居酒屋に情報集まりまくったので掲示板を張ってみる
街の中での存在感が、はっきりと変わってきたのを感じたのは、
居酒屋に立っている時やった酒を出しているだけで、飯を出しているだけで、
人が寄ってくる。それだけやない。
話が集まってくる。「実はな……」
そう前置きして、困り事を打ち明ける客が増えた。
職人の手が足らん話。店を畳むか迷っている話。
小さな揉め事。縁談――つまり、金や取引の話。
最初は、博之も聞くだけやった。
「そうかいな」「それは難しいな」
それで済んでいた。けど、数が増えてくると、
ただ聞き流すには、もったいなくなってきた。
「ここ、話が溜まる場所になってるな」
そう気づいたのは、ある夜、帳場で酒を温めながらやった。
誰かの悩みを、別の誰かが、たまたま解決できる。
その線が、店の中で、何度も交差している。
博之は、ひとつ思いついた。「掲示板、置こか」
翌日、居酒屋の壁に、木の板を一枚打ち付けた。
紙と、墨と、糊。「尋ね人」「人手募集」
「小口の商談・縁談」「困り事」最初は、半信半疑やった。
「こんなん、貼る人おるんですか」
さきちゃんが聞く。「おらんかったら、それまでや」
博之は、軽く言った。せやけど、その日のうちに、一枚貼られた。
「腕のええ鍛冶、知りませんか」次の日には、
「店を譲りたい。場所は○○」さらに、
「短期で米を融通してくれる先を探してます」
紙が、増えていく。それを見て、客同士が話し始める。
「これ、俺知ってるで」
「それなら、あっちの店がええ」
居酒屋は、酒を飲む場所でありながら、
情報が行き交う場所になっていった。
一方で、博之は、細路地の他の店にも動いた。
豚汁屋。親子丼屋。小さな板を、入口の横に置かせる。
「居酒屋に、こんな話が入ってるで」
そう書いた紙を、貼り出す。客は、足を止める。
「へえ……」「こんな話、あるんか」
すると、また声がかかる。
「それやったら、俺も一個、貼ってええ?」
こうして、情報は、店から店へ回り始めた。
もはや、豚汁屋でも、親子丼屋でも、居酒屋でもない。
「何屋なんや、ここ」冗談交じりに、そう言われるようになる。
博之は、苦笑いする。「俺も、よう分からんくなってきた」
飯は出している。酒も出している。でも、それだけやない。
人が集まる。話が集まる。次の動きが、生まれる。
のぶが言った。「街の縁側、みたいになってますね」
「せやな」博之は頷く。「縁側は、居心地がええと、人が長居する」
長居すれば、話も増える。その中から、商いも、助け合いも、
生まれる。さきちゃんが、少し心配そうに言う。
「でも、手広くしすぎると、収拾つかなくなりません?」
「そこはな」博之は、掲示板を見る。「貼るだけや」
判断は、店がせえへん。「繋ぐだけ。解決は、当人同士」
線を引く。それが、長く続けるコツやった。
掲示板は、今日も少しずつ埋まっていく。
紙の重なりは、街の声の重なりや。
もはや、ただの豚汁屋でも、親子丼屋でもない。
何屋か分からん。せやけど、街に必要な場所には、
なってきている。博之は、酒を温めながら思った。
店が大きくなる、というのは、数が増えることやない。
役割が増えることなんや、と。この街で、
また一つ、面白い歯車が回り始めていた。




