従者のささやかな反抗
※ 3話目 前後かと。
ジェントルマンの従者 VS どうにもならん主人
・。・★・。・★・。・★・。・
「大魔女の娘よ。ちゃんと食事はとりましたか?」
「……しょ、く、じ?」
焦点の合わない瞳がこちらを見上げる。
小首を傾げてその言葉の意味を問うかのような口調に、こちらの胸が締め付けられた。
「そうですよ。きちんと何か召し上がりましたか?」
「召し上がる」
「そうです、何か食べましたか?」
「食べ、ました。前に」
「それはいつのことですか?」
「昨日よりも一日前」
それがどうかしたのかと言いたげに、少女はこちらを見ていた。
毎日尋ねては同じような事を繰り返している。
まるで他人事のように淡々と告げる少女に、焦りを覚えない者がいるだろうか?
このままではいけない。
だからこそ、主人に事実をありのまま伝えたのだ。
「大げさだ」となじられたが、実際に少女を目の当たりにした主人は言葉も無い様子だった。
いつものやり取りを見ただけで、しかるべき処置を取るべく行動を起こしてくれた。
その強引さが自分には無い。
上に立つ者特有の、時としては傲慢とも取れる行動力に、あの時は感謝した。
彼女の身を思いやってこそ、ためらいながらも実行に移すべきは「保護」だと誰もが思う事だろう。
大魔女が森の奥深くに慈しんできた、世にも稀な夜闇をまとう神秘的な美少女。
森に育まれた少女だが、今必要なのは人との関わりだろう。
例え少女が拒否しようとも。
・。・★・。・★・。・★・。・
「あ」
「なあに?」
「ジルナ様。リヒャエル様は、いつも来てくれた方です」
「そう」
庭を散策するジルナ様と少女とに出くわした。
お互い目が合うと微笑みあった。
にこにこしながら彼女が寄ってきてくれる。
可愛らしい。
そして冷気も同時に忍び寄って来た。
この春の日差しのごとき温かさに、背後の大寒波など他愛ないものだった。
無視を決め込む。
「ごきげんよう、大魔女の娘よ。お元気そうで何よりです。何かご不自由はございませんか?」
「ありがとうございます。不自由、ありません」
最後の不自由で彼女の眉が少し下がった。
嘘なのだろう。
彼女の不自由さは館内でも有名だ。
常に行動を見張られて、彼女は息が詰まる思いをしているに違いない。
何を口にしてもしなくても、主の小言をくらっている。
「そうですか。それは何よりです」
「あの、ありがとうございます。その、あの、ご不自由ではありませんか?」
「はい? 私がですか?」
「はい」
神妙な面持ちで少女が頷いた。
「私のせいで不自由な想いはされていませんでしょうか?」
「何故――?」
「私が話しかけると、皆様……困ったようなお顔をなさいます」
「そうですか。それは私にも言える事ですか? 貴女様から話しかけられるなんて、光栄の極みですよ。もしそう感じたとしたならばそれは、みんな恐れ多くて怯むのです」
怯まずにこの眼差しに微笑めばよいものを――。
僅かな反抗心を含ませて、少女の笑顔を堪能した。
「リヒャ、エル様、いつも親切にして下さってありがとうございます。感謝、いたします」
たどたどしくも一生懸命に少女は言葉を紡いでくれる。
「リヒャエル・エルンデ。長ったらしいのでどうかエルとお呼び下さい、エイメリィ様」
「お嬢さん、様? 変なの!」
「いけませんか?」
最後にはいつも同じやり取りを交わす。
その度に彼女はいつも年相応の、はにかんだ笑顔を見せてくれるのだ。
今日もくすくす笑われた。
途端にこちらの心までがくすぐられたようだった。
そう。古語でそれはお嬢さんを意味する呼び方。
綺麗な娘に対して使われる、賞賛を込めた親しい者に許される呼び方だ。
どこぞのアホウ御曹子のフルル等とはまるで違う事が伝わればよいが。
どうでもいいが、背後が寒い。
・。・★・。・★・。・★・。・
彼女が本格的に夜露と呼ばれるまでは、彼女はわたしの「綺麗なお嬢さん」なのだと心の中で主張する。