プロローグ
人生というものは、案外つまらない。
朝起きて、顔を洗い、朝食を食べる。決められた時間に家を出て、決められた場所へ向かう。
誰かが決めたわけでもないのに、気づけば毎日同じことを繰り返している。
けれど、それを不幸だと思ったことはない。
平穏で、退屈で、何も起こらない。
俺は、そんな毎日が嫌いではなかった。
朝、目覚まし時計が鳴る三分前に目を覚ます。布団の中でしばらく天井を眺め、カーテンの隙間から差し込む薄明かりを確認する。
部屋には、俺以外の気配がない。
一人暮らしの部屋は静かだった。静かすぎるくらいだが、余計な会話も、余計な視線もない。その点だけは気に入っている。
台所へ行き、冷蔵庫から卵と食パンを取り出す。フライパンを温め、目玉焼きを焼く。味噌汁は昨夜の残りを温め直した。
食事を終え、テレビをつける。
テレビではいつも通り今日の天気やら最近あったニュースやらを話している。
別に、テレビの内容に興味があるわけではない。ただ、朝の静けさの中でテレビをつけていると、少しだけ部屋の中が賑やかになる。それだけのことだ。
続いて、政治家の発言がどうだとか、海外で何が起きただとか、そんな話題が流れてくる。
どれも俺の生活には関係がない。
食器を流しに運び、水で軽くすすぐ。洗い物は帰宅してからまとめてやればいい。どうせ一人分だ。大した手間でもない。
時計を見ると、午前六時五十分。
家を出るまで、あと十分ほどあった。
俺は制服に着替え、机の上に置いてあった鞄を手に取る。教科書、筆箱、財布、スマートフォン。忘れ物がないことを確認し、玄関へ向かった。
靴を履き、鍵を閉める。
いつも通りの朝だった。
マンションの廊下には、誰もいない。
エレベーターを待っている間、ぼんやりとスマートフォンを眺める。
特に何かあるわけでもなく、エレベーターが到着し、俺は乗り込んだ。
一階に着くまでの数十秒。壁に映った自分の姿を眺める。
寝癖はない。ネクタイも曲がっていない。顔色も悪くない。
どこにでもいる、ごく普通の高校生。
自分でもそう思う。
──ただ一点を除いて。
そして、そんな自分を変えたいとも思わなかった。
マンションを出ると、朝の空気が頬を撫でた。
通学路には、すでに何人もの学生が歩いている。友人と笑い合う者、イヤホンをつけて音楽を聴く者、眠そうに欠伸をする者。
その誰もが、それぞれの朝を過ごしていた。
俺はその間を縫うようにして歩く。
誰かと目が合うこともない。誰かに呼び止められることもない。
それでいい。
誰かに認識されるということは、それだけ面倒事が増えるということでもある。
もちろん、友人がいないわけではない。
ただ、自分から積極的に人と関わろうとは思わない。
人間関係というものは、どうにも手間がかかる。
相手の顔色を窺い、言葉を選び、ときには本心を隠す。そうして築いた関係が、些細な行き違いで壊れることだってある。
それに、俺から関わろうとしてもどうせみんな俺を避けていく。
そんなものに時間を費やすくらいなら、一人で好きなことをしていたい。
……もっとも、好きなことといっても、これといって熱中しているものがあるわけではないのだが。
「まあ、いいか」
考えるのをやめ、歩く速度を少しだけ上げた。
いつも通りの道。いつも通りの景色。いつも通りの人々。
そして、いつも通りの一日。
俺は、それが続けばいいと思っていた。
少なくとも、あいつが居なくなるまでは──。




