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銭で渡す覚悟ー十両の重みー

その日は、鍋の火を早めに落とした。

暖簾を半分下ろし、 宵の手前、店の奥に四人が集まった。

博之、のぶ、三井の者、ユキ。

博之がのぶを呼び出して改めてあいさつさせる。

のぶは三井を出て博之についた身、若干肩身が狭い。

一度誤り工場をのべるがヒロは気楽な調子で座り、湯呑みを持ったまま言う。

こまかいことはきにしなくていいと。「まあ、今日は改まった話や」

「商いと人の勘定、その辺を一度揃えとこ、ちゅうことで」

のぶがうなずき、静かに口を開く。 「先に一つ」 「三井を離れた身として、

筋を違えた形になっておらぬかと、少し気にしておりました」 ユキは軽く笑った。

「相変わらず堅いな」「気にせんでええ」「三井はな、人を縛るために銭を出す家やない」

三井の者が続ける。 「左様です」「面白い商いであれば、関わる」「そうでなければ、

無理に口を出さぬ」 「のぶさんが出たことは、不都合ではありません」

博之が、確認するように言う。「つまり」

「今やってるこの形が、興味のある商い、ちゅうことやな」

ユキはうなずいた。

「せや」「三井の看板背負っては  出来んやり方や」「せやから、見てておもろい」

話が落ち着いたところで、のぶが思い出したように言う。「それと、勘定の話になりますが」

博之が、少し嫌そうな顔をする。「……なんや」 のぶは淡々と言った。

「三井様から頂いている年間報酬の十両と、同じ額を、博之さんからも頂戴しております」

「おいおい」博之が思わず声を出す。

「それはやりすぎやろ」ユキが笑う。

「そうですか?」「私が引き抜きの責任取るなら、最低同じ水準で

雇うのが普通やと思っていました。」

博之は額を押さえた。

「……まだ商売の途中みたいなもんやで、この店は」

ユキが、ぽつりとつぶやく。

「形は動かしたけどな」

「見ての通り、儲けがめちゃくちゃ立ったわけやない」

博之は湯気の消えかけた鍋の方を一度見てから、続けた。

「それでや」

「のぶに年間十両払う言われたら」

「さすがに、首が重なるんちゃうか思うわ」

ユキは湯呑みを置き、少しだけ姿勢を正した。

「気持ちは、わかります」

そう言ってから、言葉を選ぶように続ける。

「せやけどな」

「のぶは、よそ様から扱った身や」

「三井の水準を知っとる人間を」

「ここで急に落とすいうのは」

「筋として、あんまり綺麗やない」

博之は鼻で笑った。

「義理立てしすぎや」

「もう、のぶは三井の人間ちゃう」

ユキは首を振る。

「せやからや」「どうせなら」

「前の水準は維持した上で」

「何をやらせるか」

「そこを変えるんや」

三井の者が、静かに口を挟む。

「給金を下げる代わりに責任を軽くする」

「それよりも」

「給金は据え置いて」

「裁量と役割を変える方が」

「逃げ道は、ずっと狭くなります」

博之は、しばらく黙った。

火を落とした鍋の底で、

最後の泡が小さく弾ける。

「……なるほどな」

「高う払ういうのは」

「甘やかしやのうて」

「期待を札にして渡す、ちゅうことか」

ユキは軽くうなずいた。

「十両はな」「今までの評価や」

「その上で」「これから先を任せるなら」

「中途半端な額は、かえって危ない」

博之は、のぶを見た。

「下働きの続きやと思たら、話が狂うな」

「二歩目や」

「次の手」

「そこを任せる覚悟があるなら」

「十両は、高すぎる銭やない」

のぶは、静かに一礼した。

「その覚悟で、こちらにおります」

博之は、ふっと息を吐いた。

「……逃げられへんな」

ユキが笑う。

「せや」

「高い給金はな」

「期待でもあり」

「鎖でもある」

暖簾の向こうは、まだ宵の手前。

だが店の奥では、

次の一手が、

静かに定まっていた。

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