三井から資金調達の話くる
三井の小間使いと、反物屋の一件。
その二つが絡んだことで、博之の店の空気は、目に見えて変わった。
着るものが新調された下働き、給仕、料理人。派手ではないが、
布の質が違う。色は地味でも、くたびれていない。
袖口が擦り切れておらず、帯もよれていない。
それに、客のほうが先に気づいた。
「ここ、前から安うてうまかったけどな」
「最近、ええ身なりしとるなあ、みんな」
そう言われるたび、博之は曖昧に笑うだけやったが、
客は勝手に解釈を進めていく。
——安くて、うまくて、——しかも、身なりの整った店。
それはつまり、
「ここは、信用できる店や」
という判断やった。
四軒の店は、どこも無理なく回っていた。
突出もせず、滞りもない。弁当売りの足も落ち着き、
仕入れも乱れない。誰かが欠けても、他が自然に埋める。
そんな頃、久しぶりにユキが顔を出した。
「相変わらず、ええ面しとるな」軽口のようでいて、
視線は店全体を見ている。場、鍋場、給仕の動き。
そして、下働きの立ち振る舞い。
「……でな」「今日は、ちょっと大きい話や」
博之は、黙って湯呑を差し出した。「両替屋の仕事や」
「お前の店がな、名前、通った」
博之は、眉をわずかに動かした。
「九軒、一気にやる言うてたな」「居酒屋も、考えとるんやろ」
ユキは、当たり前のように続ける。「金、いるやろ」
「うちで面倒見れる」一瞬、空気が止まった。
「話、通す力があるいうのはな」「もう信用や」
「お前は、もうそこまで来とる」
だが、博之は首を振った。
「断る」ユキが、目を丸くする。
「……なんでや」「こんなおいしい話、そうないで」
広雪は、少し考えてから、ゆっくり言った。
「人を育てるのが、一番むずい」
「今おるもんの顔、全部、まだ見えとる」
「急に店増やしたら、目ぇ届かん」
「急ごしらえで人集めても、店は回っても、
気持ちは回らん」ユキは、黙って聞いていた。
「それに」「こうやって一個ずつ作るん、
結構、楽しいねん」
博之は、少し照れたように笑った。
「今日のところは断る」「でもな」
湯呑を置き、続ける。
「居酒屋やるときは、ひょっとしたら頼む」
「それと」「給仕や料理人の仕込み場として、
手習いの店やな」「料理教室みたいなもん」
「給仕教室みたいなもん」
「それ全部終わったら、町の人間も、
少しずつ育ってくるやろ」
ユキは、呆れたように息をついた。
「……お前な」「どこまで考えとるんや」
博之は、肩をすくめた。
「両替商はやらへん」「でもな」
「町で豚汁屋を、長々やっていくには」
「町の人間も、育てなあかん」
「その時は、金、頼むかもしれん」
ユキは、しばらく黙ってから笑った。
「参ったな」「貸す話断られて、
まだ頼られる気せえへん」「ほんま、変な男や」
そう言いながら立ち上がり、最後に一言、残した。
「でもな」「それができるから、信用が回るんや」
ユキが去ったあと、店はいつも通り、湯気を上げていた。
派手な拡大はせん。せやけど、確実に深くなる。
広雪は、そのほうが性に合っていると、改めて思った。




