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日を動かす(五縁の日)


夜。二軒目の片付けが終わり、帳場の奥で三人が向かい合っていた。

博之、のぶ、さきちゃん。

鍋の火はすでに落ち、湯だけが静かに残っている。

「今日はな」博之が先に口を開いた。「決め切る話やない」

「これから、どう動かすかの話や」

のぶは帳面を閉じたまま、黙って聞く。

さきちゃんは、湯呑みを両手で包み、少し身を乗り出した。

「店が回り始めるとな」博之は続ける。

「次に来るんは、慣れや」「慣れは楽やけど、商いでは一番怖い」

のぶが、静かに言葉を継ぐ。「味も、値も、段取りも」

「同じことを続けてると、人も店も鈍ります」「せや」

博之はうなずいた。「せやから、この店は」「売るだけの店にせん」

さきちゃんが、すぐに反応する。「……企画、ですか」

「企画いうてもな」博之は笑った。

「大層なもんやない」「日を、ちょっと動かすだけや」

そう言って、指を一本立てた。

「まず一つ」「五縁の日や」「ごえん?」

さきちゃんが首をかしげる。

「五文の五やない」博之は首を振る。「縁の五や」

「ごえんの縁」のぶが、ゆっくりとうなずいた。

「縁日、という意味ですね」

「せや」博之は言葉を続ける。「毎月、五の付く日は」

「この店、五縁の日にする」「とん汁、とり汁」

「弁当も」「全部、五文引き」

さきちゃんが、ふっと笑う。

「安いから、じゃなくて」「縁を作る日、ですね」

「それでええ」博之は即答した。「安売りはせん」

「縁を切らん値や」

のぶが、頭の中で計算する。「とん汁七十文が六十五文」

「とり汁五十文が四十五文」「弁当は三十文が二十五文」

「覚えてもらえたら、それでええ」

博之は言う。

「五の付く日は、ここ」「縁のある店や、ってな」

少し間を置いて、博之は指をもう一本立てた。

「それと」「習いの日」

のぶが顔を上げる。「下働きに、鍋を任せる日ですね」

「せや」「その日は、値も変える」

博之は、帳面の端に数字を書く仕草をした。

「汁は、全部一律三十文」「豚でも鳥でも関係なし」

「弁当は二十文」「二つで三十文」

さきちゃんが、思わず言う。「……だいぶ安いですね」

「安い理由がある」博之は、はっきり言った。

「今日は手習いや」「味が揺れるかもしれん」

「せやから、値も揺らす」

のぶが、静かに言う。「正直ですね」「正直でええ」

「完璧を売る日やない」「育てる日や」「失敗、出ますよ」

のぶが言う。

「出てええ」「そのための一日や」「わしは横で見る」

「口は出すが、手は出さん」

さきちゃんが、少し笑った。

「お客さんも、一緒に見てる感じになりますね」

「それでええ」「この店はな」「完成品だけ出す店やない」

「途中も見せる店や」

博之は、さらに言葉を重ねた。

「味噌も、同じや」「味噌屋がな」

「時々、別の味噌使うてみてくれ言うてくる」

「それを、店ごとに回す」のぶが言う。

「今日は、この味」「今日は、違う味」

「せや」「違ってええ」「違う理由が、話になる」

最後に、博之は少し声を落とした。

「それとな」「休みも、ちゃんと取らせる」

さきちゃんが顔を上げる。

「住吉でも、京都でも、有馬でもええ」「行ってこい」

「見てこい」「面白いもんあったら、話してこい」

「それ、仕事ですか?」のぶが聞く。

「仕事や」博之は即答した。「店に戻す気があるならな」

三人の間に、静かな納得が落ちる。

「この店はな」博之は、湯呑みを置いて言った。

「同じ日が続かんようにする店や」「味も、値も、人も」

「たまに揺らす」「揺れても、倒れん形にしとく」

「それが、続く商いや」

さきちゃんは、小さく笑った。「忙しい店ですね」

「せや」博之も笑う。「けど、鈍るよりはええ」

帳場の灯りは、今日も弱い。

せやけど、この先、この店に「ただの平日」は、なくなる。

博之は、最後に言った。

「まずは」「五縁の日からや」

路地裏の夜は静かや。

けど、明日は、今日と同じ縁ではない。

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