親子丼2軒、角煮丼1軒追加。人を集めるが集まりすぎる
町の人への義理を果たしながら、広之は手を広げた。
隣町には親子丼屋を二軒。自分の町、空いた場所には豚の角煮屋を一軒。
どれも無理をして増やしたわけやない。
流れと、折り合いと、場所の声を聞いた結果や。
ただ、一つだけ、どうしても追いつかへんところがあった。
豚汁屋や。火を扱う。出汁を見る。湯気と灰と油の中で、鍋を守る。
豚汁、鶏汁は、簡単そうに見えて、任せられる人間は限られる。
「数を増やすより、ちゃんと育てたい」
博之はそう決めていた。せやから募集は広くかけた。
じっくり育てるつもりで、人を集めた。
――集まりすぎた。
料理番付に名が出たこと。親子丼の評判。
角煮屋の行列。町でも、隣町でも、「博之のところで働きたい」という声が
増えていた。面接の札を立てた初日から、人が切れへん。
朝から晩まで名前が並ぶ。話を聞くだけでも、時間が足らん。
博之は、帳場でその紙を見て、静かに息を吐いた。
――これは、全部は見られへん。
そこで、腹を括った。
一人で抱え込むのを、やめる。
古参衆。さきちゃん。のぶ。
この人達に、力を借りることにした。面接は三段階。
まずは古参衆が見る。声、姿勢、返事。
火の前に立てるかどうか、それだけを確かめる。
次に、さきちゃん。人との距離。場の空気。
言葉の選び方。店は、料理だけやない。
最後に、のぶ。帳面の話。時間の感覚。
指示をどう受け取るか。
ここを通った者だけが、博之の前に来る。
それでも、二十人、三十人は取るつもりやった。
足らんからやない。
辞める者が、その中から出ると分かっているからや。
焦らせへん。最初は、下働き。鍋に触らせへん。
出汁も見せへん。掃除。薪。水汲み。器運び。
それでええ。ここで文句を言うやつは、先に進まん。
我慢できるやつだけが、鍋に近づく。
博之は、昔の自分を思い出していた。
誰にも見られず、ただ鍋を洗っていた頃。
あの時間がなかったら、今はない。
だから、スタンスは変えへん。
「うちは、急がん」店が増えても。
名が広まっても。やり方は同じや。
残る者を使う。残らん者は、去る。それだけや。
帳場の外では、新しく来た者たちが、黙って桶を運んでいた。
誰が残るかは、まだ分からん。
けど、博之は知っていた。この中から、また次の古参や、
鍋を任せられる人間が育つ。
火は、急に強うすると、鍋を焦がす。
人も同じや。
博之は、湯気の向こうで鍋を見ながら、静かに思った。
今は、広げる時期やない。根を張る時期や。
焦らず、じっくり。それだけは、絶対に変えへん。
そう決めて、また一人、名前を帳面に書き足した。




