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4月。花見の季節にいつものメンツでゆっくり話す

 花見の季節になった。

 上町台地の端、少し坂を下りたところに、毎年人が集まる桜がある。

 博之は、ふと思い立って声をかけた。ユキ、さきちゃん、のぶ。

 仕事の話は半分でええ。今日は、外で飲む口実や。

 花の下に腰を下ろすと、酒も肴も、いつもより軽く感じる。

 忙しいな、という話から始まり、最近どうや、という世間話に流れる。

 誰も帳面を持ってへん。それだけで、場が違う。

「最近、ほんま走りっぱなしやな」ユキが言うと、博之は苦笑した。

「勝手に増えるだけや」

「それが一番怖いんやけどな」

 酒が二巡ほどしたところで、話は自然と料理教室の縁談に移った。

「最近、また決まったな」のぶが言うと、さきちゃんが頷く。

「縁が決まったら、不義理はあかん、いう話はちゃんとしとるんです」

 博之が、少し得意げに言う。

「ただな」間を置いて、続けた。

「全部縛ったら、嘘が増えるやろ。

 百歩譲って、遊郭ぐらいまでは許す、いうのが……」

 そこまで言うた瞬間、「はいはい、それが決め台詞やろ」

 お高の声が、被せるように入った。

 にこにこしているが、目は鋭い。「またどやってる顔して」

 ユキが吹き出した。

「流石にそれ、嫁の隣で言う度胸はないやろ」

 博之は、杯を口に運びながら目を逸らす。

「……そら、ここでは言わん」「せやろ?」

 ユキは笑いながら続ける。

「そういう話はな、酒に誘って、やんわり言うもんや」

「それに」ユキは少し真面目な顔になる。

「そろそろ旦那会とか、できるやろ」

「同じ立場の連中と飲むの、案外楽しいで」

 その横で、お高が腕を組んだ。

「……ほんま、男は好き勝手やな」

 呆れたように言うが、怒っている。

 はっきり怒っている。

「“嘘が増えるから”って、便利な言葉やわ」

 博之は、返す言葉が見つからず、酒を飲む。

 場の空気を変えるように、さきちゃんが口を開いた。

「実は……いい話は来てるんです」少し照れた笑い。

「でも、給金の話になると、引かれることもあって……」

 その瞬間、お高が顔を上げた。「それなら、紹介しよか」

 即答や。「給金見て逃げる男は、最初からあかん」

「ちゃんと分かった上で来る人、知ってる」

 さきちゃんは目を丸くした。

「え、いいんですか?」「ええよ」

 お高はさらっと言う。

「働いてきた子や。守るとこは守る」

 その流れで、のぶが何気なく言う。

「……俺も、まとまりました」

 一瞬、静かになる。「おい」

 博之がすぐに突っ込む。

「それ、報告せえや」

 のぶは、少し照れたように笑った。

「タイミング、見てまして」

「見るな」ユキが笑う。

「花見で言うたらええねん」

 桜の花びらが、酒の上に落ちる。

 誰も気にせえへん。

 博之は、杯を置いて思った。

 仕事の場では、線を引く。決める。

 裁く。せやけど、こういう場では、

 線はゆるく、話は混ざる。

 縁も、仕事も、冗談も、怒りも。

 全部が同じ場所にあってええ。

 花見は、そんな時間や。

 夜が更け、桜の影が濃くなる。

 お高はまだ、少し機嫌が悪そうやったが、最後にはため息をついた。

「……家帰ってから、また話そ」

 博之は、苦笑いで頷いた。

 桜の下で笑った顔と、

 家で向き合う顔は、別もんや。

 それでも、こうして並んで酒を飲める春が、

 まだ続いている。

 博之は、散り始めた花を見上げながら、

 そのことだけを、少しありがたく思っていた。

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