椿 9
「亜弓の恋人?日本語分かるの?私は亜弓の親友西田里子よ、よろしく。」
「よろしく、私は親戚のエドァルドだ、亜弓の家にお世話になっている。今口説いて恋人になってもらおうと、がんばっているところだ。」
「がんばってね、亜弓は相手の都合とか気にしすぎて、消極的になりすぎるからガンガン押してね。」
里子はエドァルドの手を掴んでぶんぶん振り回してる。
亜弓はさっきまで気づきもしなかった周りの視線に気後れして、なかなか顔の赤みが引かない。
「里子、どこかで食事をしながら話さない?」
「残念、今日は家族と待ち合わせなのよ、次の仕事が決まるまで親孝行するわ。」
里子は幼稚園で知り合って、同じ中学校まで進み、看護学校から他県の病院へ仕事に行き先月引き払ってこの街に帰って来た。
まだ新しい仕事は決まっていなさそうだが、この不況でも看護師の求人は困る事がないので、亜弓は少し羨ましい、でもそれより人の世話が好きで看護師を目指し、実現した親友を尊敬している。
絶対二日には遊びに行くからと約束をして別れる、里子は人目を気にせずぶんぶんと手を振りながらエスカレーターを降りて行った。
見えなくなり、エドァルドを振り返ると楽しそうにこちらを見ている。
「さ、パソコンを選びましょう、」
どの機種も同じように見える亜弓は、店員にアドバイスをもらい選んだパソコンをカードで買って車へと持っていく。
かさばる荷物を半分持とうとしても、断られる、自動扉でさりげなく扉を開けて先に行かすところとか、彼のいた世界にもレディーファーストの習慣があるのだろうか。
エドァルドは初めての場所でも全然迷うことなく、駐車していた場所へとさっさと向かっていく、自分で停めたはずなのに迷ってしまう自分とは大違いだ。
車を止めていた場所はショッピングセンター内の4階に当たる屋内になる、壁の無い吹き抜けは凍えるように寒い。
外はまだ止んでいない雪が降り続いていた、亜弓の暮らすN市は年に一、二度しか雪が積もらない、それもせいぜい5センチあるかないかだ。
明け方近くから降り始めた雪は、亜弓の初めて経験したことだった。
昼食は彼にとって珍しくて自分では作れないものと迷っていたら、彼の希望でラーメンに決まってしまった、まだ時間も早いのですぐに席につける。
ネットでラーメン好きのブログを読んで、あまりにもすごい褒め言葉に興味をひかれたらしい。
彼の世界にはない味なのか、おいしいと言いながら出された箸で必死になって食べていた。
いつまで一緒にいられるのか分からないけど、彼用の箸や茶碗も買う事に決める。
カートを押しながら食料品を選ぶ、母が生きている頃は一緒におせちを作っていた。
それだけではなく、季節の行事に合わせて料理やお菓子の作り方を教えてもらった。
母も自分の母親や、義母に教えてもらった物を私も誰かに伝える日が来るのだろうか。
一人きりになり、そんな楽しさがある事さえいつの間にか忘れてしまっていた自分に気づく。
エドァルドが帰るまで、この国の事を楽しさを知ってもらいたい、自分の世界に帰ってからも楽しい思い出になるように。
残念ながら今からおせちを作る時間はない、いくつか食べそうなパックを選んでカートに入れる。
数日分の食材や米、年越し蕎麦やお菓子、牛乳、切れていたコーヒーや紅茶、エドァルドが立ち止まって珍しそうに見ているシリアルや、スポーツドリンク類の類、確認しながら入れている。
途中で隣のお世話になっている瀬田さん(だいぶ前に旦那さんが亡くなって一人暮らしで、お世話になっている。)に電話して必要なものがないか聞いて、その分の買い物も済ませる。
割れるのが心配な茶碗だけ持たされて、重くなったカートはエドァルドが押していく。
「亜弓の、国はすごいな。」
世界と言いかけて国と言いかける、知り合いもいるかもしれない所で異世界の話を聞かれたら、頭がおかしいか、妄想好きな人に思われるだろう。
「エドの国にはないの?」
「城とか、神殿、行政署の大きい建物はあるが、商業施設が集まったこんな場所はないし、それに皆豊かで、食べ物に困っている人は誰もいなさそうだ。」
カートの上も下に置いた籠もいっぱいになり、レジを待つ長い行列の後ろに並ぶ。
「エドの国の人はどんな風なの?あ、よかったら今度ゆっくりとエドの国の話を聞かせて、」
周りの人より頭一つ高く顔も整っているエドァルドは、周りからの目が集まっている、当たり障りのない話をしながら列がゆっくりと進むのを待った。
車に戻ってエンジンをかけヒーターをつけて、なかなか暖まらない手をこすり合わせる。
「亜弓、確かに私の力はこの世界では回復が遅い、でも絶対量が多い私にとって空気を暖めるくらいは、亜弓が三歩ほど歩くのと変わらない力しか使わない。だから、手助けするのを許してほしい。」
そっと冷たい手を包み込まれる、両手から熱が伝わり、たちまち車内の空気も暖かくなった。
「ありがとう、」
素直にお礼を言う、エドァルドも子供ではないのだから、それどころか自分より年上に見えるのに、つい自分が過保護すぎたのではないかと反省する。
降り続いている雪で視界が悪い、その上ショッピングセンター沿いの幹線道路は走っている自動車が多く、道路の雪は積もっていなかったが、家へと向かうにしたがって道路も白くなってきた。
行きは車の中で会話をしていたが、今はとてもその余裕はない、早く帰りつきたい。
怖くてスピードを落とすと、ぎしぎしとタイヤの下で雪が鳴った。
遅くなりました、読んでくださってありがとうございます。
12月の話は12月中にと時間を合わせて書きたかったのに、もう3月なのに去年です。いつ追いつくのでしょう、、