第3話 外に出よう
気づいたら一歳になっていたクルトです。先日誕生日を母さんに祝われました。
身体も少し成長し、ハイハイできるようになって以降、家の中を散策して過ごしていた。
ハイハイで入れる部屋は全部回った。判明したのは個室の数が結構多いことだった。
母親と息子の二人で住むにはかなり大きな家だ。そこから推測できるのは、元々は人が増える予定があったのではないか、ということ。
いろいろと裏がありそうだが、今すぐには答えは出なさそうだ。
興味があった魔法については進展があった。
ある時、重そうな荷物を持ち上げていた母さんの足下にしがみついていたら、何かを感じた。
なんというか、魔力をどう使っているか、体内でどう処理しているのかを何となく感じることができた。
軽々と重そうなものを持ち上げているのを見ると、これはいわゆる身体強化みたいなものなのかもしれない。
せっかくなので、この術を自分の身体でもやってみたが、ハイハイが高速化しただけだった……。
母さんがいない間に、部屋にある立て鏡の前まで来て自分の姿を確認したが、高速でハイハイする姿はまるでゴキ……だった。
母さんの前で使うのはやめておこう。流石にキモすぎる動きは母さんを悲しませるかもしれない。
『うちの子の動き……キモすぎ!』とでも思われたらやっていけない。
今は午前の早い時間だ。
母さんを悲しませないように俺が身の振り方を考えている間にも、母さんは忙しそうに身の支度をしていた。
せわしなく動き回っていた母さんは、部屋のドアから顔を覗かせた。
「ごめんね、クルト。お留守番しててね」
そう言って母さんは顔を引っ込めると、足音を立てて出て行った。バタンとドアが閉まる音が聞こえ、静寂が訪れる。
母さんは俺が寝たきりだったころは結構つきっきりだったのだが、最近は外に出ていくことが多い。
俺はそのたびに部屋を探検してきたのだが、そろそろ見飽きてきた。
立ち上がれれば他の所を散策しにいけるのにとずっと思っていたのだが、最近ようやく身体強化で歩くことができるようになった。
ドアを開けるくらいならできるようになったので、これで外に出られる。
外は一体どうなっているのか。母さんの様子だとそれほど危ない場所ではないと思うが。
俺は寝かされていたベッドから身体強化を使って降りる。
やっぱり移動くらいならできそうだ。走るのは難しいから慎重にいこう。
俺は玄関に向かう前に、居間に向かった。置いてある棚によじ登り、その上にある窓に近づく。
俺はチェストの上に立ち、窓を押して開いた。屈むようにして下から開いた隙間から外を眺める。
眼に入ったのは広い庭だった。家の側には、キャンプ場に置いてあるような木製の椅子と机が置いてある。
地面の手入れはあまりされていないようだった。草が伸び始めている。
隣の家と面している横の側には、剣を練習するためか案山子が設置されていた。
全く使われていないのか、色あせていてボロボロだ。
俺は敷地にある物を順に見ていったあと、庭の先を見た。
家の敷地を囲う柵を越えた先には通りがあるようで、小さな家が並んでいる。
そこには歩いている人の姿も見えた。
とりあえず、あの柵までは多少安全そうだ。まずは外に出てみよう。
俺は棚から降り、玄関の扉を開けた。ついに外との対面だ。
一瞬で空気が変わった。澄んだ匂いがする。
前世の記憶があるせいで、外に出られないのが苦痛だったが、ようやく出られたな。
庭に置いてあった机まで歩くと、日差しが身体に当たる。
暖かくて気持ちがいい。
お日様を楽しんだ後、玄関から離れて柵に近づいてみることにした。
近づいていくと、思ったよりも人通りが多いのに気づいた。案外、大きな通りなのかもしれない。
柵の前から通りを見渡すと、洗濯物を干している人もいれば、大きな荷物を背負って運んでいる人もいる。
みんな総じて身なりは汚いが、治安が悪い感じではない。
活力に溢れている感じでも無いが、みんなせっせと動いている。
「おい! 道を開けてくれ!」
俺が目の前を通り過ぎる人々を眺めていると、道の左側から大きな声がした。
その声が聞こえると、道にいた人達はすぐに端に退いた。
同時にガラガラ、ガタンガタン、と道を車輪が通る大きな物音がしてくる。なんだろう。
気になって音の方角をじっと眺めていると、やってきたのは大男四人が周りを囲む大きな荷馬車だった。一
後ろで警戒をしている男だけ、一人だけ装備が妙に整っている。
他の三人も全員筋骨隆々で強者感が凄い。後ろの男の背にしている大剣もあって、急にファンタジーみが増したな。
荷馬車に載っているのはめちゃくちゃデカい猪みたいな動物だった。死んでいるようで動かない。
どでかい猪をじっと見ていると微かに魔力を感じた。
こいつはいわゆる魔物だろうか? この世界には魔物がいるのかもしれない。
「やあ、アレクセイ! そいつはグレーターボアかい!?」
道沿いにいたおばちゃんが、大きな声で男たちに訊ねた。
「そうだ! おまえら喜べ! 今日の配給は肉が多いぞ!」
後ろに控えている一際強そうな男が答えた。あの人がアレクセイっていうのか。
周りで見ていた人達は思い思いに反応する。
軽く拍手をしたり、口笛を吹くやつもいれば、「いいぞ! アレクセイ! 俺のは多めな!」などと軽口を言う人もいる。
なんか雰囲気良いな。アットホームな感じ。
俺が見ている間にも目の前を荷馬車が通っていく。
それをじーっと眺めていると、荷馬車の後ろを歩くアレクセイが俺に気づいた。
「お? よう坊主。柵の中に入っちまったのか? 今出して……いや、お前金髪ってことはあの人の倅か? 家から出ちまったのか」
アレクセイは一人で納得したように髭をなでた。渋くて格好良い仕草だ。というか、俺のこと知ってるのか。
「しゃーねえ。連れてってやるよ」
アレクセイは柵の上から手を伸ばして俺を掴んで持ち上げると、そのまま肩に載せてくれた。高い場所から馬車と男たちを見下ろす形になる。
運んでくれるのはありがたいが、巨漢の肩に乗るのは高さがあってビビる。
一応足を掴んでくれているが、落ちたらひとたまりもないな。
「落ちるなよ」
アレクセイは頭上を見上げるようにして、俺をちらっと見た。注意するくらいなら、普通に抱っこして運んで欲しい。
俺と男たちはゆっくりと進む。魔物が重いのかゆっくり運んでいるようだ。
その間も俺は辺りを見渡していた。
家の周りがわかる貴重なタイミングだ。
目の前には、広い一本道が通っていた。
開けた視界の先、空の下には城壁らしきものが見えていた。
離れから見ても、多くの部分が欠けたり崩れていたりしている。
後ろを振り向くと、遠目にもう一つ城壁が見えた。この場所から見ても、綺麗な状態だった。豆粒のようなサイズで人影も見えるし、城壁に欠けたところは無さそうだ。
個人的な印象だと、悪くない街だった。汚いは汚いがちゃんと石で建築されている家が並んでいる。
通りを俺たちは進んでいく。広い横道が何度か出てきたのを尻目に先へ進むと、大きな広場に出た。
円形の大きな広場で、中心には水の出ていない噴水があった。何年も使われてないのだろう。中心に置かれた彫像が汚れたままになっている。
広場の周りには、一軒家が広場を囲むように建てられていた。
その中でも一際大きな家の前では、身綺麗な格好をしている数人の男たちと、母さんが羊皮紙を持って話し合っていた。互いに少し顔を顰めていて、ちょっと険悪な雰囲気だ。
アレクセイは母さんの方を見ると、声を張り上げた。
「アナスタシア! 場所借りるぞ!」
声が聞こえたのか、母さんがこちらを振り返って頷いた。母さんの名前はアナスタシアっていうのか。覚えたぞ。
「ほら、坊主。お前の親は忙しい。その辺で座ってな」
そう言って俺は噴水の縁に置かれた。
アレクセイさんは三人の男たちの元に戻って、「解体始めるぞ」と声を掛け、猪の解体を始めていた。うえ、グロいんですが。
離れた場所にいる母さんの方を見ると、年配の男たちと真剣に話し合っている。今朝、妙に支度に時間が掛かっているなと思ったらこのためか。
男たちは服装にお金がかかっているように見える。どういう立場の人? よくわからないな。
わからないこと尽くめだが、街の様子が少しわかったのは進展だ。
俺は噴水の縁に頭を預けて座りながら、母さんの顔を眺めていた。
普段家では見かけない表情をしていた。冷徹な女性って雰囲気が漂っている。
俺は母さんの話し合いが終わるまで、アレクセイさんたちの解体を見つめ続けた。




