距離を測りかねる二人
※ 26話の後の~
~26話のちょん切った後話。
「ありがとうございます」
私のためにと用意された部屋の扉の前に着いた。
だからお礼を言う。
やっと着いたと思った。
それなのに、もう着いてしまったとも思ってしまった。
地主様に運んでいただいた。
長い廊下も階段も、この方にかかればどうってことはない。
その事実が思い知らされた。
心苦しくもあるし、彼に対しての賞賛も湧く。
このお方は強くてお優しい。
「地主様?」
扉の前で立ったままの地主様に、どうかされたのかと問い掛ける。
もう下ろしてくださればそれで済むだろうに。
「カルヴィナ、手を」
ああ、そうか。
私がきつく地主様に縋っていたから、悪かったのだ。
両手を緩めた。
無意識とは言え、恥ずかしいと思った。
「申しわけありません」
「いや、違う。扉を開けるからもっとしっかり摑まっていろ」
「摑まる?」
どこにですかと問い掛けるよりも早くに、彼の大きな手が背をしっかりと支えた。
身体が少し浮き上がり、視界が変わった。
落ちるかと思った。
慌てて地主様の首筋に縋った。
また荷物を抱え上げるようにされたのだ。
横抱きであったのを正面から抱きかかえ直され、どうしたものかと悩む間に地主様が扉を開ける。
きぃと音が響く。
彼が一歩踏み出したから、思わずぎゅうと抱きついてしまった。
「カルヴィナ。おまえを寝台に運ぶだけだから、そう怯えてくれるな。他には何もないと誓う」
背をぽんぽんとあやすように叩かれた。
まるで子供にするみたいだと思った。
何もない? 誓うって何をだろう?
(お説教しないって事かな?)
私がまた怒られると思って、怖がったのかと思われたのかもしれない。
黙ったまま頷いた。
月明かりだけが頼りの室内は静まり返っている。
地主様はゆっくりと慎重に私を寝台に下ろす。
身体が離れる間際、彼の口元と顎が私の額を掠めた。
先程閉じた目蓋の上から感じたように、少しだけちくりとしたのは彼の髭が触れたからのようだ。
「ゆっくり休め」
そう囁いて頭を撫ぜてくれた大きな手が、そのまま流れるように頬を撫でて行く。
「はい。お休みなさいませ、地主様」
頷くと大きく頭を撫でられて、そのまま寝台に押し倒されてしまった。
「あの……?」
「もう、休め」
地主様に言われるまま瞳を閉じた。
身体をシーツに包まれるのを感じた。
やっぱり子ども扱いだ。
地主様は面倒見が良いようだ。
そのまま心地よく眠りにつく事ができたから、地主様がいつ戻られたかもわからなかった。
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夢うつつの合間に、頬にもちくりと刺さる感触があったような気がする―――。