段取りの月
大阪に出て、半年が過ぎた。
暖簾を下ろす刻限にも、博之なりの癖がついた。
火を落とす順、鍋の蓋を取る間、帳場に戻る足取り。
帳面の前に腰を下ろすころには、指先の油の匂いで一日の重さが分かる。
二つ目の店を構えて、三ヶ月。
最初の段取り違いも、人の噛み合わなさも、今は嘘のように収まっていた。
同じ段を踏み、同じ数を仕込み、同じ刻に売り切る日が続いている。
一軒目は、博之自身。
それに料理人が一人、三井から預けられた小間使い。
給仕と急ぎの用を走らせる女の子が一人いて、弁当売りが一人。
二軒目は、のぶが前に立ち、料理人とさきちゃん。
こちらにも弁当売りの女が1人ついた。
昼と夕方。
客足の山も、鍋の減りも、ほぼ読めるようになった。
弁当の数を欲張らず、残さず。帳面の数字が、無理なく揃う。
「……悪ないな」
帳場の奥で、博之は独り言ちる。
三井の小間使いは、今日も無駄口ひとつ叩かず働いていた。
包丁の入れ方も、火加減も、もうこちらの流儀を掴んでいる。
だが、博之はその背を見て、心のどこかで線を引いていた。
――この人は、いずれ帰る。
三井の名の下で預けられた身。
ここでもう少しいたら、役目は終いだ。
長く囲うつもりの人間ではない。
その晩、火を落としたあと、博之は一人、口入り屋を訪ねた。
「料理人を一人、探してほしい」
口入り屋は眉を上げる。
「また店を増やすんですか」
「いや。減る分の、埋め合わせや」
理由はそれ以上、語らない。
「年四両。仕込みができて、口が堅い男」
口入り屋はしばし考え、頷いた。
「安くはないですが……筋は通ってます」
博之はそれで良しとした。
人は、足りなくなってから探るもんやない。
数日後、新しい料理人が入った。
多くを聞かず、与えられた場所で黙々と手を動かす男だった。
小間使いの横に立たせ、仕込みを覚えさせる。
重ねるつもりはない。いずれ、入れ替わる。
ある晩、帳場に佐さきちゃんが現れた。
二軒目の帳簿を胸に抱えている。
「今日の分、持ってきました」
博之は帳面を受け取り、目を通す。
「売上、どうです?」
「昼は安定。夕方は日によって振れますけど……
崩れてはないです」
さきちゃんは少し考えてから、言った。
「回る形には、なってきましたよね」
「ああ。無理はしてへん」
「じゃあ……この先は?」
博之は帳面を閉じ、灯を落とす。
「急がんでええ。借りも、庇いも、いずれ消える」
佐紀は小さく頷いた。
「続く形、ですね」
「せや。続く形やったら、それでええ」
外では、夜の大阪が静かに息をしていた。




