口入り屋の暖簾
三軒目、四軒目を考えるなら、
人を増やさなあかん。
それは、もう避けて通られへん話やった。
博之は、久しぶりに口入り屋の暖簾をくぐった。
二件目の時と同じように、料理人と下働き――
それに弁当売りを探すつもりで来た。
「今、勢いありますなあ」
口入り屋が、にやっと笑う。
「二件回してはるいうたら」「そら、来ますわ」
実際、来た。次から次へと。
「この弁当の味なら」「私でも売れますわ」
「難しいこと、あんまなさそうですし」
軽い。悪くはない。せやけど――
(……ちょっと、違うな)
博之は、胸の奥でそう思う。
売れるから来る。勢いがあるから来る。
それはそれで、正しい。
せやけど、博之が欲しいのは、一緒に積み上げる人間や。
結局、料理人は一人。金勘定はできんが、腕は確か。
余計なことを言わへん男。
それに、下働きの女の子を一人。
「この二人で、まずはええ」そう決めた。
そこへ、口入り屋から、また別の話が入る。
「さきちゃんの友達、何人か来とります」
「え?」「さきさんから、ええ話聞いてます言うて」
博之は、少し考えたあと、うなずいた。
「……会わせて」
来た子らは、きちんとしていた。
話し方も、目つきも。
「えこひいきは、せえへんで」
博之は、最初にそう言うた。
「下働きは下働き」「給金も、仕事も、平等や」「はい」
それでも、給金の額を聞いた瞬間、みんな目を丸くした。
「……この額やったら」「変なこと、しませんわ」
その言葉を聞いて、博之は、少しだけ胸が軽くなる。
せやけど。料理人の話は、まだ終わってへんかった。
「なんで、僕は雇ってもらえないんですか」
別の男が来た。腕に覚えがある。
あちこちの店を渡り歩いてきた。
「僕の腕があれば」「博之さんの店、もっと回せます」
博之は、じっと男を見る。
「なあ」静かに言う。
「腕そこそこあって」
「いろんな店回ってるいうことは」
「……理由、あるやろ」
男の表情が、一瞬固まる。
「味、盗んで」「独立するつもりちゃうか」
ドキッ、としたのが、分かった。
「うちはな」博之は続ける。
「味だけの店ちゃう」「客との会話も」「仕掛けも」「積み重ねや」
「功名心が先に走るやつ」「手元に置くには、危なすぎる」
男は、唇を噛む。「……後で、後悔しますよ」
捨て台詞を吐いて、出ていった。
静かになった口入り屋で、
博之は、ふうっと息を吐いた。
(難しいな)
人を雇ういうのは、腕を見ることやない。
勢いを見ることでもない。先の欲を見ることや。
三軒目、四軒目。
店を増やすいうのは、暖簾を増やすことやない。
背負う人間が、増えることや。
博之は、改めてそう思いながら、
口入り屋を後にした。




