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ある夜の金勘定

帳面を広げたのは、夜が更けてからやった。

鍋も片付き、給仕も弁当売りも帰したあと。

灯りを一つにして、博之は膝の上に帳面を置く。

四軒分。一冊では足らず、重ねて置いた。

一軒目。二軒目。三軒目。四軒目。

売上は悪ない。むしろ、よう回っとる。

縁日の出店も、派手な儲けにはならんかったが、赤にはなってへん。

仕入れも、味噌も、油も、少しずつ値が下がってきとる。

帳面の数字だけ見たら、上出来や。

博之は、指で数字をなぞりながら、小さく息を吐いた。

「……残らんな」

思っていたほど、金が手元に残らへん。

理由は分かっとる。人や。

料理人、給仕。弁当売り。四軒になった分、

人も倍近くになった。給金も、安くはしてへん。

「これで五軒目は……」

帳面をめくり、頭の中で組み立てる。

初期費用。鍋。道具。仕入れ。人。

数字は出る。せやけど、線が一本足らん。

“余裕”がない。出せんことはない。

無理をすれば、出せる。せやけど——

博之は、帳面を閉じた。「今やないな」

独り言が、静かな店に落ちる。

四軒目を出してから、まだ日が浅い。

人も、やっと回り始めたところや。

この状態で五軒目を出したら、目が届かん。

鍋も、人も、空気も。「店は増やせる」

「せやけど、人は育たん」

帳面を抱えたまま、しばらく動かずに考える。

最近、人は集まりやすくなった。

「ここで働きたい」「評判ええって聞いた」

それは確かや。せやけど、集まることと、使えることは別や。

育てるには、時間が要る。教える側も、疲れる。

任せるには、まだ浅い。博之は、帳面を棚に戻す。

五軒目は見送る。今やるべきは、出すことやない。

「厚くする」人を。採る。育てる。続かせる。

四軒を回しながら、余力を作る。

誰かが抜けても、崩れへん形を作る。

九軒の話は、まだ胸の奥にしまう。焦らん。

数字がそう言うとる。

博之は立ち上がり、灯りを落とした。

店は静かや。でも、この静けさは、止まりやない。

次に動くための、溜めや。

「……まだ、積む時期やな」

そう呟いて、戸を閉めた。

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