夕方の帳場にて
次の日の夕方。鍋の火を落として、仕込みも一段落した頃。
店の中は、昼ほど騒がしくない。
帳場の端で、さきちゃんが声をかけた。
「ひろゆきさん、昨日の住吉の話なんですけど」
「おう」博之は、手を拭きながら腰を下ろす。
「縁日、結構いろんなもん売ってまして」
「おもちゃとか、べっこう飴とか」「ほう」
「それで思ったんですけど」
「毎日やなくてええんですけど」
「お弁当配ってる子らに、ちょっと渡してもろて」
「お客さんに景品みたいに付けるの、どうかなって」
博之は、少し考える。
「子どもおる家とか、喜ぶかもしれませんし」
「子供騙し言うたらそうなんですけど」
「いつも味の濃いもん食べてはる人に、たまに違う甘さとか出すのって」
「飽き、来えへんかなって」
「……なるほどな」
博之は、にやっとする。
「味覚の話の“きっかけ”やな」
「はい」「弁当だけやと、どうしても飯で終わるんで」
「ええと思うで」「縁日は、そういうもん拾う場所や」
少し間を置いてから、さきちゃんが言いにくそうに続ける。
「それで……もう一つ」「なんや」
「友達と話してたら」「仕事の愚痴の話になって」
「ほう」
「よそさんでは、店主が怒鳴るとか」「お給金、聞いてた話と違うとか」
「そういう話が出てきて」博之は、黙って聞く。
「私は……」「今、すごい恵まれてるなって思って」
「あんまり悪口、言えなかったんです」
「うん」「そしたら」
「そんなええ店なら、さきのとこで働きたいって」
一瞬。博之は、声を出して笑った。
「はは」「そらそうなるわ」
「え?」「さきちゃんの給金な」
「下働きの子の、倍は払ってでもほしい思て出してる」
「倍、ですか」「わしな」
「ひどい境遇、結構見てきたから」
「怒鳴るとか、そういうことあんまりせえへんねん」
「もともと、生粋の町人ちゃうしな」
さきちゃんは、静かに聞く。
「せやけどな」博之は、少し声を落とす。
「義理通さへんのは、あかん」
「今の店、ちゃんと話つけて辞めなあかん」
「それは、わし面倒見えへん」「はい」
「ただ」「来る言うなら」「これから店も増やしたいし」
「働く場所も、なんぼでもある」
「給金も」「最初は控えめでも」
「店回せるようになったら、ちゃんと払う」
少し間。「友達同士で働いて、気まずならへんか?」
博之が聞く。
「そこは」さきちゃんは、はっきり言う。
「大丈夫です」「店も増えるなら」
「一緒に働く言うても、同じ店とは限りませんし」
「友達やから言うて」「ひろゆきさんに迷惑かける気、ありません」
博之は、うなずく。
「……それ聞いて、安心したわ」
夕方の光が、帳場を斜めに照らす。
「縁日行かせて正解やったな」博之が言う。
「はい」「思ってたより、拾うもん多かったです」
二人の間に、少し静けさ。
でも、それは気まずさやない。
店は、また一歩、広がった。
飯の話から、人の話へ。
人の話から、次の店へ。
そんな夕方やった。




