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古参の話


その日は、昼の山を越えたあとやった。

博之は、給仕と弁当売りの女の子らを呼び、店の奥で茶を出した。

「今日はな、仕事の話やけど、堅い席やない」

そう言われて、皆少し肩の力を抜く。

「さきちゃん」博之が言う。「この話は、お前からした方がええ」

さきちゃんは一瞬戸惑ったが、頷いた。

「……博之さん、先の話を考えてはります」

女の子らが顔を上げる。

「九軒、出す話です」「えっ」「そんなに?」

ざわっと声が漏れる。

博之は湯呑みを置いた。「一気には出さん」

「せやけど、目標はそこや」

「九軒を囲う形で、居酒屋を一つ」

「鍋と弁当だけやない、人が集まる場所を作る」

女の子の一人が言う。「……私ら、関係あるんですか」

博之は即答した。「ある」「今おる連中が、古参になる」

さきちゃんが言葉を継ぐ。

「採用の話、口利き、誰を入れるか」

「それを、私らで相談して決めるようになります」

一瞬、沈黙。

「主人が決めへんの?」誰かが聞く。

博之は首を振った。「全部は見切れん」

「現場知っとる奴が決めた方がええ」

そこで、さきちゃんが少し間を取ってから言う。

「古参になると……」「年俸が出ます」

「年……?」「いくら?」「三両です」

一斉に息を呑む。「三両て……」「年の話ですよね?」

さきちゃんは、うなずく。

「安うないです」「せやけど、責任も重い」

誰かが冗談めかして言う。「さきちゃん、今いくらもろてるんですか」

さきちゃんは、少し笑って首を振った。「それは……言われへん」

博之が、助け舟を出す。「人の給金は、詮索せん」

場が和らぐ。さきちゃんは、静かに続けた。

「でもな」「家族に仕送りできるくらいには、なります」

その言葉に、女の子たちの目が変わった。

「それと」さきちゃんは、少し照れながら言う。

「縁日とか、顔が売れる場に立つと」「……ええ縁談、来るかもしれません」

くすっと笑いが起きる。「冗談やないで」博之が言う。

「町は、そういうとこや」「働き口が安定してて」

「銭も回してて」「顔も知られとる女は、話が来る」

茶をすすりながら、博之は続けた。

「九軒いうのはな」「店の数やない」「人の数や」

「今おる連中が、次の連中を見る」

「それが出来んと、店だけ増えても意味がない」

女の子たちは、互いに顔を見合わせた。

不安もある。けど、初めて

**“この先の自分”**が、具体的に見えた瞬間やった。

さきちゃんは、最後に言う。

「無理に残れとは言いません」「でも、残るなら」

「古参として、覚悟を持ってほしい」

博之は、静かに頷いた。

湯呑みは空になり、話は途切れた。

けど、その場に残ったのは、仕事やなく、

未来の話やった。

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