地元の縁日に露店を出す。ー町に溶け込むー
三軒目を出して、少し間が空いた頃やった。
帳面の数字は悪くない。むしろ、思っていたより順調や。
けど、博之の中では、次に何をするかが定まらずにいた。
そんな折、地元の世話役から声がかかった。
「今度の縁日、出してみいひんか」言い方は軽いが、意味は重い。
三軒も店を出して、縁日に顔を出さへんのは、商人ではあっても、町人やない。
そんな空気が、言葉の端に滲んでいた。
博之は、以前聞いた話を思い出す。羽振りが悪うなった店主が、
「そんな余裕はない」と縁日を断り続け、
気がついたら町からも客からも距離を置かれていた話や。
――ここは、出すとこやな。
一軒目と二軒目の鍋を合わせて、四つ。
豚汁四十、鶏汁四十。合わせて八十杯。
これなら無理もせんし、ケチにも見えへん。
その話を聞きつけたユキが、にやりと笑った。
「初めての縁日やろ。二十杯分は、俺が持ったる」
博之は一瞬迷い、頭を下げた。「ありがとうございます。……
それなら、俺も二十杯は持ちます」
これで四十杯。残り四十を、どう使うか。
博之は、木箱を二つ三つ並べることを思いついた。
裏表のある、ただの箱や。振って、表が出たら一杯タダ。
裏なら、いつもより少し安い値段で売る。
豚汁六十文。鶏汁四十文。普段より少し安い。
縁日は、儲ける日やない。覚えてもらう日や。
最初は皆、半信半疑やった。「ほんまにタダになるんか」
子どもが覗き込み、大人が笑う。表が出た瞬間、ざわっと声が上がる。
「今日はついてるな」「次は俺や」
気がつけば、人の輪ができていた。
鍋は空になった。銭の数は、まだ見てへん。
博之は、並んだ顔を見回す。
――ああ、これか。店を増やすんやのうて、
町に入るいうのは。
夜風が冷たかった。
けど、胸の奥は、妙にあたたかかった。




