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色々手を付け始める。親子丼屋を隣町に2軒、女衆のためのお料理教室、豚の角煮・温泉卵開発


店が増えたからといって、博之の一日は派手になったわけやない。むしろ逆で、やることは細かくなり、話す相手は増え、判断は静かに積み重なっていった。朝は帳場で数字を見る。昼は現場を回る。

夕刻になると、古参衆を一人ずつ呼んで話をする。酒は出さん。茶だけや。浮かれた話をする

段階やないと、皆わかっていた。

 まず出した話は、端の豚汁屋に隣接する、町のさらに端。人通りは少ないが、通る人間は

決まっている場所や。そこに、親子丼屋を二軒、試しに出す。大きな勝負やない。鍋も同じ、

割下も同じ。人も、今いる中から回す。うまく回れば残す。回らなければ、引く。

ただそれだけや。「一気に広げへんのが肝や」博之がそう言うと、古参の何人かは黙って頷いた。

増やす怖さは、もう皆、身に染みて知っている。人は集めるが、煽らない。暖簾は上げるが、

声は張らない。客も、人も、自然に流れてくるのを待つ。その間、こちらは粛々と

準備を進めるだけや。

次に出たのは、人の話やった。さきちゃんをはじめ、女衆の縁談の話は、店が増えるにつれて、

どうしても耳に入ってくる。給金がええ。口も利く。働き者や。そら、変な虫も寄ってくる。

 博之は考えた末、縁談話を正面から扱うのをやめた。代わりに始めたのが、料理教室や。

名目は、店の味を外に広げる勉強会。参加者には、商家や問屋の若旦那、手代頭、番頭見習い

――身元のはっきりした男だけを混ぜる。男女が同じ鍋を囲み、同じ包丁を握る。酒は出さん。

変な空気にならんよう、場を整える。強引に縁を結ぶ気はない。ただ、「まともな男に会う場」

だけは用意する。それ以上は、本人らの問題や。

 一方、男衆には別の手を打った。月に一度、うまいもんを食いに行くための小遣いを渡す。

額は大したことないが、条件をつけた。「一人で行くな」「誰かを誘え」。女でも、男でもええ。

ただ、場を知れ。値段を知れ。うまいもんを食う理由を、人に説明できるようになれ。

それが、商いにも、人生にも、後で効いてくる。ある晩、帳場に戻ろうとした博之を、

さきちゃんが呼び止めた。「博之さん、ありがとうございます」急に改まった声やった。

「最近、変な男に言い寄られることが多うて……正直、困ってたんです。こういう場があるだけで、

助かります」博之は、帳面を閉じながら、軽く鼻で笑った。「面倒は見切れへん。

給金は十分払ってる。あとは、自分でなんとかせえ」突き放すような言い方やったが、

さきちゃんは、それでええとわかっていた。守り過ぎたら、足腰が弱る。それを、

この旦那はよう知っている。人の段取りをつけた後、博之が力を入れ始めたのは、料理やった。

 豚の角煮。いや、正確には、ラフテーもどき。砂糖を使わず、割下と豚汁の出汁を合わせ、

火を弱め、時間をかける。脂は落とし過ぎない。残し過ぎない。箸がすっと入るが、

崩れないところを探る。そこに合わせるのが、温泉卵や。湯の温度、漬ける時間、

殻の厚み。毎回微妙に違う。「再現できんもんは、売れへん」博之は、何度も失敗しながら、

帳面に小さく印をつけていく。店を増やす準備、人を守る段取り、そして一杯の丼。

どれも派手やない。けど、どれか一つ欠けたら、全体が崩れる。博之は鍋の中の豚を見ながら、

静かに思った。今は、勝ちに行く時期やない。強うなる時期や。

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