椿 10
駅から家の方向へはゆっくりとした登り坂になっている。
慎重にハンドルをしっかり持って運転する、肩に力が入る、絶対帰り着く頃は肩が凝って首が痛くなっているだろう。
もうすぐ家に着く、ほっと気が緩んだ途端、車の後輪がすべる、とっさにブレーキを踏む、急激に横向きになり家の塀にぶつかりそうになった。
あわててハンドルを切ろうとしたその手に、エドァルドの手が重なった。
気が付いたら反動もなしに車が止まっていた、目の前に迫る木製の塀に頭が真っ白になる。
「大丈夫だ、ゆっくり力を抜いて、アクセルから足を離して、」
言われた通りかちかちに固まった足をアクセルから離す、車はハンドルも回してないのにゆっくりと進行方向に向き直って家へと進み始めた。
「エド?」
「ああ、それと風の精霊が助けてくれた。亜弓は皆に好かれてるね。」
「ありがとう、」
心臓がドキドキ波うち、体が震える、ありがとう、と心の中でもう一度繰り返した。
車はそのまま車庫まで入り止まった、立ち上がろうとして、膝ががくがくして体に力が入らない事に気がついた。
「そのまま待ってて、」
助手席から出て、ぐるりと前方を回って運転席を開ける、そのまま屈むとひょいと亜弓を抱き上げた。
「待って、大丈夫、歩けるから、」
子供の時ならともかく大人になって男性に抱きあげられるのは初めてだ、慌ててわたわたと抵抗しだす。
両手でいわゆるお姫様だっこから、片手で年端もない子供を抱えるように支える。
「暴れるな、落ちるぞ。」
もう片方の手でいくつか荷物を持ち膝で押してドアを閉める。
歩き始めて、後ろに仰け反るように落ちかけてあわてて首に掴った。
まるで重さを感じていないように軽々と抱えている、自分より体格が良くてたぶん年上、それでも、この世界に初めてに戸惑う様子を見ていると、どこか保護者になったように感じていたのに、改めて異性である事に気付いた気がした。
ドアの前の廂の下に下される、荷物を取ってくると言って踵を返すその姿に、少しさみしさを感じてそれを振り払うように頭をふって、わずかの時間にも降り積もった雪を落とす。
鍵を開け終わった頃、両手に荷物を抱えてエドァルドが帰ってきてあがりかまちの上に置く、
一緒に取りに行こうと、車庫へ向かう後ろについて行こうとした。
「今度で終わるから亜弓は中に荷物を運んで、」
「わかった、ありがとう、お願いね、」
瀬田さんの荷物だけ横に置いて持てるだけ持ってキッチンに向かった。
運び入れた食糧を片づける、玄関にまた荷物を取りに行く前にエドァルドが入ってきた。
黙々と片付ける、ひと段落してエドァルドの前に立った。
「さっきはありがとう、私びっくりして、急ブレーキは踏んだら駄目だったのに。」
エドァルドがいなかったら確実に事故になっていただろう、そんなにスピードは出ていなくても怪我をしていたかもしれない。
まるで怖がらせないようにゆっくりとエドァルドの腕が回り抱きしめられる、温かい体温が伝わり、抱きしめられた驚きより暖かさにほっとする。
(何もなくてよかった、私がいないときはこんな天気の日は運転しないように、)
その理不尽な言葉に亜弓は笑いがこみあげてきた。
(わかった、その時は呼ぶから助けてね。じゃあ、落ち着く前に瀬田さんのところに荷物を持って行きましょう。)
玄関のインターフォンを鳴らして名前を告げると、しばらくたってドアが開いた。
「ありがとう、大変だったでしょう、上がって暖まって。」
上がるように勧めてから、亜弓の後ろに立っているエドァルドに気付いて目を丸くした。
「ついでだから気にしないで、彼はアメリカにお嫁に行った母さんのお姉さんの息子さんなの、今度日本に来る事になって私の家を提供したの。」
「初めまして、エドァルド・ファルクです。よろしくお願いします。」
「まあまあ、こんなハンサムさんと知り合えてうれしいわ、こちらこそよろしくお願いしますね。亜弓ちゃんよかったね、さ、上がってらっしゃい。」
「ごめんなさい、昨日まで仕事だったから、今から掃除をするの。約束通り元旦に遊びに来るね。」
「残念、じゃあ明日は絶対二人で来てね、待ってて亜弓ちゃんにあげようと煮しめを作ってたの。」
大きめの皿に山盛りに煮しめを入れてきた、いつもの倍以上ある。瀬田さんの作る煮しめは母が祖母から伝えられた味に似ている。
お礼を言って家へと向かう、わずかな距離でも積もった雪で歩きにくい。
「左隣の前野さんは今実家に帰ってるの、今度挨拶に行きましょう。」
アパートに住んでいる友人が、今時信じられないと言った濃密な近所付き合いは、面倒だと思う事もあるが、嫌いではなかった、エドァルドの存在もあっさりと受け入れてくれたのが嬉しかった。
読んでくださってありがとうございます。ってワンパターンすぎ。
だらだらと続きますが、楽しんでくださったら嬉しいです。