なぜか今年のにんにくは出来が大変良いというお話
百姓に「極めた」は無い。という話はしばしば農業のよくある話としてあちこちで語られる。
そしてそれは事実だ。どんな年でも最高のクオリティの作物を作る、というのは難しい。良く出来る年もあり、イマイチな年もあり、まったくの全滅で植えたのに一つも穫れず涙を飲む年もある。
そういう作物は挙げればキリがないが、私自身はとくに、この時期収穫するものとしてニンニクと、タマネギはあまり安定して育てることができない。その年によって、よい年もあるしダメなときはまともに使えるものがほとんど無かったりするのである。
さて、そんな暇庭の畑事情だが、今年思いがけず素晴らしい結果をおさめた作物があった。去年の冬に植えたニンニクである。
10月はじめに植えておくと、種ニンニクから芽が出て背丈が10センチくらいになると雪が降りはじめ、一度そこでストップ。そして春にぐんと成長して梅雨に収穫、というのが我が家のニンニクの普段のサイクルなのだが、今年は北国にも春が来るのが早く、また、春の降雨が4月末ころから少なかったため、生育終盤を少し乾燥ぎみで迎えられた。これが大きくプラスに働いた。ニンニクはどうも地中海のような、春から夏にかけて乾燥する気候が性に合うらしく、図らずも今年の気候が丁度良かったらしいのだ。
「おお〜っ……?なんか、出来がいいな?お前ら?」
去る6月8日、あまり期待していなかったニンニク畑で、試し掘りをしてみる。引き抜くイメージが強いだろうが、面倒でも丸スコップで丁寧に掘り起こしてやるのが傷まず綺麗だ。
すると一株目から惚れ惚れするようなニンニクが土の中から現れた。親馬鹿のようなことを言ってよければ、このまま小綺麗に並べたらテレビCMにだって出せる。青森の高級ブランドニンニクにだって、大きさと品質で張り合えそうに見えた。
「おおっ、おお〜。わあ〜っすげえ〜っ」
掘りながら笑いがこみ上げてきてグフフと欲得に浸りきった笑い声が漏れる。正直、肥やしをやるのをケチったため大したものは取れるまいと諦めていたのだ。
はてさて何がよかったのかなあ。良いのができるとうれしい。嬉しいのだが、まこと残念なことに大抵翌年にその再現ができない。たぶんそれは暇庭の手腕の足りなさでもあるし、そも作物はお天道様の機嫌次第で良くも悪くもなるからだ。百姓は基本的に天気には勝てないのだ。だからその時良かったものはお天道様に感謝して美味しく頂くのが謙虚というものだろう。
試し掘りをした素晴らしい大玉のにんにくは、試食を兼ねて夕飯に頂いた。ごく薄く切ったニンニクにエリンギを輪切りにしたものを合わせてごま油で炒める。味付けは迷ったが今回はしょうゆ味とした。ちなみに甘みそでもおいしい。鍋肌に沿ってしょうゆをたらすとジュッと香ばしいしょうゆの香りが新ニンニクの香りと相まっていかにも食欲をそそる。私の大好きなニンニクときのこの炒め物だ。きのこは中身を何に変えてもいい。複数種類のきのこを使っても素敵だ。
「うーんっ。うまい」
この料理がご飯に合わないはずがない。ニンニクしょうゆのガッツリ系の味と香りは、たとえば食べ盛りの男子高校生とかにもウケが良いはずだ。それでいて、具材がキノコなので印象ほどジャンクではないのがうれしい。当然スライスした豚肉ないし牛肉もこの料理に入ってよい。夏野菜が余ったときはナスやピーマンやトマト、薄切りのカボチャも入れたっていいのだ。どれを使ってもスタミナ満点の炒め物になるのは一緒だ。
炒め物に使ってもまだ2かけしか使っていないにんにく。残りをどうするか思案して、脳裏に閃く物があったので一番小さいフライパンを棚から掘り出してくる。ニンニクを粒のまま焼いてみようと思ったのだ。
「何だお前、風邪ひいたのか」
ニンニクの皮むきをしていると父がそう声をかけてくる。私は笑って否定する。ああ、そうだった。小さい頃は風邪をひくとニンニクを粒のまんま焼いたのを食べさせられたものである。
私は喘息だったり肺炎になったりして咳の風邪には悩まされたので、ニンニクのよく焼いたのを溶いた卵と一緒に半熟に炒めたスクランブルエッグのような料理を小さい頃本当によく食べた。今でもこうして粒のまま焼くと、風邪で学校を休んだ日に、普段絶対見られないワイドショーを観るともなく観ていた記憶が蘇ってくる。
ニンニクは粒のまま焼いたり揚げたりすることで多少、あの強烈な刺激を和らげることができる。今回はサラダ油を大さじ1ひいてとろ火でシュワシュワと焼いていく。強火はダメだ。外ばかり焦げて中はまだ辛さが残るような生のままになってしまう。焦らないことだ。
水分の多い新ニンニクは、とろ火で根気よく加熱し続けると表面がきつね色に、中はニンニク自身の水分で蒸されてホクホクになり本当に美味しくなる。もう良いかなと思ってつまようじで刺すとやわらかくすっと真ん中まで入る。
「お!もういいな」
火を止めて冷ます間に、味付けの準備をする。と言っても何も難しくない。深いフタ付きの小鉢に、しょうゆとめんつゆを大さじ1ずつ入れて七味唐辛子をひと振りするだけだ。
フライパンのニンニクがシュワシュワ言わなくなったらこぼさないように浸けダレに入れて、フタをする。完全に冷めれば冷蔵庫に入れてもよい。匂いが匂いなので休みの日にしか食べられないが、これは大変に優秀な常備菜なのだ。梅雨の間、胃腸が弱ったなと思ったときに、焼き浸しのニンニクに救われたことは数知れない。
「ムフフフ、いいね」
皮をむかれても堂々たる存在感を放つ我が家のニンニクを、ひとつつまむ。デンプン質のホックリした食感と、確かなニンニクのうまみがある。粒ごとの加熱をすると、ちょうど火を通した玉ねぎが目には沁みないように、匂いも和らぐ。このかたちで調理したものは誰でもおいしく頂けるのがよいところだ。ゴロっと大粒のニンニクたちを頼もしく眺めながら小鉢のフタをしめ、冷蔵庫へ収める。明日から晩ご飯の楽しみがひとつ増える……はずだった。
「宅男、うまいなこれ。出来良いぞ。次もっといっぱい仕込んだらいい」
その日の夜、最初のにんにくは焼き浸しはまるっと父の晩酌のアテになってしまったのだった。キンキンに冷えた麦焼酎のロックとともに、小鉢に作ってあったニンニクの焼き浸しががまるっとハラのなかに……ガーン……まあまた作るけどさぁ。
そんなこんなで全く予期せぬ豊作に恵まれた我が家のニンニク。百姓であるからには、こういう嬉しいエピソードはいくらあっても困らない。さあ、今年の作物にこんな嬉しいエピソードがもうひとつ加わるだろうか。今から楽しみだ。
ニンニクは最後まで病気になったりしなければいいということであればそんなに難しくないのだが、よいものを収穫しようとするととたんに難しくなる。
それをクリアしてとても良いものが採れた今年などはよい思い出になるものだ。叶うことなら来年も素晴らしいニンニクを収穫したい。




