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古参衆をつくる

博之は、のぶとさきちゃんだけを呼んだ。

「五軒目の話やけどな」「店を出すより先に、人の段を上げる」

二人は黙って聞く。

「お前らに一人ずつ任せる」「古参として立てる人間をや」

さきちゃんが少し驚く。「……私が、ですか」

「せや」「現場見とるんは、お前らや」

「誰を立てるかは任せる」「ただし、決めたら連れてこい」

博之は、包みを二つ置いた。

「任命されたもんには、一両」「祝い金や」

ノブが笑う。「責任料やな」

「せや」「肩書きだけやない」

「古参になったら、下を見て育てる立場や」

「文句も矢面も、先に立つ」

さきちゃんは、ゆっくり頷いた。

「軽い話やないですね」「軽ない」「せやから任せる」

博之はそう言って、包みを押し出した。

任命の話が出てから、ノブもさきちゃんも、少し口数が減った。

誰を立てるか。それが、思っていた以上に重たい。

「面談、してみる?」

さきちゃんがそう言って、何人かを順に呼んでみた。

普段は口数の少ない者、気の利く者、腕はあるが雑な者。

一人目。帳面の前に座った途端、背筋を伸ばし、言葉が妙に整う。

「古参、ですか」「もし任せていただけるなら、精一杯……」

二人は顔を見合わせた。

二人目。さっきまで雑談していたのに、急に言葉が軽くなる。

「いやぁ、そんな大層なもんは……」「でも、やれ言われたらやりますけど」

どの顔も、仕事場で見る顔と違う。

面談が終わり、二人は店の裏で腰を下ろした。

「……変わるな」のぶがぽつりと言う。「変わりますね」さきちゃんも頷く。

「話を聞いた途端、ええ顔する」「でも、あの顔、鍋の前では見たことない」

のぶは腕を組んだ。「面談で決めたらあかんな」「今さらやけど」

さきちゃんは少し考えてから言った。

「普段の仕事で見ましょ」「声かけ、段取り、下への当たり方」

「結局そこやと思います」

ノブは苦笑する。

「せやな」「古参は、口やなくて背中や」

その日の夕方、二人はそれぞれの持ち場に戻り、改めて周りを見た。

忙しい時に一歩前に出る者。誰にも言われず、火加減を見直す者。

新人が詰まった時、さりげなく助ける者。

面談では語られなかった姿が、そこにはあった。

数日後、二人はもう一度話し合った。

「決められるな」のぶが言う。

「はい」さきちゃんも迷いはなかった。

「……ただ」さきちゃんが続ける。「席、空きますね」

古参に立てれば、その分、現場が一人抜ける。

「せやな」のぶは頷く。「そのままにするわけにはいかんな」

二人は、その足で博之のところへ行った。

事情を話すと、博之は静かに聞いていた。

「面談で態度変わるやつは、まだ早い」

のぶが言う。「普段の仕事で決めます」

さきちゃんが続ける。博之は頷いた。「それでええ」

「肩書きは、日常の延長や」「ただ」

のぶが切り出す。「一人分、穴が空きます」

博之は少し考えてから言った。

「そこは、新しく入れよ」「今なら、人は来る」

「育てる前提でええ」「古参が立ったあとやったら、教える側も決まる」

二人は、ほっと息を吐いた。

「急ぎません」さきちゃんが言う。

「急がんでええ」博之はきっぱり言った。

「ここまで来たら、外す方が高くつく」

その夜、ノブとさきちゃんは、それぞれの持ち場で、静かに決意した。

古参は、選ぶもんやない。

積み上がったもんを、認めるだけや。

そう腹を括ったところで、ようやく二人の迷いは消えていた。

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