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一章 雛鳥、外界へ舞い降りて その2

 意外と早く一章の続きをアップ出来ました。ただこの先は時間がかかりそうなのでしばらく待って頂けると有り難いです。

 また、感想なんかも下さるとなお嬉しいです。

 

 

 濁りきった大気のせいで、月を拝めた経験は外界に捨てられてから一度もない。赤外線機能搭載のゴーグルを通して夜空を見上げながらソウゴは小さく溜息をつく。

 どこまで見渡しても地上を圧迫するように漂う感染型光化学粒子を含んだ黒煙のせいで、昼と夜の区別もつかないのだからいつ月が現れるのかさえはっきりしない。

 だが腕時計を覗けばもう夕刻をとうに過ぎたのは確かだ。

 感染型光化学粒子さえなければ、外出するだけでこんなにも暑苦しい物を身につけずに済んでいたであろう。ソウゴは型落ちしたガスマスクの装着具合を手で確かめるよう恨めし気に撫でる。  

 いや、元をたどれば優性因子ゲノムである自分が、外界で暮らしているのだから不便なのだと愚痴ってみる。

 穢れなき遺伝子を持つとされている優性の個体は、この劣悪な環境においては逆に上手く適応できず足かせになるにすぎない。何とも皮肉な運命だ。

 そう思うと同居人から短めに刈りこんでもらったこの黒髪も疎ましく思えてくる。旧時代からこの地域における伝統的な血縁では、髪も瞳の色も漆黒だったらしい。

 ただあの忌まわしいグラウンド・ゼロ以降、劣性遺伝子に変換してしまった人間の大勢が漆黒を失い、あらゆる身体の変色をきたしてしまっのだ。

 したがって外界において漆黒は憧れの象徴として見られている。純粋な血縁として。それでもソウゴ自身は嫌っていた。外で自由に空気も直に吸えないのだから、純粋な血縁など少しの役にも立ちはしないからだ。

 だが今は己の出生を呪っている暇などない。

ソウゴは携帯タイプのレーダー観測器(ジャンク品店でかなり高額だった)を睨みながら自分が暮らす雑居街から東へはずれた地点をひた走る。

 つい先ほど強い電磁波を観測器がとらえていた。獲物探しに出かけてから、こんなにも早く大きな反応が起きるなど思いもしなかった。もしかしたら防空シティーの連中がうち捨てた(実際には打ち上げた)簡易シャトル―宝箱の中身は貴重なオーバーテクノロジーかもしれない。

 この地上では頻繁に用済みとなったあらゆる物資が、防空シティーから簡易シャトルで投棄されそのまま落下してくる。

 こういった物の多くはあらゆる分野で技術力の劣った外界において貴重品として扱われ、オーバーテクノロジーと呼ばれている。そうして一部は研究対象に、あとは売買されるケースがほとんどだ。

 ソウゴも例にもれず廃棄された簡易シャトルからオーバーテクノロジーを掘り出してさらに使えそうなパーツに分解し、業者へ売りさばくことで生計を立てている。

 よってレーダー観測器が受信した今回のチャンスを逃したくはなかった。幸いなことに競争相手――同業者の影はないからだ。

 感染型光化学粒子の影響で腐敗し切った土壌を強く蹴り上げながら、レーダーの行方を頼りに進む。このまま行けば雑居街から少し外れて、旧時代に栄えた廃棄物処理場に辿りつく。 

 自然分解できない科学製品(朽ち果てたガラクタ)が山積みになっている広大な更地だ。

 なるべくなら足を踏み入れたくないソウゴだったが、貴重品を釣り上げるためには仕方がないと思い直す。それに成果なしで帰宅すれば同居人に何て嫌味を言われるか分かったものでない。

 ソウゴが頭上を再確認した直後、向かっている先に追い抜かれるよう何かが地面へ直進していく。黒煙のせいではっきりは分からない。視認するためゴーグルの赤外線機能を働かせても輪郭をとらえるのがやっとだった。

 滑らかな球状のボディー。あれは人工的な造形だ。もしかしたら簡易シャトルどころではなく何からの実験機体なのかもしれない。

 もしそうなれば貴重度は格段に跳ね上がるだろう。ソウゴはパーツの換金学を頭ではじき出しながら胸を躍らせて廃棄物処理場へ一目散に駆け出した。


   

◆◇◆◇◆◇◆◇


 

 小型シュートボックスが着陸した瞬間に発生した縦揺れは、マヒルが警戒していたほどひどくはなかった。恐らく衝撃緩和装置が正常に働いたためだろう。

 マヒルは操縦席に縛り付けられた拘束具を手早く解くと、小型シュートボックスのAIが残してくれた忠告を守って防塵マスクで口と鼻を覆う。呼吸する分には違和感がないのがありがたかった。

 モニターの映像どころか照明も消え、すっかり静まり返ってしまったコクピット内部をマヒルは軽く見渡す。未練に駆られてもう一度AIを呼び出そうとしたがやめた。

 機能が停止するようにプログラムされていたということは、すぐに機体から立ち去りなさいという母の意図があるように感じられたからだ。マヒルは深呼吸して気持ちを落ち着かせるとAIから指南されたパネル上の開閉キーに手をかざしにかかる。高まる緊張感。だが――

『ビビっていないで、早く外に出ようよ、マヒル』

「……うるさいわね。興奮しているだけよ」

「ハツジョウしているの?」

「……な訳ないでしよう」

 普段この対話用ドールと自分がどんな会話をしているのか懐疑的になりながら、マヒルはムードを壊されたように開閉キーに触れた。

 すぐに壁面のゲートが滑らかに開き、マヒルがイブを伴い体を屈めながら搭乗口を抜ければ復元力が働くように再び自動で内部が密閉された。

 事実上、退路を断たれてしまったマヒルは地上に降り立ち頭を上げる。

 そこでようやくずっと憧れを抱いてきた下界を拝むことができた。だが期待はすぐさま失望に変わりやがて深い悲しみがマヒルの胸に押し寄せてくる。

 どす黒く混濁し切った空気からはマスクを通しても強烈な異臭を感じ、化学反応で原型をとどめていないほど溶解した産業品がここら一帯にうず高く積まれている。

 マヒルは足元に視線を落とす。何よりも見たかった大地は腐敗が進み、痩せ細ってしまっている。豊かな樹木や麗しい花どころか雑草一つさえ生えていない。

 全てが死んでしまっている。

 旧時代の書物や文献からあまりにもかけ離れた現実を目の当たりにして、マヒルは沸き起こる当惑を隠しきれなかった。

『何だか寂しい場所』

「そうね……」

 イブの囁きに冴えない声で答えるマヒル。

 一体、ここで何があったのだろう?

 物思いに沈んでいるとイブが小さな身体を震わせた。

『マヒル、誰か来る。それも大勢』

 その言葉通り、背後から忍び寄ってくる一団の気配をマヒルは感じる。完全に不意を突かれた。

 マヒルが遅れて意識を向ける。だがすでに時は遅く黒を基調とした迷彩柄の戦闘服を着た男たちがマヒルのいる地点を見定めてすでに接近してきていた。

 どの人間もまだ若く、マスク類は身に着けていない。髪や瞳の色合いもバラバラでマヒルは相手が劣性因子ゲノムであることを悟る。

 その粗野な風貌は旧時代の物語で読んだ野盗の姿と重なる。

 マヒルが緊張のあまり膠着していると、一団の一人―くすんだ金髪を靡かせた男が奇声を上げた。

「おい見ろよ、女だ。オーバーテクノロジーの反応を辿って、こんな薄気味悪い所まで来たかいがあったぜ。なあ好きにしていいだろう? 首領」

 粘着質な視線を向けられ、身の危険を感じたマヒルは一歩後退する。だが首領と呼ばれた長身の男が小型シュートボックスを指差し冷静に口を挟む。

「それよりもそこに転がっているオーバーテクノロジーの吟味が先だ」

 母が設計した大切な機体を値踏みするかのように見られて、マヒルは黙っていられずに両腕を広げ立ちはだかった。

「この機体に汚い手で触れないでくれる?」

 勇気を出して威嚇するマヒルを金髪男が再び凝視する。

「なあ、こいつ見たことない型だが防塵マスクしているぜ。髪も漆黒だ。優性に違いねぇよ!」

「何だと?」

 首領の男もマヒルに食いつく。途端に男たちの態度が急変した。興奮したように金髪男が卑下な笑みを剥き出しにしながら続ける。

「オーバーテクノロジーよりこの女を売った方が金になりますよ、首領。持ち帰ってもいいですよね?俺、優性の女なんて初めてなんですよ」

 首領と呼ばれた男は一言で言えば冷徹だった。長身で丸刈りの頭にシャープな顔立ち。厳しい視線をマヒルに投げかける。マヒルは心の中で否定して! と願った。そうしなければ小型シュートボックス内でイブが予言した通りになる。しかし――

「……好きにしろ。その代わり俺たちがオーバーテクノロジーを解体するまで、お前がちゃんと面倒を見るんだ」

「了解しました。へへっ」

 首領に促され、金髪男が下賤な笑みを湛えながらマヒルの腕を取る。力任せに引き寄せられてから、お気に入りの黒髪をいやらしい手つきで撫でられたのが我慢の限界だった。マヒルは悲鳴を上げる

「やめてっ、この変態!」「抵抗されると余計、興奮する性質でね」

 金髪男が指先をマヒルの顎に這わせようとした瞬間、新たな声が響き渡る。

「その女から手を離すんだな、下種野郎」

 マヒルが声のする方向へ顔をやれば廃品の山に登った少年が、銃口を向けながら威圧するようにこちらを見下ろしていた。

 ゴーグルを付けていても分かる鋭い双眸。短め目に刈られた黒髪と、マスクまで装着していることから自分と同じ優性因子ゲノムなのだろうかとマヒルは推察する。

 ぞんざいな相手の口調に対し金髪男が怒りにかられて叫び返す。

「偉そうにしやがって、誰だよ? てめぇ!」

「お前たちと同業の者だよ」

「……そうかい。ならここで死ね」

 旧式のオートマチック銃を懐から抜き放とうする金髪男。だが動作の途中でいきなり後方へ吹き飛ばされてしまう。位置関係から山場にいるゴーグル男が放った銃撃に違いない。

 だがマヒルにはその実弾が一切見えなかった。気絶したまま動かない金髪男を見て、部下の一人が何かに気づいたように首領に対し報告する。

「こいつ、オーバーテクノロジーの第二級品、圧縮銃(エアーハンドガン)を持つ回収屋ですよ。優性で孤立しているくせに、どこのグループに入ろうとしない変わり種で、俺たちの縄張りも何度か荒らされています」

 圧縮銃という聞き覚えのある単語にマヒルは反応する。ゴーグル少年が構えている銃をよく観察すれば、確かに防空シティーの治安部隊に配備されている物と酷似していた。

 ただし型落ち品であろう。

 圧縮銃は名前の通り実弾を込める必要はなく、周りの空気を取り込んで圧縮し、塊として放つ構造になっている。

 殺傷能力は低いが、弾切れの心配がいらない利便性がある武器として防空シティーでも知られていた。

 首領がゴーグル少年の出方を慎重に見極めながら部下たちに命じる。

「女を先に連れていけ。コイツは俺が片付ける」

「交渉決裂だな」

 ゴーグル少年は一言呟くと、予備動作なしに廃棄物の山から大きく跳躍する。そして完全に隙を突かれた一団のど真ん中へと見事に着地。少年の編み上げブーツが鳴る。

 棒立ちになっている部下二人の腹部にひじと膝を打ち込んで無力化にすると、ゴーグル少年はマヒルの手を取り、強引に歩かせようとする。

「早く着いてこい!」

「ちょっと、いきなり何なのよ!?」

 マヒルの不平に耳もかさずゴーグル少年は圧縮銃で威嚇し一団の陣形を乱しながら突破を図る。そのペースに巻き込まれながらマヒルは弾む息を押し殺す。

 さらに振り返ると仲間を倒され、完全に逆上した残りのメンバーがなおもこちらを追走してくる。禍々しく積み重なったゴミだらけの荒地を得体のしれない少年に手を引かれ駆け抜けるマヒル。

 一段と高い廃棄物の山を影にして一団の追手をやり過ごすべく、ようやく立ち止まったゴーグル少年の手をマヒルは無理やり払った。

 これ以上、知らない相手に対し黙って従う状況に嫌気がさしたのだ。

「あのねぇ、一体、私をどうするつもりよ? あの連中みたいに、イヤラシイこと企んでいるんじゃないでしょうね!?」

「いいから黙っていろ。奴らに捕まったらお前はそれどころじゃ済まなくなる。俺はそういう未来を丸ごと失った優性の女をくさるほど見てきた」

 相変わらず不遜な態度にマヒルは怒りが募る。

「じゃあ、あなたは一体誰なのよ? それにこんなところで何をしていたの? 名前も素性も知らない相手に従えられるわけないじゃない」

 マヒルの正論にゴーグル少年はしばらく口を噤んだ。そしてゆっくりと息を吐き素性を説明する。

「……ソウゴだ。性はとうに忘れた。外界じゃ、名前しか用いないからな。この先にある雑居街に住んでいて、あの連中みたいにこの辺までオーバーテクノロジーを探しに来ていたんだよ。そうしたらお前が連中に絡まれていたってわけだ」

 つまりこの少年も母が設計した物が目当てだったわけかとマヒルは警戒する。だが危ない所を助けてもらったのは事実なので、深く追求せずに礼を述べることにする。

「……そうなの。私はタカミヤマヒル。さっきはありがとう。それで追っかけて来る陰湿な人たちは何者なの?」

 その返答でソウゴは初めて驚愕するように、瞳を見開きマヒルとまともに顔を合わせた。真剣で真っ直ぐな眼差し。不覚にもマヒルは一瞬ドキッとする。

「……お前、まさか何も知らないのか?」

「当り前よ。さっき外界からやって来たんだから」

 変に威張るマヒルにソウゴは深いため息をつく。

「何だよ、その旧時代に普及していたショウセツみたいな設定は? 異世界からやって来たお姫様気取りかよ? まったく、とんだ厄介者を拾ってしまったな……あいつらは盗賊グループの構成員だ。ああやって集団規模でオーバーテクノロジーを根こそぎ持ち帰ったり、ひどい時には他人から奪ったりする。あとは若い女がいれば力ずくで拉致してから、売春業者に高値で引き渡すなんてことも平気でやるんだよ。要は金になるとこは何でもする連中さ」

 一気に捲し立てるソウゴの言葉をマヒルは噛み砕いて結論付ける。

「つまり、あの人たちは妙齢で魅力ある私を売春婦にしようとしていたわけね」

「……いや、お前みたいな子供は普通、敬遠されるんだ。けど優性を好みとする金持ちからも需要があるから、奴らは高額になると踏んでお前をつけ狙っているんだよ」

 ソウゴの指摘はピンポイントでマヒルの逆鱗に触れた。

「言っておきますけど、私こう見えてもうすぐ十六になるんですけど」

 氷点下の視線を向けられソウゴは驚く。

「えっ? そうか。その体付きで……そりゃ悪かったな……」

 ソウゴは主にマヒルのあまり発達しているとはいえない胸部を見ながら丁重に謝罪する。

 余計にプライトを傷つけられたマヒルがさらに文句を垂れようとしたら、ソウゴにいきなり手のひらでマスクの呼吸口を封じられた。

「静かにしろ。奴らの一人がこっちに近づいてくる」

 もがくマヒルを押しとどめるようにソウゴは二人の体を死角へと隠す。

 部下の一人が小銃を抱えながら巡回する足取りでこちらに歩いてくる。敵が離れようとしないのでソウゴは退路を確保するべく、クズ山から捨てられた何かの小型部品を手に取った。そうして雑居街とは反対になる廃棄場のさらなる奥地へと投げつける。

「そっちか?」

 物音を察知した敵がソウゴの策に引っ掛かりこちらから勢いよく遠ざかって行った。マヒルは感心するようにソウゴを褒める。

「あなた、悪知恵は働くようね」

「……ほっといてくれ。それよりも今の内に雑居街の方へ急ぐぞ。そこなら人通りもあって、奴らも無理に手出しはできないからな」

「……分かった、とりあえずあなたに着いて行くわ」

 マヒルはソウゴの導かれながら先ほどの男とは逆方向へ駆ける。

 大地を蹴ることで腐敗の影響から土が砂塵のように舞い上がり、保温スーツに付着するのもお構いなしだ。女としてあるまじき荒んだ姿だ。だがひたすら走る。

 しばらく進むと廃棄物の塊が減っていき、視界が開けてくる。ついには薄汚れた鉄筋コンクリート製のビル群が遠目からでも確認できた。

「あれは旧時代にマンションと呼ばれた住居よね? 今はどうなっているの?」

 マヒルが興味にかられて尋ねてみれば、ソウゴは気のない返事をする。

「今でも人が住んでいるさ。大概が富裕層だけどな。それより、これから雑居街に入るからもう走らなくていいぞ」

 ソウゴの説明通り、更地の部分からひび割れたアスファルトへと連なる境界線がはっきりと見えてきた。マヒルはソウゴに合わせて速度を緩める。

 いくらか安心してマヒルが息を吐いたまさにその時、行く手を阻むかのように一団の数名が先回りして集結していた。

 どこへ行ったのか長身で目立っていた首領の姿はなく、残党の部下三人だけだ。

「ここさえ押さえておけば、いずれ来るだろうとは思っていた。確かお前はここら一帯の雑居街を根城にしていたはずだからな」

 部下の一人がソウゴを見据えて笑う。そのしつこさにマヒルが不安を抱く。ソウゴは圧縮銃をゆっくりとした動作で構えながら、マヒルに指示を出した。

「ここで大人しくしていろ」「うん……」

 マヒルが少し離れた位置から見守る中、ソウゴと盗賊グループの残党たちはにじり寄りながら互いに出方を探る。

 硬直状態がしばらくあり、先に仕掛けたのはソウゴだった。

 圧縮銃を散弾しながら突っ込んでいき、三人の連携を妨害するように分散させる。残党たちはバラバラになりながらもソウゴに詰め寄る。だがソウゴの方が数段速かった。一人に足払いを放ち地面に転がすと、上から確実に空気銃を撃ち気絶させる。

 さらに背後から迫り殴りかかる男の拳を腕でさばいてからの強烈な上段蹴りを見舞わせる。カウンター気味に入り相手の側頭部を痛打。二人目が失神する。

 息つく暇もなく仲間をやられ、逃げ腰になっている残り一人をソウゴは実弾を撃たせる間も与えず圧縮銃を連射しなぎ倒した。

 予想外なソウゴの強さに面喰いながらも、敵が全ていなくなり胸を撫で下ろすマヒル。合流しようとした刹那――ソウゴが叫ぶ。

「あと一人残っている。逃げろ!」

 とっさにマヒルが後ろに体を向けると、太い腕が伸びてきてマヒルの細い首に巻きつく。盗賊グループの首領だった。マヒルは抵抗も出来ずに羽交い絞めにされる。ソウゴが足を踏み出すタイミングを牽制するように首領が言い放つ。

「動いたらこの女がどうなるか分かるな?」

「大事な売り物じゃないのかよ?」

「ああ、だから利用させてもらう。持っている物、全部置いてこの場から立ち去れば、無傷で見逃してやる。だが逆らえばこいつが苦しむ姿を餌にしてお前をなぶり殺す」

 マヒルからはソウゴが逡巡しているように思えた。当然だ。会って間もない人間のために自ら犠牲を払うなんてよく考えれば馬鹿げている。黙って退けば、あの人は少なくとも助かるのだから。

 マヒルはそう結論づけて叫んだ。

「私のことはもういいから逃げて!」

 だがソウゴは無言で圧縮銃をまっすぐ向ける。首領は嘲笑うように返す。

「この女と心中する気か? 行きずりで会っただけの女なんだろう? 放っておけばいいものを馬鹿な奴だ……」

「本気で助ける気がなかったら、最初からここにはいない。俺は自分の意志でその厄介者を引き受けたんだ」

 ソウゴの瞳が実直さに溢れているのをマヒルは直視した。ゴーグル越しからでも分かる。そして相手をまったく信じきっていなかったさっきまでの自分を恥じた。

 自分は何も分かっていなかった。同時にマヒルはどうにか状況を打開しなければと気持ちを奮い立たせる。

「ならば、まずはこいつのマスクを外してやる。恐らくかなり苦しむだろうな。優性同士なら分かるだろう? 感染型光化学粒子が体内に入ったらまず呼吸困難になる。さらに一定以上吸い込むと神経がやられて死が待っている」

 残虐な言葉を並び立てながら、首領の男はマヒルの口元に指を伸ばす。その無防備な手の甲を見定めてマヒルは直感する。やるなら今しかない。

 マスクを外しにかかる手の甲をマヒルは思いっきり噛んだ。

「くそっ、この女!」

 マヒルの得意技に首領は思わず腕の拘束を解く。その隙に乗じてマヒルは前のめりに地面へ体を投げ出した。生じた一瞬の間。ソウゴが棒立ちの相手に対し圧縮銃をぶち込むには十分だった。

「女だと油断したな。心中するのはお前一人だけになったようだ」

 腹這いの体制でソウゴの吐いた嫌味を少し頼もしく聞きながら、マヒルは不意打ちを成功せるために払った代償へ手を伸ばす。

 取り外され地に落ちた防塵マスク。なるべく息をしないように気を使ったが噛みつく際、わずかに感染型光化学粒子を吸い込んでしまっていた。

 息苦しくて起き上がれない。

 ソウゴはマヒルの容体に気づくと慌てて駆けつけてくる。上半身を抱きかかえられマヒルは何故か母を思い出した。

――ねぇ、下界ってどんなところなの?

――とても寂しい所よ

「おいっ、しっかりしろ! こんな所で気絶するんじゃない」

 ソウゴの呼びかけが意識の片隅に残し、マヒルはある思いを胸にしながら眠るように瞼を閉じた。

――母さん、そんなことないよと。

 

 

 読みやすくするために段落を細かく分けました。会話の部分の行間を空けた方が、とりあえず最後まで見ようかという気分になれると思った人はレビュー抜きにして知らせて欲しいです。

 Web小説の行間の取り方がいまいち分からないので、読者の見る意欲を下げているほど行間が詰まっているようなら改善したいです。

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