桜音5
第3楽章Aパート
6月も半ばを過ぎ、7月が近くなると、暑い日が続くようになった。
―夏―
それは、どの部活にとっても大会の時期だ。
勿論、吹奏楽部も夏のコンクールをひかえ、益々気合いが入っていた。
コンクールは、通常2・3年生で編成されたチームで出場するのだが、パーカッションはその限りではない。
というより、人数が足りないのが常なので1年も駆り出される。何たって打楽器は初心者でも2ヶ月あれば一応形になる。そして何より打楽器は多ければ多いほどいい、といわれているから仕方ない。絶対に人が余らないパートといっても過言ではない。
例に漏れず人出の足りないここのパーカッションも、1年生2人組を駆り出すことになった。
「そこリズムが違う!それからフルート音が低い!こらぁホルンしゃきっとしろ!あーまたパーカッションずれてる加藤いいかげんにしろパスるんじゃないチューバ音違う低い!」
句読点をうっかり付け忘れてるような怒号が響く。声の主の勝本先生からは冷たい視線もセットで送られてくるので、部員は背中にびっしょり汗をかいていた。
「くぉおらぁぁっ加藤ーっ!いいかげんにしやがれぇぇ!」
極め付けに放たれた怒号は鼓膜を破るのに十分な音量だった。
なんだ今の覇気っつーか霊圧。本当にあれは人間か
と疑う生徒が出るのも無理はない。
確か思わず敬礼した生徒が過去にいたはずだ。
「何でお前はそうやって毎回毎回同じミスをするんだっ!一度で学習せんかっ!それから瞳に絢!あんたたちもやに!」
とばっちりを食らった二人が身を竦ませる。
「瞳はずれすぎやっ。もっと譜読みをやんなさい!それから絢はロールが荒い!加藤とももっと息合わせな!加藤っ!」
再びとんできた怒号にぎょっとして、駿は手に持っていたスティックを取り落とした。
南無阿弥陀仏
誰もが駿のために念仏を唱えた。
わざわざ彼の家の宗派に合わせる辺りはサービスだ。
「何をやっとるんじゃ加藤ーーーっっっ!!!楽器は命より大切にしろって常日頃から言っているのがまだわからんかっ!」
完っ全に火が点いた顧問にブレーキなんぞない。
いっそ油でも吹っ掛けた方がいい具合に燃え尽きるかもしれないなーというのは生徒達の相談事の一つである。
「瞳と絢のこともそうやっ!何でもっと後輩の面倒を見やんのやっ!後輩の失敗即ち先輩の失敗!自分のこと以上に真剣に受けとめ指導せんでどうすんのじゃっ!」
よくもまぁそこまで怒鳴ることが出てくるもんだ。
若くてそこそこ綺麗な先生なのに怒ると閻魔顔負けの形相になる。
一方加藤は血の気のひききった―顔面蒼白を通り越した―顔で硬直していた。