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博之44歳1月に何を思うか。新年に頭を整理する。

 年の瀬が過ぎ、町に正月の匂いが満ちてきた。門松が立ち、餅を搗く音が聞こえ、

 普段は騒がしい路地も、どこか息を整えたような静けさを帯びている。

 博之は、店を早めに切り上げ、帳場の奥で一人、湯を啜っていた。

 年が変わるというだけで、何かが急に変わるわけやない。せやけど、

 不思議と、頭の中は整理される。正月いうのは、振り返るための時間や。

 同時に、考え始めるための時間でもある。

 博之の頭に浮かんだのは、大きく分けて、三つのことやった。

 まず一つ目は、商いの話や。この町で、どう店を浸透させきるか。

 そして、どこから外へ出していくか。豚汁屋は、もう町に根を下ろした。

 親子丼も顔を覚えられるところまでは来ている。せやけど、やりすぎたら、

 町の飯を奪う。奪えば、恨みが残る。それは、長くやる商いでは、致命的や。

 この町は、ここまで。要望があればやるが無理に広げない

 次は、隣の町、そのまた向こう。人を出し、店を出し、向こうで人を雇う。

 急がず、でも止まらず。この匙加減を、間違えたらあかん。

 正月の静けさの中で、ひろゆきは、その線を頭の中で何度もなぞっていた。

 二つ目は、人の幸せの話や。

 商いが大きくなるほど、人の顔が増える。

 顔が増えれば、守るべきものも増える。

 のぶ、さきちゃん、古参衆。それぞれが、場を支え、

 店を回してくれている。特に、給仕の女衆のことは、気にかかる。

 古参衆やさきちゃんの縁談の話。給金を上げすぎているがゆえに、

 余計な虫が寄らんか。金や立場を目当てに、近づく者がおらんか。

 守りすぎれば、縛りになる。放せば、傷つく。

 その間で、どう支えるか。正解は、まだ見えへん。

 ただ一つ分かっているのは、「幸せになってほしい」という気持ちだけで、

 全部を決めたらあかん、ということや。

 人の人生は、人のもんや。自分は、場を整えるだけ。

 選ぶのは、本人や。

 そう言い聞かせながらも、簡単には割り切れん。

 それが、今の正直なところやった。

 三つ目は、町との付き合い方や。

 掲示板ができ、要望が増え、声が集まるようになった。

 ありがたい話や。せやけど、声が増えれば、全部は拾えへん。

 全部拾おうとしたら、場が歪む。どこまで応えるか。

 どこから断るか。どうやって、角を立てずに捌くか。

 これもまた、答えのない話や。声を止めることはできへん。

 せやけど、流れは作れる。その役目を、自分が引き受けるのか、

 誰かに任せるのか。正月の間に、考えておかなあかんことやった。

 そして、最後に残ったのは、自分自身のことや。

 鳥を親子丼にしたように豚の食べ方の開発。

 有馬で聞いた豚を煮立たせてみたり温泉卵の開発

 どれも、商いの中では小さな話や。

 せやけど、積み重ねたら、大きな差になる。

 それから――お高のこと。

 子ができるかどうか。焦る話やない。

 せやけど、年が変わる節目やからこそ、頭をよぎる。

 店のことばかり考えてきた自分が、

 家のことを、どこまで考えられているのか。

 その答えも、まだ分からん。

 ひろゆきは、外に出て、初詣の人の流れを眺めた。

 笑う声、手を合わせる姿、湯気の立つ屋台。

 この町は、生きている。

 その中で、自分は何を続けていくのか。

 正月は、決断の場やない。

 せやけど、問いを並べるには、ちょうどええ。

 ひろゆきは、静かに息を吐いた。

 店のこと。人のこと。町のこと。そして、自分のこと。

 年は変わった。やることは、まだ山ほどある。

 せやけど、考える余地があるということは、

 まだ、この商いは、ちゃんと生きているということや。

 博之は、そう思いながら、もう一度、手を合わせた。

 ――ここから先も、積み上げていけますように。

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