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筋の外 ――売りに出すという選択

その話は、その日の閉店間際にした。

暖簾を下ろし、箱を片付けながら。

博之は、女の子に向かって言った。

「なあ」「さっきの話やけど」

「売りに出すんは、簡単な話やない」

 女の子は、まっすぐ頷いた。

「分かってます」「せやけど」

「筋を越えて買いに来る人がおる」

「それは、もう兆しや」

 博之は、少し考えてから続けた。

「今すぐ店は出さん」

「けど」

「売るのを手伝ってもらうんは、ありや」

 のぶが、驚いた顔で見る。

「博之さん……」

「聞け」

 博之は、静かに言った。

「数は、多うせえへん」

「合わせて十ずつ」

「弁当十、卵十」

 女の子の目が、少し見開く。

「それをな」

「四十文でお前に渡す」

「お前は五十文で売る」

「残りの十文は、お前の懐や」

「手間賃や」

 女の子は、すぐには答えなかった。

 少し考えてから、言った。

「……いいんですか」

「ええ」「その代わり」

 ヒロユキは、指を一本立てた。

「数は守る」「値段も守る」

「売れ残っても、泣かん」

「全部、勉強や」

 のぶが、口を挟んだ。

「場所は?」

 博之は、女の子を見る。

「お前の近所やな」

「現場がある筋」「人の流れ、分かっとるやろ」

 女の子は、少し照れたように笑った。

「朝と昼の境目が、一番動きます」

「十時半から十一時半です」

 博之は、小さく息を吐いた。

「……よう見とる」

 のぶも、感心した顔をする。

「売れる場所と時間を先に言えるんは、強いな」

博之は、決めた。

「ほな」「明日から一週間」「十ずつ」

「売りに出てみ」「帳面、つけるんや」

「何人が止まったか」

「何人が買うたか」

「何が言われたか」

 女の子は、深く頭を下げた。

「ありがとうございます」

 博之は、少し笑った。

「礼はいらん」「これは試しや」

「うまくいったら」

 言葉を切る。「その先が見えてくる」

 女の子は、顔を上げた。

「……店、ですか」

 博之は、答えなかった。

 ただ、鍋のある方を見た。

 のぶは、その横顔を見て、何かを察した。

 その日、新しい役割が一つ生まれた。

 売り手でもなく、客でもない。

 筋を渡す人間。

 まだ名前は知らない娘っ子。

 せやけど、この一歩がなければ。

 二件目の暖簾は、上がらん。

 博之は、そう思っていた。

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