椿 2
笹野の表札がある門を通り、数歩歩くと古い木造の玄関になる、見かけは古いがちゃんと補強してあり鍵も見えるものが2個、内側から隠しで一つついている、いくらここ数年事件の起きていない平和な住宅街でも、一人暮らしの家は用心するにこしたことはない。
そう思いながらバックの中の鍵を使い普通の鍵を開け、もう一つ扉の横に見えないように取り付けられている木製の蓋をずらしパネルに暗証番号を入れる。
かちりと音がしてカギが外される、いつも用心しているくせに、今、見も知らぬ人間を、それも見るからに怪しい男を、家に入れる自分の行動が楽しくて仕方がない。
「ただいま。」
返事が返ってくることはないが、いつものように言葉をかけて玄関へと入った。古い家らしく床が高く、右端は足の悪かった祖父の為にスロープになっている。
「ここで靴を脱ぐのよ、」
見かけは完全に西洋系の人間だ、日本式の家を知っているようには見えない。
男は不器用に編みこまれたブーツの紐を解き靴を脱ぎ上がる、低い下駄箱の上に飾られたブリザードフラワーや、母がどこかで見つけてきた古い天使の置物を珍しそうに見ている。
家まで歩いて行くうちに街灯の明かりに、男の着ているマントが埃にまみれているのに気づいていた、亜弓はそのまま居間に行きたくなくて自分から男の腕を触った。
(えっと、聞こえる?そのマント?ずいぶん汚れているからここに置いてほしいの、明日洗濯するから。)
(わかった、)
男は頷いて、首元にある留め金を外す、そのまま落ちないようにマントを抱えてそっと玄関のたたきに置いた。
今までマントの下で見えなかった男の腰に下がった剣に、ぎくりと身を震わせ一歩後ろに下がる。
テレビの時代劇で見る細身の刀とは違う、幅広で革の鞘に入ったそれは、ずっしりと重量感がある。
おびえた顔に気付いたのか、離れた指をそっと掴む、怖がらせないように気遣ったのか、その手は亜弓が振り払えばすぐに外れるくらい力が入っていない。
(神に誓おう、俺の剣はそなたを傷つけることは決してない。)
片方の手は拳を作り胸に当て頭を下げる、時代がかったそのセリフと仕草は彼の服装にとても似合っていた、昔見たファンタジー映画にでも出てきそうだ。
(えっと、わかった、えっと、おなかはすいていない?)
困ったような顔で返事を察する。
(ちょっと待ってて、簡単なものでいいよね。あ、その間にお風呂に入る?)
時間のかかる料理を作る余裕などない、アルコールのせいと、剣を見た緊張とその後の弛緩に眠くてたまらなくなってきた。
(風呂?)
返事が返ってくる前に触れた手を掴みなおして浴室へ誘導する、空の浴槽に栓をして湯を溜め始める。
いくらイケメンだろうと、汚れたまま寝具に寝かせたくはない。
(お湯が溜まったらこれを下に下げれば止まるから、それと、これがボディーソープで、こっちがシャンプー、)
(ボディー?)
(えっと、体を洗うの、このタオルにつけて泡立てて、シャンプーは髪を洗うの。)
コンディショナーやリンスの説明は今日はいいだろう。
男は頷いて、服に手をかけた。
(着替えは後でここに置いておくから。)
脱衣所に置かれた洗濯機の上を指差した。
それだけ伝えてあわてて脱衣所から出て1階の奥にある両親の部屋へと向かう、ちゃんと掃除はしているが、それ以外はあまり入る事はなかった。
遺品や衣類の整理をしなくては、と思いながらも何かと理由をつけてそのままにしている。
箪笥を開けて父親のスウェットの上下を取り出す、大柄な父だったが彼には少し小さいだろうがしかたがない。
下着を探そうと箪笥を引っ張り出す、一度に父母を喪って3年たつ、片付けようと思いながら出来なかった事が、役に立つ日が来るとは思わなかった。
専業主婦で家事が好きだった母親なら、きっと買い置きがあると思っていたのが当たって、箪笥の一番下に未封の肌着を見つける。
袋から出してスウェットやバスタオルと重ねて脱衣所に持って行った。
簡単なもの、時間がかからなくて、多い方がいいよね、と、焼うどんでいいや。
焼そばより、面が太い分ボリュームがありそうだ、そんな安易な考えで袋をごそごそと開け始める。
残念ながらコンビニに肉は置いてない、野菜も冷凍庫に切って凍らせておいたピーマンが少し残っているだけだ。
手早く作りながら、リビングから続きの間になっている畳の部屋に客用布団を敷く、長く干していなかったので、少し湿っぽいが仕方がない。
二人分の冷凍麺で作った焼うどんと、わかめスープ、お茶の準備ができた頃、風呂から彼が上がってきた。
読んでくださってありがとうございます。
ぽつぽつがんばりますのでよろしくお願いします。
入浴剤の入れすぎで、ピーチ臭すぎのメレンゲでした。