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勘定の先 ――端っこの相場

夜の片付けが終わったあと、

 博之は帳面を広げた。

 珍しいことだった。

 毎日の数は追っているが、

 まとめて見ることは少ない。

「……三ヶ月、か」

 指で頁をなぞる。

 豚汁、七十文。

 鶏汁、五十五文。

 弁当、三十文。

 数は派手じゃない。

 昼と夕で、

 合わせて四十杯前後。

 そこに、

 弁当が十前後。

 月に直すと、

 およそ――

 銭で言えば、

 ざっと二十両に届くかどうか。

「……端っこなら、

 こんなもんやな」

 大阪の端。

 人はいるが、

 流れはない。

 わざわざ来る場所でもない。

 だが――

 消えもしない。

 家賃は安い。

 口出しも少ない。

 博之は、

 帳面を閉じた。

「次を考えるには、早いか」

 そう思いながら、

 翌日、

 昼の仕込みが終わったあと、

 ぶらりと外に出た。

 商人町を抜け、

 少し賑わいのある通りへ。

 暖簾の数が増える。

 間口も、

 今の倍ほどある。

「……この辺やと、家賃は三両か」

 頭の中で、すぐ勘定が始まる。

 今の店なら、一両ちょい。

 倍にするなら、売上も倍。

 人も、もう一人要る。

「鍋、二つは回らんな」

 足を止め、

 店の中を覗く。

 流行っているわけでもない。

 潰れてもいない。

 ちょうど、

 この先の未来のような店だ。

「……焦るとこやないな」

 博之は、

 歩き出す。

 広い店は、

 金だけやない。

 人も、

 段取りも、

 覚悟も要る。

 今は、鍋は二つ。

 小間使いが一人。

 弁当が一種。

 それで、

 回っている。

 それが、

 一番大事だった。

 夕方、店に戻る。

 小間使いが、

 帳面を覗いていた。

「……どれくらい、出てるんですか」

「気になるか」

「はい」

 博之は、

 正直に言った。

「大金は出とらん」

「けどな、続く金や」

「端っこで、これだけ回れば、上等や」

 男は、

 少し考えた顔をした。

「……次、考えるには」

「まだ早い」

 博之は、はっきり言った。

「今は、数える時期や」

「増やす前に、減らさんことを覚えろ」

 夜。

 鶏汁の火は、静かだった。

 湯気も、

 派手じゃない。

 だが、

 消える気配もない。

 博之は思った。

 夢を見るのは、

 銭を数えたあとや。

 今はまだ、

 端っこでええ。

 この端で、

 どこまで積めるか。

 それを見極めるのが、

 次の仕事やった。

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