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縁談の話が増えると、空気が変わる

最近、店の中に、変な間が増えた。

仕込みの手が一瞬止まるような間。

誰かが口を開きかけて、やめる間。

笑い声のあとに、ふっと落ちる静けさ。

きっかけは、だいたい決まっている。

仕入れ先の親父が、世間話の途中で、何気ない調子で言う。

「弁当売りの子ら、ええ歳やろ」「ええ話、あるんやけどな」

博之は、その場では軽く笑って流す。

「ほうですか」「ありがたい話ですね」

それ以上、踏み込まへん。踏み込ませへん。

そういう話は、店の奥で決めるもんやない。

それに、今はまだ、その時期やない。せやけど、話は止まらへん。

店の中でも、女たちが小声でざわつく。

「また縁談の話、来たらしいで」「反物屋の筋やて」

「炭屋の若旦那らしいわ」

「ええとこで働いとると、違うな」

そんな言葉が、火を使う音の合間に落ちる。笑っている者もおれば、

黙って鍋を見つめる者もおる。

博之は、その様子を遠目に見るだけや。距離を保つ。

口出しはせえへん。

縁談は、祝いや。その人の人生が、次へ進む話や。

それを軽々しく扱う気はない。

せやけど同時に、縁談は、人が減る合図でもある。

一人抜けるだけで、店の動きは微妙に狂う。

空いた穴を、すぐには埋められへん。

「まだ早い」それが、博之の本音やった。

店が整ってきた今、四軒がようやく同じ呼吸で回り始めた今、

人の出入りで空気が乱れるのが、一番怖い。

縁談の話は、これからも増えるやろう。噂が広がれば、自然な流れや。

でも、博之は動かへん。誰かを急かすこともせえへんし、

止めることもせえへん。ただ、今を見る。「今は、働く時期や」

そう、心の中で繰り返す。この店で過ごす時間が、

その先の人生の土台になる。そう信じているからこそ、

博之は、まだ背中を押さない。縁談の話が増えるほど、

この店が、次の段階に近づいているのは分かる。

それでも、今はまだ、ここで踏ん張る時やった。

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