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朝、料理場に立っていた理由

夜が明けきる前、博之は料理場にいた。

約束では、今日から炊き出しには立たないはずだった。

包丁も鍋も触るな、と言われていた。

それでも、体は勝手に動いた。

藁を割り、火を起こす。

昨日と同じ手順。

昨日と同じ鍋。

味噌を溶くとき、少しだけ手が止まった。

これが最後になるかもしれない。

そう思ったからだ。

豚汁の匂いが、料理場に広がる。

若い衆が一人、気づいて足を止めた。

「……やってるんですか」

「うるせえ」

博之はそれだけ言った。

椀を差し出すと、若い衆は黙って受け取った。

一口すすり、何も言わずに飲み干す。

その時だった。

「――何をしている」

 低い声が、背後から落ちてきた。

 博之は、振り返らなかった。

 分かっていたからだ。

「言ったはずだぞ」 主人の足音が近づく。

「包丁も鍋も、触るなと」 博之は、鍋の蓋を閉めた。

 それから、ようやく振り返った。

「最後です」主人の眉が吊り上がる。

「誰が許した」「許しはいりません」

 一瞬、料理場の空気が固まった。

「……出ていけ」

 主人の声は、静かだった。

「今すぐだ。

 二度と、この料理場に足を踏み入れるな」

 若い衆が目を伏せる。

 博之は、頭を下げた。

 深く、一度だけ。

 包丁も、鍋も、持たなかった。

 何も持たずに、裏口を出た。

 朝の光が、眩しかった。

 町は、もう動き始めている。

 博之は、行き先も決めずに歩いた。

「――おい」

 呼び止める声がした。

 昨日の町人だった。

 同じくたびれた着物。

 だが、今日は腹の音はしない。

「やっぱり、追い出されたか」

 博之は、苦笑いにもならない顔で答えた。

「……顔に出てますか」

「ああ。 分かりやすい」

 町人はそう言って、少し笑った。

「来い」

 短い言葉だった。

「話の続きだ。 昨日の豚汁のな」

 博之は、一瞬だけ空を見上げた。

 料理場の煙は、もう見えない。

「……行き先が、ないんです」

「ある」

 町人は言った。

「今から作る」

 博之は、黙ってうなずいた。

 朝の風が、二人の間を抜けていった。

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