三つの道 ――端っこを二つ
昼の山を越えた頃、
豪商の遠縁は、帳面を覗きながら言った。
「数字は、もう読めるな」
博之は、静かに頷く。
「派手には出ません」
「せやけど、消えもせん」
「端っこやからな」
男は、銭を揃え、ふっと笑った。
「ほな、三つ聞かせる」
指を一本立てる。
「一つ目や」「繁華街、行くか?」「人は多い」「回る」
「けど、家賃も競争も、一気に跳ねる」
博之は、すぐには答えなかった。
二本目の指。
「二つ目」「この端っこで、条件の近い形でもう一軒出す」
「今の型を、もう一回やる」「人は増えるが、読みは立つ」
三本目。
「三つ目」
「ここを畳んで、二十席ほどの店にまとめる」
「看板も、一つにする」
「覚悟は要るが、やりやすい」
男は、指を下ろした。
「どれも、間違いやない」「せやから、決めるんはお前や」
博之は、鍋を見た。火は、今ちょうどいい。
「繁華街は、まだです」男は、何も言わない。
「一つにまとめるんも、まだです」
少し間を置いて、博之は続けた。
「端っこで、もう一回やります」
「同じ型で、もう一軒」男が、目を細める。
「ほう」「ただし」博之は、小間遣いの方を見た。
「もう一軒は、弁当屋にします」
店が、一瞬静かになる。
「今のあいつは、弁当は回せます」
「茄子の煮浸し、田楽、飯」「三十文」
「数も原価も、もう読めとる」
男が、ゆっくり言った。
「……汁は?」
「鳥汁と豚汁は、まだです」
「火加減が、安定せん」
「せやから」博之は、言葉を選んだ。
「鍋は、置かせません」
「向こうは、弁当だけで回す」
「汁は、ここで俺が持つ」「育ててから、渡します」
男は、小さく息を吐いた。
「任せる気やな」「はい」「失敗込みで」
博之は、続けた。
「それと、小間遣いをもう一人か二人、増やします」
「回しと育成、両方見るためです」
「端っこ二つを、一人で背負わせん」
男は、しばらく黙っていた。
それから、ぽつりと言った。「欲張らんな」
「広げへん代わりに、厚くする気やな」
「はい」
「人を、置くために」
豪商は、
立ち上がる。
「端っこを、二つ」「派手やない」
「せやけど、強い打ち方や」
暖簾の前で、一度だけ振り返る。
「失敗してもええ」
「弁当屋は、戻せる」
「鍋は、逃げへん」
そう言って、出ていった。暖簾が戻る。
小間遣いが、小さく言った。
「……俺、任されるんですか」博之は、即答した。「任す」
「せやけど、一人やない」「育てながら、増やす」帳面を閉じる。
端っこで、二つ。鍋は、一つ。弁当は、任せる。
人は、増やす。博之は、静かに思った。
増やすんやない。置くんや。
人を。店を。次の道を。
今日は、それを決めた日やった。




