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四軒目の気配

年が明けて、町は少し落ち着いた。

一月は縁日の余韻が残り、二月三月は、独立して失敗した者の噂が、

酒の肴みたいに行き来した。「あそこの豚汁屋、もう畳んだらしいで」

「仕入れが続かんかったとか」誰も、表立っては言わん。

せやけど、聞いている。

四月に入ると、空気が変わった。

古参集の話が、はっきり形になったからや。

「ここまで来たら、次は――」

その言葉が、皆の胸に引っかかっていた。

五月。博之が、夕方に声をかけた。

「明日、下見に行く」

行くのは三人。博之、さきちゃん、のぶ。

それだけで、十分やった。

「四軒目や」その一言で、裏がざわつく。

次の日。三人は、弁当売りの筋を外れた路地を歩いた。

人通りは少ないが、抜け道になっている。

「ここ、ええな」ノブが言う。

「弁当、流せる」さきちゃんも頷く。

博之は、何も言わず、周りを見る。家並み、風向き、日当たり。

全部、頭に入れている顔や。

「……いけるな」それだけ言って、引き返した。

その日の夜。店に戻ると、下の者たちの目が違った。

「下見、どうでした?」「もう決まりですか?」

誰も言わんが、自分が呼ばれるかを考えている。

数日後。露骨に変わった者が出た。

火を離れん下働き。やたら声を出す給仕。

弁当をいつもより多く回る売り子。

完全に、アピール合戦や。

ノブが苦笑いする。「分かりやすいな」

さきちゃんも、肩をすくめる。

「見られてる思たら、急に頑張る」

博之は、何も言わん。ただ、見ている。

ある日、下働きの一人が言う。

「四軒目、誰が行くんですか」

のぶは、即答せんかった。代わりに、言う。

「まだや」「店は、人で決めへん」

「人は、結果で決まる」

その言葉に、場が静まる。

裏で、古参の三人が顔を合わせる。

「……浮き足立ってるな」さきちゃんが言う。

「まだ三軒目や」「早すぎる」

ノブも頷く。「せやけど、悪くない」

「先を見てる証拠や」博之が、静かに口を開く。

「色めき立つのはな」「店が続くと思われてる証拠や」

「せやけど」「浮いた奴は、足元すくう」

その夜も、店は回った。いつもより、少し騒がしい。

期待と不安が、鍋の湯気みたいに立ち上っている。

四軒目は、まだ影や。せやけど、

その影を追いかけて、皆が勝手に走り出している。

開業メンバー三人は、その様子を見て、顔を見合わせた。

「……やれやれやな」ノブが笑う。

「でも」さきちゃんが言う。「ここからやね」

博之は、黙って頷いた。三軒目は、まだ途中。けど、

四軒目の気配だけは、もう町に流れ始めていた。

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