第39話「力のノッブ、技のノッブ」
木曜日なので第39話。
久助と対峙する謎のイケオジは動かない。
久助も動かない。
なんか時代劇とかで見たことあるよこういう構図。
達人同士で動けない、みたいな。
先に動いた方が負けるやつ。
信長は軽く舌打ちすると
「先に行くぞ」
と言って走る速度を上げた。
私とおさきはすすすすすすすすすと妙に早い和服乙女走りを続ける。
要はすり足。
アホ臭いし傍から見てるとキモイ速さなので今後は袴を常時つけることに決めた今決めた。
むしろスカートを作ってもいいかも。
なんだっけ、ビクトリア期にお貴族様に流行った骨組みのついたロングスカートなら中で思いっきり走っても大丈夫な気がする。
ヒールのついた靴なんて履かないよ。
スニーカーも開発してやろう。
迷宮からゴムがでたりしないかな。
ゴム加工の仕方なんて知らんけども。
信長に置いて行かれて現状クソどうでもいいこと考えながら走っていると、視線の先で久助が小太刀を鞘に納めるのが見えた。
なんか軽く会釈してる久助。信長の方を向いて紹介しているようだ。
信長は荷車の傍でうずくまる商人たちに声をかけている。
その傍に控えた久助。心なしか顔色が悪い。
そうして私たちも小鬼の死体が転がる現場に到着したのだった。
「三郎さま、駆けつけてくれて感謝しますぜ!
こちらのダンナが突然現れた鬼どもをバッサリとやってくれたんでさ!」
興奮して話す商人。
信長の知り合いっぽいな。ほんと顔広いなこの人。
「おめえらが無事でよかったよ。熱田にいろいろ運んでくれてるのは聞いてるぜ。鬼退治が行き届かなくてすまなんだな」
さすがに頭を下げはできないけど、素直に民に謝る信長。
こういうところが素敵なんだよなあぁ!
なんかこう、人気取りでやってんじゃなくて素でやってるのよこの人。
もっと尊大で偉ぶってもいいのに、そういうところは民には見せないのよ。
戦いの場ではすごい厳しいところも見せるんだけど。
ギャップ萌えまでできるなんてなんてお得なイケメンなんだろう。
しゅき♡
姫ムーブでお澄まししながらそんな事を考えつつ、謎のイケオジに話しかける信長を見つめる。
「どうやら尾張の民がそなたに助けられたようだ。かたじけない。
拙者は織田弾正忠信秀の嫡男、三郎信長です。よろしければお名前をお聞かせ願えぬか?」
にこやかに話しかける信長。イケオジは無表情。
何考えてるかわかんないけど、なんかこう達人オーラむんむんするね。
周りには彼が切り殺したと思しき小鬼や大鬼が……
大鬼なんかすごいきれいに首跳ねられてんだよね。
気持ち悪いけど、こんなきれいに斬られてるの初めて見た。
信長が倒すときはだいたい大太刀でぶった切ると言うか叩き潰すと言うか、そんな感じなんだけども。
というかバケモンの死体眺めても平気なワタシって一体。
箱入りなお姫様なはずなんだけども。
ついでに言うとすごい臭い。
やっぱり外にいる魔物は迷宮の中の魔物と何かが違う。
なんかこう、生物感があると言うか。
臭いがきっついのでそれが一番にくるんだけどね。
ああいかんいかん。すぐ余所事を考えてしまうのは私の悪い癖だ。
とにかく、こんな風に大鬼も斬ってしまうなんてどれだけの達人なんだろう。
まさかこの人。
と思ったところでイケオジが口を開く。
「上泉と申します。一介の浪人にて、ご容赦を」
やはり上泉信綱か!!
渋い見た目と落ち着いた低い声。
前世のイケオジ好きな友達に会わせたかった!
目を見張る私を尻目に、信長が言う。
「上泉。……上泉伊勢守殿か!おおおお!そなたを探して居ったところだ!こんなところで会えるなんて!」
「私を?……魔物どもに恐れをなして逃げ出した浪人ですぞ」
「馬鹿を言うな!尾張の村々で鬼どもを斬る無双の武芸者として有名だぜあんた!頼みがあるんだ、聞いてくれねえか?」
興奮を隠せない信長が取り繕いを投げ捨てていつもの口調で話す。
「聞きましょう」
少し肩眉を上げた上泉信綱は平坦な声で返す。
そして魔物の死体が転がる中で尾張の英雄 織田信長と剣聖 上泉信綱の会談が始まった。
「この大鬼、上泉殿が斬ったのか?いや、俺も何度か倒してるがこんなにきれいには斬れなかった。どうやったんだ?」
綺麗に首が飛んでる大鬼を一瞥して信長が話し始めた。やっぱり気になるよねこれ。しかし信綱は
「どうもなにも。ただ斬ったまで」
と素っ気ない。
ほんとに何でもない事のように言う。
唖然とする私たちを余所に、ちょっと厳しい顔をした信長が言う。
「とても不躾な願いなんだが……良ければ、刀を見せてくれないか?
いや、こいつらやけに硬くてな。俺が斬ると刀が折れたり刃こぼれしたりするんだ。
上泉殿の刀がどれほどの業物か、拝見したい」
「業物も何も……ただの数打ちのなまくらですが。それでもよければ、どうぞ」
そういってあっさり刀を鞘ごと渡す信綱。別に失っても惜しくもなんともないとばかりに。
それを受け取り、鞘から抜いて見聞する信長。
私も見るが、確かに大した刀には見えない。
いや、刀の良しあしなんて見分ける自信ないけど。
そんな私から見ても、それほどすごい刀には見えなかったのだ。
数打ちと言うのは、本当なんだろう。
なら、どうやってあんなに鋭利に大鬼を切り裂いたんだろう。
同じ疑問を信長も持ったようで、
「……確かに、業物とは言えないな」
「鬼といえど、斬れば殺せまする。ならば、するりと刀を入れるだけの事。
確かに固くはありますが……切れるように斬ればよいだけ。それをなすのに業物などいりませぬ」
さらりと言ってのける信綱。
これが剣聖。何言ってるか全然わかんないけどとにかくすごいって事はわかる。
「技で切ったと……そんな事ができるのか……ああ、刀を見せていただき感謝する。
お返しします」
難しい顔をしてつぶやいて、刀を返す信長。
そして居住まいを正し、言った。
「その技、尾張に伝授していただきたい。俺たちは今、魔物を斬る兵を鍛えている最中なのです。……あなたの技は、鬼を斬るのに必要です」
頭を下げる信長。私も同じく。おさきも久助も。
この人の技は必要だ。
魔物どもを薙ぎ払い、尾張を開放して安心して暮らせる国にするために。
「……頭をお上げください。私は主君を守れず、わずかな一族を連れて逃げ出した臆病者です。多少魔物を斬れたところで雲霞の如く迫る魔物の軍勢には何の意味もない」
悲しげに言う信綱。そうか、この人は……
魔物の軍勢に人が抗しえないと理解してしまったんだ。
技だけあっても何の意味もないと。
わかる。
わかってしまうよ。
だから、私は頭に血が上って、気付いたら叫んでいた。
「そうじゃないのです!力だけでも、技だけでもダメなのです!必要なのは、多くの者が魔物と戦う術を手に入れる事です!」
この人が、あの上泉信綱が、剣聖が。
自らの技に何の意味もないと言うのが許せなくて。
「多くの人が死にました。今も多くの人が死んでいきます。
でも私たちは、そんな世で生きなければなりません!
ですが私たちは生きるすべを見つけられるはず!
人はこれまでそうして生きてきたのです。
すでに芽は出始めています!力を手にすることはできる道を見つけました!
ですが足りません!全然足りない!
あなたの技が必要なんです!!魔物を斬り、なお生き残る事の出来る技が!
あなたはそれを持っています。
だから!
でも、なのに、なぜ、私、私は……うぐっうえっ、ぶええ……」
さんざん言いたいこと言い放って感極まって泣き出す私。
我ながらどうなんだろうこれ……
なんだかいたたまれない空気の中、信長が穏やかな声で話す。
「泣くんじゃねえよみっともねえ。
上泉殿、こいつは帰蝶。美濃の出で、俺の嫁だ。
……あんたから見りゃ、甘っちょろい小娘だろうが、こいつも覚悟をもってここにいる。
無礼な事を言ったとは思う。思うが……」
私の頭を撫でながら言う信長。
うぐぅ情けない!私は自分が情けない!!
ここは聡明な帰蝶ちゃんが見事な説得で仲間に引き入れる場面でしょうに。
悔しい思いを抱えてえぐえぐ泣いている私の耳に、愛する信長(だんなさま♡)の力強い声が聞こえてきた。
「あんたの技は本物だ。これからの尾張に、日ノ本に必要な技だ。
……どうか、俺たちに力を貸してくれねえか。
俺が、この帰蝶が。あんたの技で魔物どもを叩き斬ってみせてやる」
かっけえ。
涙が引っ込んでぽかんとしていると、剣聖の声が聞こえてくる。
「まことに、そのような事が可能なのですか。あの魔物の軍勢を人がどうにかできるものなのですか?」
「ああ、できる!俺たちの力と、あんたの技があればな!
……ここだけの話、それを引き出すのはこの帰蝶よ。こいつの知恵が、俺たちの力と技を何倍にもするはずだ」
なんだか信長からの評価が高すぎて背中がむずむずする。ただのオタクなんですが。
「左様ですか……とてもそうは見えませんが。ですが……」
うう、すいません。ポンコツコミュ障オタクですいません。
信綱は、なんだか逡巡しているように見える。
無表情で何を考えてるのかちっともわかんないけども。
ちょっと間があって、信綱は言った。
「ですが、その言葉に嘘は無いように思えまする」
朗らかに。
信長も、それに明るい声で応える。
「ま、ぱっと見は頼りない女だがな。話せばわかるさ……面白い世の話が聞けるぜ?」
「……それは楽しみですな。帰蝶様、私にも面白き世をみせてくだされよ」
えぇー、なんか無駄にハードル上がってません?
帰蝶ちゃんあんまり期待されると委縮するタイプなんです。
……って、この流れって。
「俺の嫁だからな。口説いたらゆるさんぞ!」
「まさかそんな事しませぬよ。娘より若い女子に興味はありませぬ」
はっはっはと笑う二人。
久助もおさきもほっこりした顔だ。
「では熱田に行くか!兵の鍛錬は熱田でやってる。きっと驚くぞ伊勢守!」
「はて、廃墟と聞いてますが」
「行けばわかるさ。おーい、お前ら、鬼どもの死骸を集めてくれ!」
へぇ!と商人たちが返事をして、えっちらおっちら小鬼や大鬼の死体を集め始める。
信長は久助にイナリちゃんたちを呼んでくるように言い、久助はものすごい速さで走っていった。
急展開すぎて頭が追い付かない。
きょとんとしていると、おさきが囁いて教えてくれる。
「上泉様は三郎さまに仕えることにされたのですよ。姫様は鈍すぎます!」
ほああマジで!さすが信長!剣聖を仲間にしちゃうなんて!
「姫様のお言葉もだいぶ響いた様子でしたよ。お手柄ですね、姫様」
ほうほう!この帰蝶ちゃんの渾身の説得コマンドが功を奏したのか!
ふふん!ネゴシエーター帰蝶ちゃんと呼んでくれていいよ!
「なんだか残念な姫様だなぁ」「しっ!三郎さまに怒られるぞ黙ってろ!」「まあ愉快な姫様で良い事じゃねえか。なんか知らねえが熱田をまた良くしてくれるみてえだし」
作業している男たちがひそひそ私のうわさをしている!
これは高評価と言っていいんじゃないだろうか?
私はイメージアップにちょっと成功してしまったらしい。
なんだか余計な事しないで自然体でいた方が物事がうまいこと回るような気がしてならない今日この頃であるなあ、と思う帰蝶ちゃんであった。
自然体が一番よ。
最後まで読んでくださりありがとうございます。
また次回。




