第7話「英雄」
今日は祝日なんで第7話です。
人が宙を舞う。
トラックに跳ね飛ばされたように悲鳴を上げながら、大きく弧を描いて陣から離れる方向へ放物線を描いて消えていく。
悲鳴と怒号が重なっては消えた。
権三郎殿は跳ね飛ばされた兵の下敷きになりうめいている。
いつのまにか私の前に光安おじが槍を構えて立っている。
そして、その向こうに。
ああ、なんてこと。
大男だ。
筋骨隆々。見上げるほど大きい。
肌は赤黒く、裸に腰蓑姿は小鬼と同じ。
腰蓑は一部が大きく盛り上がっている。
吊り上がった目は黄色く濁っていて、下卑た欲望が私に向かってにじみ出ていた。
嫌らしくにやついた受け口の口からは下あごから大きく伸びた牙がはみ出している。
角も生えている。薄汚く茶色く濁った乳白色の角が2本、天を突いている。
鬼が。いた。
「やあやあ我こそは音に聞こえた槍兵庫、明智兵庫守光安である!そこな鬼、いざ尋常に勝負!!」
光安おじが大喝する。鬼はにやついている。
おさきが姫様逃げましょうと叫んでいる。
私は動かない。
光安おじが大鬼に槍を振り下ろし、鋭く何度も突きを繰り出す。
大鬼はよけるそぶりも見せずににやにやしている。
槍は刺さらない。
そしてむんずと。
造作もなく。
突きこまれた槍をつかんだ。
「帰蝶!!逃げろおおおお!!!」
光安おじが叫ぶ。
私は、動けない。
そして、大鬼がつかんだ槍をそのまま振り上げ、光安おじはなすすべなく持ち上げられる。
私は茫然とそれを見ている。
その時、私の顔に影が差して。
茶筅髷の美丈夫が、私の背後から飛んできた。
彼は持ち上げられた光安おじを抱きかかえると、そのまま大鬼に蹴りを入れる。
そして、ああそして。
大鬼は、大きく吹き飛んだ。陣の外まで吹っ飛ばされている。
放物線というか、まっすぐに。
彼は光安おじを地面に卸すと、大鬼に向かって走り出す。
あっという間にうずくまる大鬼のそばにより、大鬼の角をつかむとそのまま持ち上げて、地面にたたきつけた。
噴水のように緑のしぶきが上がり、大鬼の四肢がビクンとのびて、力なく垂れた。
そして彼は私のいる陣の後方へ向かって
「かかれぇい!」と叫んだ。
背後から喚声があがり、織田木瓜の入った甲冑を付けた武者たちが陣列に加わる。
「ふれぇい!」
彼の号令でそろった武者たちの槍の前になすすべなく、小鬼たちがあっさりと死んでいく。
ひどい臭いが、周辺に立ち込めた。
小鬼も大鬼も、もう動いていなかった。
私は固まったままだ。
何とか立ち上がった光安おじが合図して、勝鬨が上がっている。
おさきが泣いている。
私は動けない。
そしてあの美丈夫が私の前に来て
「遅くなった。大事ないか、帰蝶殿」
と声をかけた。
・・・銀さん?なんで銀さんが戦国時代に?
あれ、私は転生してクソ戦国死にゲー世界に放り込まれたんじゃ。
いやいやまさかそんな事起こるはずがないか。
私はアニメ見ながら寝落ちしてたんだなうん。
リアルな夢だぜ全く。
しかし目の前の兄ちゃんめっちゃイケメン。戦〇無双5の信長みたいなワイルド系イケメンだけど目が知的で惚れそう。しかも声が銀さん。
推すしかない。
夢なら覚めないで!私自分にお姫様願望があるなんて知らなかったの!ゴブリンや鬼に襲われてワイルド系イケメンに助けられたい気持ちがあったなんて知らんかったのです!
夢小説なら「草」とだけコメントされるやつ!
ああでもここから鍛えに鍛えた姫ムーブで推しとキャッキャウフフな日々が始まるのだわ。なんだろうサービス良いなこの夢。
はーそれにしても顔がいい。顔がいいしスタイルいーなこの兄ちゃん。
はえーっと兄ちゃんを眺めているとおさきが私をつついて小声で言う。
「姫様、こちら織田三郎(信長)様ですよ!お礼を申し上げないと!」
うっさいなおさき!私は推しを眺めるので忙しいんだ後にしてくれ!
推しを眺めるときはね、なんというか満たされていなきゃあならないの。
一人で、静かで、豊かで・・・。
推しが信長だったからって、私の推し活タイムを邪魔するなんていくらおさきでもゆるせな・・・信長?
・・・この兄ちゃん信長?
マジで?
理解した瞬間、意識が弾けた。
「夢じゃない?ここは現実で夢じゃない!?
そして推しが信長・・・・・・?
信長!信長信長信長!!
マジかよこの人信長!?すげぇやべぇ間違いない!
ありがとう!ありがとう信長!マジで死ぬかと思った!今度こそだめだと思った!!うわああああああんぼん”どに”あ”り”がどね”え”え”え”!!
鬼超コワイ!実際コワイ!あんなのと戦えて信長マジリスペクト!推します!一生推します!だから嫌いにならないでええええぼんどありがとおおおお!
というかみんなすごいよおおおあんなばけもんとたたかうなんてわだじむりいいいこわかったよおおおうわあああああん
こんなことなら姫ムーブなんてやめて最強無敵ロボ軍団つくるんだったよおおおお戦国死にゲー舐めてたよおおおたすかってよかったあああああぼん”どに” ぼん”どに”あ”り”がどね”え”え”え”!!
ぶえ”え”っお”ぅっう”え”ぇえ”・・・」
大号泣した。みんなドン引きしている空気がわかるが止められない。
しょーがねーだろ赤ちゃん(に戻った帰蝶ちゃん)なんだから。
「泣き声がきたねえな」って聞こえてんぞボケカスゴラァ!
お前(下男)祝言の振る舞い酒1杯減らすかんな!と思う帰蝶ちゃんであった。
大号泣する私を前に、ひきつった顔の信長は傍らのおさきにおずおずと聞く。
「その、帰蝶殿はいつもこうなのか?いくら初めて戦を目の当たりにしたとはいえ・・・」
おさきはあきれたように
「いつも取り繕っていますが、自室では大体こんな感じです。本人は隠せてるつもりなんですが、無意識に口に出す癖がございまして・・・」
と私をディスる。我姫ぞ!我姫ぞ!!
「そうか・・・そなたも難儀おるのだな・・・」
信長!泣いてる帰蝶ちゃんがいるんですよ!呆れてないで早く慰めて!
「姫様姫様!織田さまの前ですよ!早く戻ってきて姫むうぶ!姫むうぶですよ!何のための特訓だったんですか!」
うっせーわおさき!耳に痛いんだよ!
たっぷり5分ほど泣きわめいて落ち着いてやらかした、と思ったとき、陣内の空気はなんだか生暖かいことになっていたのであった。
帰蝶ちゃんわるくないもん。
そして私の化粧はまたもぐちゃぐちゃになっているのであった(本日3回目)。
第4話からここまで一日での出来事だからね。しょうがないね。




