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火の向こう側


ノブは、下の者をよく見ていた。言葉やない。

手の止まり方、火を見る目、返事の間。

最近、違和感が増えていた。鍋を任せると、火が強い。

注意すると、表情が硬くなる。「分かってます」

その言い方が、もう分かってへん。

ある日、はっきり結果が出た。汁が荒れ、味が乗らん。

客の椀が、いつもより早く下がる。

ノブは、何も言わず、交代させた。

下働きは黙ったまま、裏へ下がった。

夕方、声がかかる。「ノブさん、やり方、厳しすぎませんか」

周りが、息を詰めて聞いている。

ノブは、短く答えた。「結果や」「今日は、味が落ちた」

「それだけや」それ以上、言わん。

次の日から、火の当て方が変わった。慎重になり、鍋を離れん。

味は戻った。誰も、文句を言わん。

ノブは分かっていた。言い負かしたんやない。

結果で黙らせただけや。

週末、下働きを連れて飲みに行った。店の外で、話を聞くためや。

酒が入ると、愚痴が出る。

「怖いです」「ミスしたら、すぐ代えられる」

ノブは、黙って聞いた。しばらくして、別の言葉が出る。

「……でも」「この店、ちゃんとやってたら、先が見える気がします」

ノブは、杯を置いた。

それを聞いた時、胸が少しだけ痛んだ。

締める側は、その重さを、全部引き受けなあかん。

数日後、博之に呼ばれた。さきちゃんもいる。

博之は、先に言う。「ノブ、お前が何で悩んどるか、分かっとる」

ノブは、黙って頭を下げた。

「下の者を締めるのはな」「嫌われる仕事や」

「せやけど」博之は、言葉を切った。

「それをやる奴がおらんと、店は持たん」

九軒の話が出た。一軒、二軒やない。続く話や。

「店主になったら」「下働き四両」「回せたら五両」

「七両まで、見る」数字は、淡々としていた。

「それと」「料理人の古参として」「誰を入れるか、口出ししてええ」

ノブは、顔を上げた。「せやけどな」博之は、少し声を落とす。

「独立は、逃げ場やない」「前、失敗した奴もおる」

「火だけ見とったら、店は持たん」

ノブは、深く頷いた。「下の者の夢も」「怖さも」

「全部、見た上で、決めろ」

帰り道、ノブは足を止めた。

火を見る。人を見る。結果を出す。

どれも、逃げられん。

でも、下の者の言葉を聞いた今、背負う意味は、はっきりしていた。

火の前に立つのは、腕のためやない。

次に渡すためや。

ノブは、静かに息を吐き、また明日の鍋を思い浮かべた。

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