のケーブルが伸び研究フロアー一体のスペースを占めている巨大な粒子加速器に接続されている。
カルマが先導して進めている研究、いや計画の核となる重要な機材だ。
実験に集中したいにも関わらず、粗野で野太い声がカルマの指示を求めてくる。
『ゼロ等試験体を搭載した小型シュートボックスの着陸点をレーダーで探ったところ、あなたの指摘通り旧トウキョウ23クだと分かりました』
「やはりそうか……それで?」
『旧トウキョウ23クにいる有力者にコンタクトを取り、探りを入れたところ、ゼロ等試験体の外見とよく似た優性の少女を見たという証言をある盗賊グループから得ることに成功しました。情報の信憑性も高いと思われます』
カルマはまず必要な確認をとる。
「危害を加えられてはいないんだろうな?」
『恐縮ながらそこまでの詳細は不明ですが、情報源によれば第三者の手によってそのまま連れて行かれたようです』
「ならばその盗賊グループでも雇い入れてゼロ等試験体を捜索させるんだ。
金をある程度、積めば目先の利益で動く連中も大人しく従うだろう。もし難航するようならまた報告してほしい。こちらでも独自に対策は考えてある」
『はい。了解しました』
ようやく通信機からの煩わしい声が止み、カルマは研究フロアーの隅にあるデスクへと向かった。
使わなくなって久しいためか、机上にはホコリがうっすらと積もっている。
カルマは懐からカードキーを取り出すとデスク下に備え付けられた金庫のロックを解除した。そして中から無線タイプの小型リモコンを手にする。
「これでもまだ逃げ続けられるかな? わが娘」
カルマは愛撫するように指先でリモコンを弄ぶと、ためらいもなくカウントダウンの起動スイッチを押した。
これで一章は一応完結です。二章以降は引き続き更新していく予定です。どれだけかかっても途中でぷっつり放棄したくはないです。
一応、原文は完成しているので、一から執筆するより時間はかかならないのですが何分、既存作品と被っている点が散見し設定を大幅をしてできるだけ被らないように対応しています。
更新頻度は遅めになることを了承してほしいです。
あとは一応、就活生なので時間がとれない問題もあるのですが・・・
とにかく次の更新を目指して頑張るのでどうかよしなに。
今後もよろしくお願いします!