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第21話 雷竜の遺産

悠翔は地下への扉を開き、ゆっくりと一歩ずつ階段を降りていった。

軋むような音と共に冷たい空気が吹き上がり、肌をかすかに撫でる。

段差の隙間には《ヒカリゴケ》がびっしりと生えており、柔らかな淡い光が足元を照らした。

その光は石壁に反射し、青白い揺らめきが影を伸ばす。

本来なら不気味であるはずの地下が、どこか神聖な聖域のように感じられた。

やがて階段は途切れ、小さな六畳ほどの部屋に出る。

湿った岩の匂いと、長い年月が積み重なった静寂が満ちていた。

中央の机には、一通の手紙らしきものがぽつりと置かれている。

悠翔は耳を澄ませながら周囲を警戒し、そっとそれを手に取った。

ざらついた紙の感触が指先に伝わる。

そこに記されていたのは、見覚えのない古代文字——のはずだった。

だが胸の奥で温かな脈動が響いた瞬間、視界がじんわりと光に染まるような感覚が走る。

不思議と文字の意味が、脳裏にすらすらと流れ込んできた。

「……読める……いや、最初は全く……でも、今は——ゼルのおかげか」

思わず口元が緩む。

自然と胸に視線を落とし、そこに宿る雷竜の気配を確かめた。

ゼルの意志が確かに繋がっていることを実感しながら、再び手紙に目を走らせる。


意志を継ぎし者へ。

これを読んでいるということは、雷竜の魂を受け継いだ者であろう。

私はノルグ・ディアス。雷竜の友とでも名乗っておこう。

私たちは君の成長を助けるため、この場に遺産を残した。

——君はまだ未熟だ。

だが、これから待ち受ける数多の試練を超えるために、力が必要となるだろう。

我らが考案した《竜顕武術》。

そして、渾身の傑作である《雷哭装備》。

武術は机の上に、装備は奥の箱に納めてある。

……いつこの手紙が読まれるかはわからない。

だが願おう。君が雷竜の意志を、正しき道のために使ってくれることを。

——君の道に幸多からんことを。


読み終えた瞬間、紙は乾いた音を立てて砂のように崩れ、悠翔の指先から零れ落ちた。

灰混じりの匂いがふわりと舞い、空気に溶けて消える。

「……ゼルの友、か。どんな人だったんだろうな」

思わず漏らした声は、しんと静まり返った部屋にやわらかく反響する。

その余韻を聞きながら、悠翔は心の奥で想像する。

きっと——ゼルと同じように、誇り高く、そして優しい者だったに違いない、と。

悠翔は机の上に置かれた一冊の本を手に取り、パラパラとめくった。

分厚い紙が擦れる音が、静かな部屋に小さく響く。

「……これはまた修行だな」

口元を緩め、軽く息を吐くと本を机に戻す。

そして奥に鎮座する大きな箱へと歩を進めた。

湿った石床を踏むたびに、かすかな反響が足裏に返ってくる。

箱の前に膝をつき、ゆっくりと蓋を押し開けた。

その瞬間——冷えた空気の奥から、微かな金属音と共に、圧のような気配が漏れ出した。

中に収められていたのは、一対の武具。

《雷哭の篭手》と《雷哭の脚甲》。

黒鉄にも似た重厚な質感を持ちながら、光を受ける角度によっては深い紺色が覗く。

表面には竜鱗を模した紋様が刻まれ、縁は金で縁取られていた。

触れずとも伝わる威圧感に、悠翔は思わず息を呑む。

手を伸ばすと、金属は意外なほどひんやりと冷たく、肌を刺すような感触が走った。

だが次の瞬間、胸の奥で「ドクン」と雷鳴のような脈動が響く。

バチッ——。

篭手の紋様を、青白い稲妻が一筋駆け抜けた。

淡い光がゆらりと浮かび、拳や脚を覆う未来の姿を幻のように見せる。

「……これが、ゼル達が作った装備……」

呟いた途端、篭手と脚甲はまるで“息を吹き返した”かのように微かな震動を返した。

ゼルの意志が、確かにここに脈打っている——悠翔はそう確信した。

悠翔は両手でその武具を持ち上げた。

「……すげぇな、これ……着けられんのか?」

篭手を腕に通すと、ずしりと重みが肩にのしかかる。

「うわっ……めちゃくちゃでかい! こんなんで戦えんのかよ……」

冗談めかして笑った瞬間——

バチィッ!

乾いた雷鳴が響き、篭手が生き物のように縮み込んだ。

金属が吸い付くように腕へ馴染み、隙間なくフィットする。

「……うわっ!? ……マジかよ……」

思わず声を上げ、悠翔は目を丸くしてまじまじと篭手を見つめる。

竜鱗を模した紋様の隙間を青白い稲妻が走り抜け、薄暗い部屋を一瞬だけ昼のように照らした。

「……これ、めちゃくちゃファンタジーじゃん……!」

呆れ半分、感嘆半分の声を漏らしながら、もう片方の篭手にも手を伸ばす。

同じようにバチッと雷が弾け、金属はすぐに彼の手の形へと収まった。

左右の手に嵌った瞬間、まるで自分の一部だったかのように自然に馴染む。

次に脚甲へ視線を落とす。

悠翔はいまだ裸足だった。ゼルとの修行中に履いていた革靴は大破し、それ以来ずっと裸足で過ごしてきたのだ。

脚甲はブーツのような形状で、足を差し込むと——やはり最初はブカブカだった。

「……やっぱデカすぎ——」

その言葉を遮るように、一呼吸の間を置いて再び雷光が弾ける。

バチィッ!

稲妻が足元を這い、黒鉄の脚甲が彼の足をぴたりと包み込んだ。

「お、おおおおっ……!」

思わず叫び、悠翔は腕を振り、足を動かす。

関節は一切の軋みを見せず、むしろ軽快ですらあった。

拳を握り、反対の拳とぶつける。

ガキィンッ!

甲高い金属音と共に、稲妻が散り火花が飛び散る。

「……うぉぉぉ……なんか……かっけぇぇぇッ!!」

子供のように吠えながら、悠翔は何度も拳をぶつけ、足を蹴り上げる。

重さを感じさせない軽さ、吸い付くような装着感。

まるで初めから自分の体に備わっていたのではないかと思うほど自然だった。

——ふと、頭をよぎる疑問。

「……これ、外すの大変じゃね?」

試しに篭手を引っ張ってみる。

すると、装着時にあれほど吸い付いていた金属が嘘のように力を失い、するりと手が抜けた。

「……はぁ!? ……神装備じゃん……」

興奮のあまり何度も装着と脱着を繰り返す。

雷鳴と金属音が小部屋に反響し、光が閃くたびに胸の奥が熱くなる。

しかし、しばらくして悠翔ははっと我に返った。

「……って、ヤベッ! 修行だ修行!」

慌てて駆け足で机に戻る。

その背には、青白い雷光を纏った篭手と脚甲がわずかに明滅していた。

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