人探しは口入り屋だけでは足りへん
四軒目が回り出してから、博之の頭を一番占めているのは、人のことやった。
鍋も、味も、仕入れも、だいたいの見通しは立つ。
どの鍋をどの時間に回すか、火をどこで落とすか、
弁当の数をどこまで増やすか――そういう算段は、もう体が覚えている。
せやけど、人だけは違う。人だけは、帳面どおりには増えへん。
口入り屋には、引き続き話を通してある。
条件も悪くない。給金も、休みも、今の大坂では上のほうや。
それでも、連れて来られるのは「どこでもええから働きたい」
「とりあえず口が欲しい」そんな顔ぶればかりやった。
それが悪いわけやない。せやけど、今の博之の店が欲しいのは、
“とりあえず”の人間やなかった。
そんな時、ほんまに役に立つのは、現場やった。
弁当売りが戻ってくる夕方。酒屋の前で立ち話をしているとき。
湯屋の帰り道、手拭いを首にかけたままの人の流れ。
煮売屋の軒先で、鍋を覗き込みながらの世間話。
「さっきの子、計算早かったな」「荷が重そうやのに、顔色変えへんかったで」
そんな何気ない一言を、博之は聞き逃さへん。わざと聞き返すこともせえへん。
ただ、耳に残す。弁当売りの一人が、ある日ぽつりと言うた。
「この前、一緒に売ってた子がおるんです」
「声も通るし、足も早いし、お客さんに声かけるの、うまいです」
博之は手を止めて、顔を上げた。弁当売りは続ける。
「せやけど、今の店、給金が安い言うてました」
「続ける気はあるみたいですけど……」博之は、ただ頷くだけやった。
そこで「来るか」とは言わへん。無理に誘いもせえへん。
まず“見る”。口入り屋が持ってくる人材は、
年齢も、経歴も、だいたい揃っている。
せやけど、それは“出来上がった型”や。
一方、町に転がっているのは、まだ形になってへん原石やった。
雑に扱われて、くすんでいる石。せやけど、磨けば光るかもしれん石。
博之は、そこに手を出したい。「人探しは、町探しやな」
そんな独り言を、鍋の湯気に紛らせる。湯気の向こうでは、今日も客が並び、
弁当売りの声が遠くから聞こえてくる。
この町には、まだ人がおる。博之は、そう信じていた。




