初めての正月
大阪で迎える、初めての正月やった。
松阪におった頃の正月とは、空気が違う。
人の数も、音も、匂いも多い。せやけど、路地裏の朝は静かで、
鍋のない店は、どこか落ち着かん。
博之は、店の奥で湯を沸かしながら、
「もう正月か」と、ぽつり呟いた。
そこへ、のぶとユキが顔を出す。
「明けましておめでとうございます」
「おめでとうさん」
軽く頭を下げ合って、そのまま座り込む。
ユキが、にやっと笑って言う。「なあ博之」
「二軒も店回してる四十一やろ」
博之は、嫌な予感がして湯呑みを持つ。「……なんや」
「そろそろ、嫁さん取る気はないんか」
一同、どっと笑う。博之は、ため息混じりに首を振った。
「いやいや」「今は、やりたいことがある」
「店も、人も、まだ途中や」
「落ち着いたら、考えるかもしれんけどな」
ユキは肩をすくめる。
「ほな、せめてや」「着物ぐらい、もうちょいええもん着えへんか」
「うちらと並んだとき、あんた一人だけ、冴えないおっさんやで」
また笑いが起きる。
博之は苦笑いするだけやった。
「商いが先や」「格好は、後でええ」
正月らしく、店のものを少しずつ出す。
漬物、だし巻き、それから――
「今日はな」博之が言う。「鯖の味噌煮、作ってみた」
椀に盛られた鯖を、皆が口に運ぶ。
「……うまっ」「これ、ええやん」
「正月から贅沢やな」
博之は、少し照れたように言う。
「イワシより高い」
「せやけど、食うた感じがある」
「味噌に漬けといたら、日持ちもする」
のぶが、すぐ勘定を回す。「一度に仕入れて、二軒で回すなら」
「数も、そこまで無理やないですね」
「火の加減は?」「多少荒れても」
博之は言う。
「味噌が締めてくれる」
「目分量でも、いける」
一同、黙ってうなずく。また一つ、
商いの種が転がった瞬間やった。
食事が一段落したころ、博之は、さきちゃんに声をかける。
「正月やしな」
「天満宮でも、住吉でもええ」
「商売繁盛、拝んできてくれ」
懐から、少し銭を出す。
「ついでに縁日もあるやろ」
「面白いもんあったら、見てきて」
「弁当売りのときの、呼び水になるもんでも見つかったら、なおええ」
さきちゃんは、目を輝かせた。
「ええんですか?」「ええ」「遊びも、商いのうちや」
正月の路地裏は、静かや。せやけど、頭の中は忙しい。
博之は、湯呑みを手に思う。
大阪に来て、まだ九ヶ月。二軒で、やっと回り始めたところや。
せやけど、次の一年は、もう少し大きく動けそうな気がしとった。
「今年も、やること多いな」
そう呟きながら、
博之は、新しい年を迎えた。




