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名を聞く日 ――次の暖簾

その日は、朝の仕込みを早めに切り上げた。

「ちょっと、外、見てくる」

 博之が言うと、のぶが頷いた。

「二軒目、ですか」「候補な」

「決めるんやなくて、歩いて空気見るだけや」

 暖簾を出ると、女の子がついてきた。

「あの」

「私も、一緒に行っていいですか」

 博之は、一瞬考えた。

「……理由は」

「もし」「新しい店が、うちの近くやったら」

「掃除とか」「給仕とか」「できます」

「弁当は、弁当で売りますけど」

 のぶが、横から言う。

「それ、結構助かるで」

 博之は、歩き出しながら言った。

「今日は、見るだけやで」

「それでもええか」

「はい」

 三人で、隣の筋を越える。

 弁当を売った場所。

 人の流れ。

 朝と昼の境目。荷を担いだ商人が、

 立ち止まる角。「……この辺やな」

 博之が、ぽつりと言った。

「店を出すなら」「ここは、悪ない」

 女の子は、少し先を指す。

「この奥」「空いてる家、あります」

「前は、小さな飯屋でした」

 博之は、何も言わずにその方向を見る。

 その帰り道。

 ちょうど、ユキが暖簾の前に立っていた。

「おう」

「ええ顔しとるな」

「どこ行っとった」

 博之は、正直に言った。「二軒目」

「そろそろ考えてもええかなと」

 ユキは、目を細めた。

「ほう」「早ないか」

「急ぎません」

「でも」「弁当が外で回り始めて」

「筋も見えてきたんで」

 ユキは、女の子を見た。

「この子か」

「外、動かしとるんは」

「はい」

「……人も揃い始めとるな」

そう言って、笑った。

「無理はするな」「せやけど」

「流れが来た時に目ぇ閉じたらあかん」

「話、聞いとる」

「続け」

 ユキは、それだけ言って去っていった。

 店に戻る途中。

 博之は、女の子に言った。

「なあ」「まだ聞いてへんかったな」

「名前」女の子は、少し照れて答えた。

「……さき、です」

「さきちゃん、で」

 博之は、頷いた。

「ほな」「さきちゃん」

「今は、売り手や」「その先は」

 少し間を置く。

「店が決まってからや」

 さきは、大きく頷いた。

「はい」

 その背中を見て、のぶが小さく言った。

「人、増えてきましたね」

 博之は、空を見た。

「店を出す前に」「人の方が先に集まる」

「……悪ない」

 まだ、暖簾は一つ。

 けど、次の場所には、もう名前がつき始めていた。

 今日は、それを確かめた日やった。

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