満を持して隣町に豚汁屋を出すが不調。天王寺界隈。鳥獣の問題。寺の住職に挨拶
満を持して出した豚汁屋やった。
隣町、天王寺に近い場所。人の流れもあり、立地も悪くない。
――はずやった。ところが、出足が鈍い。
昼も、夜も、親子丼屋のような勢いは出えへん。
味は落としてへん。段取りも同じ。
せやのに、客足が伸びない。親子丼屋には割引札も置いた。
「豚汁屋で使える」そう書いた札や。けど、その札が、少しずつ余る。
博之は、帳場で札を指で弾きながら、首を傾げた。
値段やない。味でもない。場所や。
天王寺に近い。寺が多い。人の信心も、濃い。
話を聞くと、この辺りでは、鳥獣を口にせん家も多い。
完全に禁じているわけやない。
けど、「好んで食わん」という空気がある。
「……なるほどな」博之は、ようやく腑に落ちた。
ここでは、理屈より、土地の癖が勝つ。
せやけど、引く気はなかった。
隣町で手広くやっている分、仕入れは安定している。
それが余るのは、もったいない。
それに、食い物を粗末にするのは、どう考えても罰当たりや。
博之は決めた。真正面から、頭を下げる。
十両を包んだ。寄進や。
見返りを求める形やない。
ただ、筋を通すための金。
それと一緒に、弁当を用意した。
豚汁やない。鳥獣も使わん。
茄子の煮浸し。油は控えめ。出汁は深め。
豆腐田楽。味噌は甘すぎず、香りだけ残す。
寺を訪ねると、住職は静かに迎えた。
博之の顔を、じっと見る。
「料理番付に載っとる、あの変な店の親方か」
悪意はない。ただ、距離を測っている。
「伊勢の生まれでして」博之は、落ち着いた声で話す。
「向こうでは、薬食いいう風習があります」
「鳥獣を食うのは、命を無駄にせんためやと教えられました」
弁当を差し出す。「隣町で手広くやっております。仕入れたもんが余る」
「それを捨てる方が、罰当たりやと思いまして」
住職は、すぐには箸を取らん。少し考え、ゆっくりと蓋を開けた。
茄子を一口。噛む。黙る。次に、豆腐田楽。味噌の香りが立つ。
「……変な店やないな」ぽつりと、そう言うた。
「寄進も、受け取ろう」「ただし、条件がある」
博之は、深く頭を下げた。
「時々でええ」「弁当を差し入れに来い」
「それと、拝みに来ることや」
博之は、迷わず頷いた。
「それで、商いを認めていただけるなら」
住職は、静かに笑った。
「土地の理を、分かろうとする者ならな」
帰り道、博之は息を吐いた。
商売は、味と値段だけやない。
土地と、信心と、癖。
暖簾を上げる前に、頭を下げる場所がある。
豚汁屋の火は、その夜も静かに入った。
派手さはない。けど、消されることもない。
博之は、鍋の湯気を見ながら思った。
広げるいうのは、押すことやない。
溶けることや。
この町では、そうやって、やっていくしかない。




