腹をすかせた町人にまかないの豚汁を食わせたところ・・・
博之は、自分の顔が好かれないことを知っていた。
通称は「ひろ」。だが、この料理場でそう呼ぶ者はほとんどいない。
黙っていれば不機嫌そうに見える。
考え込めば、怒っているように見える。
気を抜けば、疲れがそのまま顔に出る。
主人は、それが気に入らなかった。
「なんだ、その面は。文句があるなら言え」
博之は首を横に振る。
文句はない。ただ、考えているだけだ。
「今日は安く仕上げろ。味噌も具も、控えめにな」
博之は「へえ」とだけ返した。
話は半分しか聞いていない。
安く仕上げろ、というのは分かる。
だが、味を落とせとは言われていない。
味が落ちるなら、客は戻らない。
戻らなければ、結局、損をする。
博之は、そういう順番で物を考える男だった。
だが、その考えが、顔に出る。
「……聞いているのか?」
「聞いてます」
嘘ではない。
ただ、全部は守らないだけだ。
主人は舌打ちをして、奥へ引っ込んだ。
あいつは使えねえ。
そう思われているのは、分かっている。
その日の昼過ぎだった。
裏口から、町人が一人、ふらりと入ってきた。
着物はくたびれて、腹の音がこちらまで聞こえそうだった。
「すまねえ。客じゃねえんだが……」
若い衆が追い返そうとする。
「まかないでもいい。銭はねえが、腹に何か入れたい」
博之は、その顔を見た。
空腹の顔だ。
見慣れている。
博之は、返事をせずに鍋を見た。
朝の炊き出しの残りが、まだ温かい。
「……それでいいなら」
椀に豚汁を注ぎ、差し出す。
町人は、礼もそこそこに、すすった。
一口、二口。
そして、動きが止まる。
「……なんだ、これ」
博之は答えない。
「うまい」
それだけ言って、町人は最後まで飲み干した。
「金は出せねえが……頼みがある」
町人は、真っ直ぐに博之を見た。
「うちに来ないか。店を出すんだ。
でかくはねえが、腹を満たす飯を出したい」
若い衆がざわつく。
博之は、少しだけ目を伏せた。
主人の顔が浮かぶ。
不細工な面だと言われた、自分の顔も。
「……話は、後で」
それだけ言った。
その日の夜、主人は博之を呼びつけた。
「お前、余計なことをしたな」
博之は否定しない。
「安く仕上げろと言ったはずだ」
「安くは、しました」
「味は?」
博之は、少し考えた。
「落としてません」
主人の顔が歪んだ。
その表情を見て、博之は思った。
ああ、この顔だ。
俺が嫌われるのは。
感情が、どうしても顔に出る。
それでも――
あの豚汁を、まずいとは言わせない。
博之は、黙って頭を下げた。
外では、夜風が静かに吹いていた。




