育児に備えて権限を委譲していく
博之は分かっていた。もう、全部は見切れへん。
店の数も、人の数も、町の広さも、最初とは違う。
せやから、見回りを、のぶとさきちゃんに半分ずつ任せる。
それを正式な仕事にする。曖昧にせん。呼んで、はっきり言うた。
「わしの代わりに、回ってくれ」「その分、給金は2両ずつ上げる」
二人とも、少し驚いた顔をした。続けて言う。
「それとは別にや」
「1.2両分くらいの経費は、自由に使ってええ」
使い道は細かく決めへん。報告だけあればええ。
信じる、という形で渡す。のぶには、男衆の方を任せた。
以前からやっていた、五百文ずつ渡す呑み代の仕組み。
あれを、もう少し広げてええと伝える。
「ただ配るだけやなくてな」
「誰が、どんな時に、何で困ってるか、見てやれ」
仕事がうまく回った時。後輩を守った時。
そういう時に、紙を切って渡す。
金額やなく、見てるぞ、という合図や。
さきちゃんには、女衆を頼んだ。
「お茶会、やってみ」そう言うと、少し困った顔をした。
「団子とお茶だけやったら、寂しいやろ」
博之は笑って言う。「かんざしでも、なんでもええ」
「季節のもんでも、小物でも」
五十文、百文を細かく刻む話やない。時々でええ。
ほんまに頑張ってる子がいたら、ちゃんと“ご褒美”を出してやれ。
「覚えといてほしいのはな」
「その子らが、誰かに話したくなるかどうかや」
さきちゃんは、ゆっくり頷いた。
場を作る仕事は、得意や。
古参衆にも声をかけた。
「お前らも、ちょこちょこ見回ってくれ」
「声かけるだけでええ」
「何かあったら、のぶかさきちゃんに流してくれ」
こうして、博之が今まで一人でやってきたことを、
少しずつ下に流していく。全部は手放さへん。
せやけど、抱え込まん。不思議なもんで、
権限と、少しの自由な金を渡すと、空気が変わった。
「いつか、ああなりたい」
そういう目で、古参衆を見る者が増えた。
福の神みたいに、
怒らず、潰さず、裏で支える。
そんな役割に、憧れが生まれる。
店は増えている。
忙しさも増えている。
せやけど、現場の士気は落ちてへん。
むしろ、上がっている。
博之は、少し離れたところから、それを見ていた。
自分が全部やらんでも、回る。
回るどころか、前よりよく動く。
それが分かっただけで、十分やった。
福の神は、一人である必要はない。
増やせばええ。
博之はそう思いながら、
次の見回りの予定を、静かに帳面に書き足した。




