第43話「偉い人の自虐ネタは反応に困る」
日曜日なので第43話。
読みに来てくださってありがとうございます。
「おほん。ともかく、これが我が涼風家に伝わる術である。イナリ様のお墨付きもいただいた由緒正しいものである!」
「いや、お墨付きなど与えた覚えはないのじゃが」
余計な事言うなイナリちゃん!
涼風様が捨てられた子犬みたいな顔してるじゃない!
しっかし、これ使えるね陰陽術!
イナリちゃんの解説によると、気を流して符に書かれた術が発動する仕組みらしい。
涼風様がずっと唱えていた呪文が符に気を流すものだとか。
えーと、なんだったっけ……
「うーんと、たしか、ふ?ふーれ ばゆ した ばばや?」
「うん?きちょー何を……いかん!流れすぎじゃ止めよきちょー!!」
イナリちゃんが慌てて叫び、私が「えっ」と声を上げた瞬間。
涼風様が拝んでいた小さな祭壇に乗せられた符が光を放ち、そして。
部屋の気温が一気に下がり、突風が吹いた。
「うおぉっ!?」
「何事だ!?」
「姫様!?」
「なになになに!?何これどうしたのこれ!寒い!」
「部屋を出るのじゃ!凍り付いてしまうのじゃ!」
どやどやと庭に飛び出る私たち。
涼風様の部屋は滅茶苦茶に荒れて、凍り付いたように霜が降りている。
だいぶ離れたけど冷気がこちらまで届いてくる。
「あ、あれれー?わ、私なんかやっちゃいました?」
「きちょー!てきとーに術を使うでない!
まったく!きちょーはまったく!!」
ぷんすかするイナリちゃん。
何か呟いて指をくいくいと動かしたら、冷気が止んだ。
そして彼女は何かを思いついたのか、涼風様の部屋に戻って祭壇を眺めている。
私たちは何が何やらわからず、庭に佇んでいるしかない。
「わ、吾輩の部屋が……」
「帰蝶、お前何をした?」
「わ、分かりません……涼風様の唱えていた呪文を唱えたらどうなるのかなーって思って、思い出しがてら呟いたらこんなことに……」
「はるひこー!ちょっときやれ!この符はどうなっておる!!」
イナリちゃんの怒声が響く。
いつもほのぼのゆるキャラ的存在のイナリちゃんがあんな声出すなんて。
よっぽどマズいことが起こったんだろうか。
慌てて部屋に戻ると符をぴらぴらさせたイナリちゃんが仁王立ちしている。
「はるひこ!この符は未完成じゃぞ!これは其方が書いたものであろう!!」
「ひぇっ!い、イナリ様、吾輩の符に何か不都合が……?」
「まったく嘆かわしいのじゃ!
せーめーが見たら式神に追われて京の大路を100往復の罰を与えるところじゃぞ!」
「ひょえええ!お、お許しくださいイナリ様ぁ!」
土下座する涼風様。私たちはポカーンである。
私は恐る恐る怒れるイナリちゃんにお伺い。
「え、ええと、イナリちゃん?いったい何が起こったんでしょうね?」
「この符にはちめーてきな欠陥があるのじゃ!まったく!」
「申し訳ございませんイナリ様!我が涼風家に伝わる符がこれなのでございまする!
吾輩には何がよろしくなかったのかとんと見当もつきませぬぅ!」
全然わからんと正直に謝る涼風様。
一体どういうことなのかと聞くと、イナリちゃん曰く。
「この符は気を流せば誰が流しても術が発動してしまうようになっておる!
符に主がおらんのじゃ!
だからきちょーが適当に呪文を唱えただけであんなことになったのじゃ!
わらわがおらなんだら、熱田が雪に閉ざされるところであったぞ!」
「うぇっ!?そんなことに!?」
「そうじゃ。
本来おんみょーじは自らの気でしか術が発動せぬように符を作るものなのじゃ。
まさかこんな愚かな事になっておるとは……!
せーめーが泣いちゃうのじゃ!」
「お許しくださいませー!家伝の符が欠陥品で申し訳ございませぬ―!」
「まったくはるひこは!
いや、今のおんみょーじはこんなものなのかもしれんのう。
気が充実しておらなんだから、これでも問題はなかったのか」
イナリちゃんはため息をつくと、涼風様に頭を上げるように言い、例の狐火っぽい魔法を使って部屋をあっさり乾かしてしまった。
霜が降りるくらい下がった室温が上がって熱くなるかと思ったけど、一気に乾いたのに熱くないんだよ。すごい不思議!
さすがイナリちゃん魔法!
私も使いたいが無理っぽいのが本当に悔やまれる。
すっかり乾いたお部屋で私たちは車座になって話し合っている。
「ええと、よくわからないんだけども、つまり涼風様のお家に伝わってる符の作り方が本来あるべきものじゃ無くなっている、ってこと?」
「吾輩はあの符以外の作り方は知らんのでな。それが欠陥だったなど……」
「時間がたつと必要だと思わない部分は省略されたりするもんだからねえ。しょうがないのかな……」
「よくわからねえが、誰でも使えるのが問題なんだよな?涼風殿が術を行うのにあれだけ時間がかかるんだ、符を作るのは手分けするようにでもしたんじゃねえか?」
「おお、さすがノッブ、鋭い!多分そうだね。一族で符を作って、術をする人は気を込めるのに集中できるようにしたんだろうね」
信長がとても良い推測を出してくれた。
たしかに涼風様がこの時代の一般的な陰陽師だとしたら、符を作るのは別の人がやった方が効率的だ。
でもそれだと、レベルアップした者が多くなるこの熱田では困る。
「まーそんなところじゃろうなあ。せーめーがいなくなってから数名のおんみょーじで気を流すようになった術も多かったし」
数名で!そういうのもあるのか!
それって儀式魔法とかそう言うやつじゃん!
「うーん、イナリちゃん、つまり符が誰の気でも動くようになってて、それに私が気を流しちゃったから暴走した、みたいな感じでよい?」
「そうじゃなあ。きちょーも呪文をてきとーに口に出すのはやめよ。
ほんとーはしゅるしゅるーっと流れるべき気がどばどばーっと流れておったのじゃ。
呪文は正しく、慎重に唱えなければならんのじゃよ。
わらわほどになると気をちょいちょいとしてぴゃっと使えるから符も呪文もいらんのじゃけど」
「なるほど。イナリちゃんが何を言ってるのかわからないという事がわかったよ」
「のじゃー?」
肝心なところが妙な擬音でわかんねえんだよなあこの神様幼女。かわいいから許すけど。
どうにか使えるようにしたいところだけど、どうしたものかなぁ。
と思ってると涼風様が口を開いた。
「イナリ様、こちらの帰蝶殿が先ほど術を使ったとの事。あの様子を見れば信じぬわけにもまいりません。吾輩と帰蝶殿の違いとは如何に?なにやら気が違うとかおっしゃってましたが」
「ああ、それはきちょーの気がはるひこよりも充実して居るからのう。きちょーはめい」
「待った待った!!イナリ、それ以上はいけねえ」
信長がイナリちゃんの口を塞いで言った。
そしてそのまま、涼風様を鋭く見つめて
「涼風殿、この先を知ったなら、貴方を尾張から出せなくなる。それでも知りたいか?」
と、言い放った。
そうだ。
この先は迷宮とレベルアップが密接に絡む領域。
レベルアップすれば気が充実して、陰陽術を簡単に行使できるようになるのだろう。
そしてそれは、尾張の最重要機密だ。
いや、そのうち広めるんだろうけど、今は秘匿事項。
それを知ってしまったら、その時が来るまで尾張から出てもらうわけにはいかない。
……いざとなったら、口封じとかも必要になるのかな。
嫌だなあ、そんなのやりたくないな。
でも、必要ならやるしかないんだよね。
という訳で、涼風様に選択を迫る形になっている。
私としては現役陰陽師として魔法研究に力を貸してほしいけど、そうなれば尾張に縛り付ける形になってしまうから、強制はできない。
彼には朝廷でのお役目もあるし、今は魔境になってしまっているけど京に帰りたい気持ちもあるだろう。
でも、安倍晴明以降の陰陽術が儀式魔法的に複数人で使う全体の術式になっているとしたら、非常に危険だ。
放っておいていい力じゃない。
これから嫌が応にもレベルが上がる者が増えるはずだ。
彼らが陰陽術を知れば勝手にそこらで使いまくって社会が崩壊する。
きちんと個人に紐づいた形に再構成して普及しなければ、レベルアップ以上に厄介なことになりかねない。
前も言ったけど、私はこの戦国時代の民度をあまり信用してないからね。
だから、陰陽術(私としては魔法と呼びたいのでいずれ変えてみせる)はきちんと管理して研究しなければならないと思う。
そのために涼風様にはぜひ尾張に残ってほしいところなんだけどなあ。
「……正直なところ、吾輩は陰陽術が本当に使えるものだとは思っていなかったのである」
涼風様が、目を閉じて何かを反芻するように語り始めた。
「家伝のとおりの儀式を行っても、わずかな風が吹くのみ。
開祖様の如く宮殿を過ごしやすい空気にすることなど、何かの迷信ではないかと思って居ったのである」
はぁ、とため息をついた。
「ところが、京が鬼に襲われ我らは成す術なく逃げ惑うしかなかった。
開祖様や安倍晴明公ならば、何か手だてがあったのではないかと口惜しく思うのみ。
朝廷ももはや風前の灯火。主上の宸襟を慰め奉ることもできず、糊口をしのぐためやむを得ず尾張に来て儀礼講師を引き受ける事になった」
「……ご苦労なされましたな」
信長が労わるように声を出す。
彼はこういう人を何人も見てきている。
涼風様は首を振りつつ続ける。
「鬼が出る前も、天下はもはや武家のものであった。
我ら公家は主上の御身をお守りするのみ。
だが尾張に来て伝説のイナリ様に拝謁賜り、我が陰陽術が本物であるとのお言葉もいただけた。
そして、おそらく帰蝶殿、貴女の気が充実している秘密を知れば、陰陽術は再び使えるものとして成り立つのではないか、吾輩はそう思うのである」
「涼風様……」
「そして陰陽術復活が成れば、鬼どもに後れを取らぬ事ができるのではないか。
そうも思うのである。
日ノ本は鬼どもに蹂躙されている。
吾輩はそれが我慢ならぬ。
主上は鬼に苦しめられる民を思い、涙を流さぬ日はないという。
吾輩には、臣下としてこの苦境を祓う義務がある。
それに必要であれば、わが身は惜しまぬ。
尾張に、骨をうずめましょうぞ」
「涼風殿……良いのか?」
信長が問いかけ、大きく頷く涼風様。
「当然である。
このことを知れば土御門さまもここ熱田に駆けつけるに相違ないのである!
それに……」
「ほかに何か?」
「偉そうに言ったが、吾輩は貧しいのでな。
ここを追い出されたらどこにも行くところはないのである!
公家などと言っても吾輩のような下っ端はこのようなものなのである!」
わっはっはと言ってのけるお公家様。
悲しくなるから自虐ネタはほどほどにしてほしい。
リアクションに困るんだよなぁ。
今しばらく隔日連載には戻れそうにないですが、これからもお付き合いいただければ幸いです。
よろしければ何かリアクションをいただければ大変モチベーションが上がりますのでよろしくお願いします。




