人の数 ――先に足りるもの
夜。
店の灯りを落としたあと、博之は帳面を広げた。
長弁。弁当の数、卵の数、外に出た分。
数字は、きれいに揃っている。
赤字でもない。
黒字とも言い切れない。
帳面の端に、まだ薄い字で二軒目の欄がある。
そこを、博之は指でなぞった。
「……あの」
向かいで、のぶが言う。
「俺が向こう入ったら」
「こっち、弁当止まりますよね」
博之は、すぐ頷いた。
「止まる」「今は」
「仕込みも、味も、締めも」
「お前がおる前提や」
帳面を、軽く叩く。
「抜けたら」「回らん」
少し、間を置いて。
「せやから」
「教えながら仕込ませる時間が要る」
「一人では足らん」
のぶは、顎に手を当てる。
「小間使い、一人」
「俺の店用に、もう一人」
「最低、二人ですね」
博之は、帳面に線を引いた。
──二。「それと」
「さきちゃんは助かっとる」
「売りも、店先も」「けど」
「火と味を回す人間とは別や」
もう一つ、印をつける。
「掃除と給仕」「店の裏を整える役」
「これがもう一人」
静かになる。「……三人足らん」
のぶが、ぽつりと言う。
「そやな」博之は、首を振った。
「弁当売りは固定いらん」
「部合で二人もおればええ」
「回る時だけ入る手や」
帳面の端に、一、二、三と書く。
「今は名前はいらん」「味を覚える」
「手が回る」「数字を狂わせん」
「そこまで来たら」
「名前を覚える」
のぶは、小さく笑った。
「冷たいですね」
「商売や」「情が先に来たら」
「店が先に潰れる」
博之は、帳面を閉じた。
「二軒目いうたら店の話に聞こえるけど」
「ほんまは」「人の話や」
外を見る。暖簾は、
まだ一つ。せやけど。
人の数は、もう足りてへん。
「順番は決まった」「次に増やすのは」
「店やない」「人や」
帳面の中で、名前のない席が静かに並んでいた。
今日は、それを認めた日やった。




